シンポジウム

大会校企画シンポジウム 2024年9月14日(土)17時20分~18時20分
障害学研究 20号『障害学の展開』合評会

登壇者
評者:瀬山紀子(埼玉大学)、石島健太郎(東京都立大学)
20周年企画出版WG:山下幸子(淑徳大学)、川島聡(放送大学)、岡部耕典(早稲田大学)

障害学会は、障害学会20周年の節目の年に記念号として『障害学の展開』を刊行した。本誌では、理論・経験・政治と3部構成を立て、会員による全24章の論考を掲載している。
本誌の背景や構成の趣旨は、「はじめに」で記載している。そこで本誌出版事業WGを代表して山下は、「20年の変化をもとに、本誌をあらわすなら、障害についての批判的分析と改革へのアクションのための書」(p.5)であると記した。WGとしてその自負はありつつ、しかしその意図どおりになっているのか、障害学の現在を論じるにあたり本誌で扱い切れなかった論点もあるだろう。こうした点は読者の判断に委ねられると考えている。
そこで、会員の瀬山紀子さん・石島健太郎さんのおふたりから、本誌を読んでの感想や評価を自由にご発表いただき、議論をしたい。

研究企画委員会企画シンポジウム 2024年9月15日(日)14時15分~18時00分
障害や疾患の当事者が主導する研究活動の意義や課題:参加型自閉症研究とニューロダイバーシティ運動(仮)

登壇者
綾屋紗月(東京大学)
Heta Pukki(European Council of Autistic People)
Yoon wn-ho(estas, Adult Autistic Self-Advocacy Meeting)
Francisco Pizarro Olivares(チリ大学)
             司会 熊谷晋一郎(東京大学)

※ 逐次通訳

これまで障害学や障害者運動は、どちらかというとインペアメントの実在性を疑われることの少ない障害当事者が主導し、インペアメントに関する既存の自然科学的知識を所与とした上で、社会文化的環境の変革を目指して人文社会科学の領域と連携することが多かった。
近年、精神障害や発達障害など、インペアメントの実在性そのものが社会から疑われやすく、またその自然科学的理解に多くの不確実さが残る領域では、当事者たちが積極的に自らのインペアメントに関する既存の自然科学的理解を批判し、その研究プロセスに様々な形態で参画し始めている。本シンポジウムではそうした動向の具体例として、自閉症研究への当事者参画を取り上げる。
歴史を振りかえると自閉症についての理解は、精神分析学に基づいて親の養育に原因を見出だしていた時代から、やがて親の会が疫学や遺伝学、認知科学等の専門家と共同しつつ、養育にではなく遺伝子に原因を見出し、知的障害の有無を超えて親子がスペクトラム状の遺伝学的コミュニティに所属しているという考えへと移行してきた。この科学的言説の変化は、同じ遺伝学的コミュニティに所属する親こそが、言葉をもたない我が子の一番の専門家であり、親が子を代弁することに正統性があるという主張を後押しした。
親の会と専門家との共同により実現した、知的障害の有無を診断の必要条件としない、スペクトラム状に拡大した自閉症概念は、必然的に自らの経験やニーズを語る自閉症当事者のコミュニティを産み出し、彼らの一部は、一部の親の会が支持してきた医学モデル的な行動への介入を批判し、自閉症を脱病理化して社会変革を訴える神経多様性運動を展開した。
彼らはまた、診断基準にも含まれる社会的相互性の問題というステレオタイプを批判し、自閉症者は社会的相互性に問題があるというよりも、多数派とは異なる独自の社会的相互性の様式をもつ存在であるとして、既存の自閉症の科学的理解の一部を専門家と共同しつつ書き換えようとしている。
こうした動向に対し、一部の親の会と専門家は、「神経多様性運動は、私たちの子どもを代弁したものではない」「限られた社会資源を、より機能障害の”重い”自閉症者に優先して配分すべきだ」という言説を展開しいる。彼らは科学的根拠を伴わない行政用語として「profound autism」という概念の使用を提唱しており、かつての親の会が科学的根拠に基づいて提唱したスペクトラム概念を支持する神経多様性運動から批判されている。
このように、自閉症についての科学的理解は、資源や責任の分配といった様々な政治的力学によって影響をうけている。しかし神経多様性運動の主流派は、自閉症の概念自体をこうした政治的力学の所産とすることでその物質的な実在性をも無効化する一部の人文社会学的な言説に対して批判的な立場を取っており、人文社会科学や障害学の概念装置と、自閉症に関する神経科学的な知見を総動員しながら、既存の自閉症理解を変革しつつある。
本シンポジウムでは、自然科学や人文社会科学と共同しながら自閉症の概念が当事者視点からつくりかえられつつある神経多様性運動の今を概観し、障害学が自然科学的研究のディテールにも分け行って、当事者と共同して内在的に批判することの重要性について考える。