ポスター報告01

山下幸子(淑徳大学)
自立障害者集団友人組織全国健全者連絡協議会の軌跡―1976年から1978年まで
報告要旨

本研究の目的は、1970年代の障害者解放運動において健全者の立場から運動を担うことを志向した健全者運動の全国組織である「自立障害者集団友人組織全国健全者連絡協議会」(全健協)の結成から解散までの3年間の経緯を明らかにすることである。本研究では立命館大学生存学研究所に寄贈された全健協の通信やビラなどの資料を読み解き、全健協運動の経緯や全国への健全者運動の広がり、活動内容等について整理を行う。

報告原稿

Ⅰ.目的

本研究の目的は、1970年代の障害者解放運動において健全者の立場から運動を担うことを志向した健全者運動の全国組織である「自立障害者集団友人組織全国健全者連絡協議会」(全健協)の結成から解散までの3年間の経緯を明らかにすることである。
報告者は、中山善人氏の遺族・関係者により立命館大学生存学研究所に寄贈された、氏の所有する障害者運動に関する機関誌やビラなどの資料の整理作業に携わる機会を得た(注1)。1970年代健全者運動の動向を知るにも、既存の研究成果から学ぶには十分な蓄積がなく、現在は当時の資料閲覧や関係者への聞き取り以外に方法がないといえる。こうした状況から、この寄贈資料を研究に活用させていただくことで、日本の障害者運動史研究前進の一助となると考え、今回の研究目的を設定した。

Ⅱ.方法

本研究で用いる中山氏の資料は、氏により「全健協」と表題の付されたファイル2つ分である。このファイルの中に、氏が集めた1976年からの全健協に関する機関誌、ビラ、当時に各地で行われていた学習会レジュメ等の資料が収められている。加えて、今回の報告では、報告者が所有する全健協の資料コピーも用いている。
報告者は、これら原資料のコピーをとり、それらを精読した。当時の資料は発行年が未記載であることが多いため、資料の記載内容から発行年を確認する作業を行った。資料を発行年月日順とし、資料の記載内容の整理により、研究目的である全健協結成から解散までの3年間の経緯をまとめた。
なお本研究では、障害学会倫理綱領に基づき研究を進めている。

Ⅲ.結果

本研究でいう健全者運動とは、1970年代の青い芝の会の運動に同行した健全者による運動を指す。健全者運動組織は、各地の青い芝の会の脳性麻痺者たちの介護を担うとともに、その活動を通して自らの健全者としての社会的立場を問い直し、障害者と共に健全者の立場から障害者解放運動を進めることを目指した。
1975年11月の青い芝の会全国大会での全国健全者交流会の開催と全国機関誌の発行、地域や障害種別を超えた障害者運動組織である全障連の結成大会を前にして、全健協は1976年4月に結成された。結成当時の全健協構成団体の所在地は、資料から確認できる限りで、秋田、福島、東京、神奈川、静岡、関西(「関西グループゴリラ」という近畿地方の健全者運動組織の連合体が加盟)、長崎だった。活動内容は、機関誌の発行、各地域の交流や学習会開催等であった。また、全健協では各地区から代表者が選出され全国総会も開かれた。
1976年の全健協結成後、各地で健全者運動組織が結成される一方、解散・再編に至る組織もあった。多くの健全者が運動を離脱し解散に至った組織があり、また、特に関西では健全者の傲慢さが問題視された。
全健協は、1976年の全障連結成大会への組織的な参加など地域を超えた活動をしてはいたが、個々の加盟組織の活動をみれば、各地の障害者運動に参加する者への介護等に追われるのが実際であった。そして関西での、健全者が上に立つような関係が見出されたことが契機となり、1978年に全国青い芝の会常任委員会は、全健協の解散を決めた。
全健協解散の背景には、各地の健全者運動組織での運動体制の逼迫とそれに伴う障害者・健全者間の関係性の非対称さがあった。加えて、資料通読により指摘できるのは、青い芝の会と全健協との建設的な対峙が行われていない状況があったことだ。全健協は、青い芝の会と同行する健全者運動を全国組織化し、健全者の立場から障害者解放運動を担おうとした。しかし、1977年11月の全健協の「第二回交流総会議案書」p.8には、次のようにある。「全国青い芝の会との討論の場さえ、結成後半年以上もの間、1度ももたれず、ようやく11月の代表者会議の時に、もたれるというあり様であった。当然、全国青い芝との共同を重要な課題として、行なっていかなければならない」。
全健協資料を見れば、個々の健全者の活動において、自らが健全者であることの捉え返しがなされていたとわかる。こうした個々の経験を、地域を超えて健全者同士で共有できたのは、全健協が果たした役割だった。しかし組織としての運動の展開、逼迫した運動組織体制のなかで健全者と障害者との共同をはかることの困難が、各地区の健全者組織にあり、それを全健協が解決することはかなわなかった。

注1:中山善人氏からの寄贈資料のアーカイブについては、山口和紀らが2024年度の日本社会学会大会テーマセッション「質的データのアーカイブ」で報告している。