立岩真也、ジョン・ヒギョン、障害学国際セミナー

長瀬修

立岩真也の追悼ビデオが5分以上にわたり流されたのは、2023年10月27日、ソウルで開催された障害学国際セミナー2023開会式だった。韓国で2010年、2012年、2014年、2017年と4回開催されてきた障害学国際セミナーをはじめとする様々な場面での立岩の姿が映し出された。
深い思いと温かい記憶に満ちたビデオを作成し、解説したのは同セミナーのホストを務めた韓国障害学会の国際委員長であるジョン・ヒギョン(鄭喜慶:光州大学社会福祉学部学部長)である。        (障害学国際セミナー2023でのジョン・ヒギョン)

韓国からの留学生であり、自立生活センター立川で介助者経験のあるジョンは2007年4月に立岩が所属する立命館大学大学院先端総合学術研究科の博士課程に入学している。立岩はジョンの指導教員(博士論文の主査)だった。
障害学会でも、立岩が大会長を務め、立命館大学で開催された2007年の第4回大会2009年の第6回大会の2回、研究テーマだった韓国の障害者運動について報告している。ジョンは立岩が著者の一人である『生の技法』(1995年増補改訂版)を2010年に韓国語に翻訳している。韓国での立岩の評価はとても高く、「カリスマ的存在」だったと2010年のセミナーの参加者の一人は述べている。
障害学国際セミナーが2010年に日韓の障害学の交流の場として発足したのは、ジョンと立岩の出会いがあったからだ。そうして誕生した障害学国際セミナーの英文の名称は、“Korea Japan Disability Studies Forum” であり、韓国と日本を冠していた。
私が最初に参加したのは2012年のソウルでのセミナーだった。焼肉屋でサムギョプサルを頬張り、ソジュを飲みながら韓国側の参加者と議論を交わす立岩は本当に楽しそうだった。
日韓の障害学国際セミナーに中国のグループが加わったのは、2013年秋に京都で、立岩が率いる立命館大学生存学研究所が主催し、中国の障害者組織と障害学の研究グループそれぞれの代表を招いた研究会がきっかけだった。今では想像できないほど、自由な交流が中国と可能だった時代だった。国際交流に熱心な立岩と私は、日韓の障害学国際セミナーと同様に、日中の定期的セミナーを提案したが、前年の尖閣問題以降、日中関係は悪化していたため、政治的に難しいという感触だった。そこで、日韓のセミナーに中国グループが加わる形はどうかと提案すると、賛同が得られた。韓国側と相談し、2014年のソウルでのセミナーに中国グループが初めて参加した。
中国グループがホストとなり北京で開催された2015年のセミナーから日韓中の枠組みとなり、障害学国際セミナーという日本語の名称は変わらなかったが、英語では”East Asia Disability Studies Forum” とし、東アジアという名称に変更した。
台湾の障害学グループが初めて加わったのは立命館大学大阪いばらきキャンパスで生存学研究所がホストとして開催された2016年のセミナーだった。研究所の一員として私が企画運営を担当したが、立命館のアクセシビリティの課題で肝を冷やした
現在の日韓中台という枠組みが確立したのは、このセミナーだった。中国グループが加わった段階で、それまでの日本語と韓国語に加えて、中国語の通訳も加わり、音声言語だけでも3言語の同時通訳という体制となっていた。英語ではなく、それぞれの言語で参加できる形態の維持は、運営・経費面で大変な負担だったが、立岩にとって大きなこだわりだった。英語ができることが条件とならず、広範な参加が可能なセミナー運営が現在も維持されているのは、立岩のビジョンのおかげである。
なお、同セミナーの集合写真に神妙な顔で映っている立岩のもう一つのこだわりは、背景に映っているセミナーの看板の左端の月やススキと右端のウサギだった。これらは立岩の趣味であるのみならず、海外ゲストへのもてなしの気持の表れだっただろう。
この時期、立岩は新たなネットワークを強化するために、障害学国際セミナー以外でも東アジアに足を運んだ。2016年11月に台湾の東海岸の花蓮で開かれた台湾社会学会大会で報告を行っている。台北からの2時間半を越す列車の移動中、同行したアン・ヒョスクと私は車窓から見える美しい景色に目を奪われたが、立岩は持参した原稿の修正に集中し、窓外に目を向けることはなかった。2017年12月には中国の武漢で開かれた、中国の障害者政策に関する国際会議でも報告を行っている。

(2016年、花蓮の七星潭での立岩と、同行した韓国の留学生、アン・ヒョスク)

障害学会と障害学国際セミナーとの関係をここで振り返る。まず、学会と東アジアの障害学との接点に含まれるのは、2014年に沖縄で開催された第11回障害学会大会プレ企画「東アジアの障害学の展望――中国・沖縄・日本」(学会は後援)である。2012年の障害者権利条約の初回審査において、勇敢にもパラレルレポートを国連障害者権利委員会に提出した中国の障害者組織障害学研究グループのメンバーが報告した。堀正嗣会長と岩田直子大会長の尽力の成果である。
2018年の浜松での大会(田島明子大会長)では、同年に発足したばかりの台湾障害学会の張恒豪会長が自費で参加し、「台湾の障害学――問題と課題」と題する講演を行って下さっている。この時、立岩は会長である。
学会が共催に加わったのは、2020年のセミナーからである。本来は、2020年秋に京都で開催予定だったのだが、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の影響によりオンラインで開催された。学会大会もやはりコロナの影響により、オンラインで開催された。立岩は3回目の大会長を務めた。立岩は会長であり、2020年の学会大会とセミナーを連続して京都で開催する構想を持っていた。コロナの影響で実現しなかったのは、かえすがえすも残念でならない。
京都での対面での開催を模索したものの実現せず、2020年から2022年まで、3回連続のオンラインセミナーを情報保障付きで開催に成功し、その後、バトンを韓国障害学会に渡したのだった。情報化社会のユニバーサルアクセスを全体テーマとするソウルセミナーでは、石川准(学会会長)の放送やメディアのアクセシビリティの政策についての口頭報告(ビデオ)と、学会員によるポスター報告が共に初めての試みとして実現した。
ソウルでのセミナーは、最後に対面で開催された2019年10月の武漢でのセミナーから4年ぶりの対面開催だった。長期にわたる厳しい都市封鎖を経験した武漢のグループとの再会を含め、生身で会える形での開催は格別だった。しかし、そこに立岩の姿はなかった。それでも立岩の存在は間違いなくあった。立岩のビジョンとリーダーシップの成果がそこにあった。
それは2024年には台湾に引き継がれる。ソウルでは、台湾障害学会会長の周怡君(東呉大学教授)から障害学国際セミナー2024について、「障害者権利条約を超えて」を全体テーマとして、①支援付き意思決定、②働く場での合理的配慮、③脱施設化、④障害者権利条約の可能性と限界を4つのサブテーマとして、2024年10月25日、26日に台湾で開催する旨が表明された。
ソウルの障害学国際セミナー2023で立岩の追悼ビデオを見ることができたのは、ひとえにジョンのおかげである。「カムサハムニダ」。日本国外で立岩が最も評価されたのは韓国だった。それを可能にしたのもジョンの力である。国境を超えた立岩とジョンの出会いに心から感謝する。

(台湾での障害学国際セミナー2018にて。右前がジョン、その上が筆者、その左が立岩、左端は高雅郁(障害学会国際委員)

(敬称略)