ポスター報告28

香田 潤(株式会社つえくつ)
滑りにくい靴型杖先ゴム「つえくつ(Dewetting撥水ガラス繊維配合ゴム)」
報告要旨

スタッドレスタイヤをはじめ積雪凍結路面で有効な滑り止め材はウェット路面で滑る欠点がある。このため印象派物理学「Dewetting(撥水の法則)」に則り札幌市内の凍結危険路上等で実測検証し、積雪凍結路面とウェット路面で優れた滑り止め性能を発揮する新たなゴム・ガラス繊維配合比による靴型杖先ゴムを開発・製品化した。重症筋無力症当事者の技術者がニーズ発想と学術的シーズ発想を両輪に開発した福祉機器である。

報告原稿

私事で恐縮だが、筋ジストロフィーと似た難病・重症筋無力症当事者。祖母は筋ジストロフィーながら異例の90歳の天寿を全う。
自分も筋ジストロフィーになると覚悟していたが、重症筋無力症と診断された。
このような生まれの学士会会員ゆえ自分で自分を救済する技術を開発することを思い立った。
「第3世代車いす」1)登場の車いす革命を見れば、ジェフ・ミネブレイカー(JEFFREY MINNEBRAKER)『Get it Together』の車いす2)3)。車いすテニスの父ブラッド・パークス(Brad Parks)4)。「クイッキー」車いすマリリン・ハミルトン(Marilyn Hamilton)5)6)。「パンテーラ」車いすのヤッレ・ユングネル(Jalle Jungnell)7)8)。オーエックスエンジニアリングの石井重行9)。新たな車いす技術を生み出したのは障害当事者。これに続くのは当然の障害学の流れである。

1)光野有次:『車椅子の世界を変えたパンテーラ-その実態と魅力について Vol.6 最終回』:福祉介護機器TECHNOプラス.2巻:8号:p45-55:2009年08月1日
2)「Get it Together(1976年:pyramid Films)」
3)山内閑子:『意匠から見る手動車いすの発展』:日本生活支援工学会誌/日本生活支援工学会編 9 (2), p9-17, 2009-11
4)Samuel Brady:『‘A small leap for disabled man’: the athlete-led evolution of the sports wheelchair and adaptive sports』:Sport in History, Volume 43, Issue 1 (2023): Taylor & Francis Open Select:p103-127
5)LM Houts:『Sunrise Medical And The Quickie Wheelchair』:Journal of Business Case Studies  November/December 2012 Volume 8, Number 6:p585-590
6)アンソニー・ロビンズ著;邱永漢訳:『あなたはいまの自分と握手できるか』:三笠書房,1989:p87-90
7)車いす姿勢保持協会編:『元気のでる車いすの話』:はる書房,2003:p15-17
8)光野有次,吉川和徳著:『シーティング入門:座位姿勢評価から車いす適合調整まで』:中央法規出版,2007:p73-74
9)土方正志著;奥野安彦写真:『闘う「車いす」:車いす革命の旗手たち』:日刊工業新聞社,2000

国土交通省のウェブサイトによると日本の国土の約51%は豪雪地帯に指定され積雪凍結路面の危険性は社会問題である。特に札幌の冬季凍結路面は一般に「ミラーバーン」と呼ばれ、社会問題になるほど滑ることで知られ1)2)3)4)5)、札幌市消防局警防部救急課発表『令和6年度 雪道の自己転倒による救急搬送概要』によると、1,869件6)。統計的に転倒による救急搬送数が多いのは、映画「探偵はバーにいるシリーズ」でおなじみのススキノ交差点付近、朝の通勤・通学ラッシュ時に集中的に発生7)。

1)橋本佳昌:『冬用タイヤの歴史』:日本ゴム協会誌 94 (8), p260-264, 2021
2)香田潤:『転ばぬ先のちえ』:リハビリテーション・エンジニアリング 30 (3), p65-66, 2015-08-01
3)東海林更二郎:『冬期道路の安全対策と道路防雪1.凍結抑制舗装』:日本雪工学会誌 20 (1), p82-95, 2004
4)野原大輔:『冬用タイヤの材料設計技術』:日本ゴム協会誌 94 (8), p265-270, 2021
5)二瓶光弥:『氷の性状とタイヤの氷上性能』:表面科学 27 (2), p116-119, 2006
6)札幌市消防局警防部救急課『令和6年度 雪道の自己転倒による救急搬送概要』
https://www.city.sapporo.jp/shobo/kyukyu/yukimiti/documents/r6kakutei.pdf
7)ウインターライフ推進協議会
https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chisei/crd_chisei_tk_000010.html

積雪寒冷地では、一般に杖先にアイスピックアタッチメントをとり付け、雪に突き刺すことで滑り止めとし、使わないときにはアイスピックを上向きにするが、操作は固く、金具は鋭く危険。
現実のススキノ交差点周辺の凍結路面状況を見ると、ロードヒーティングのある所とない所が混在し、この境目に氷の段差が発生し、固い氷に杖先のアイスピックでは歯が立たず、またロードヒーティングのある所でその都度アイスピックを上に向けるのは使い勝手が悪い。
スタッドレス仕様の杖先ゴムが望まれるが、スタッドレスタイヤは濡れた路面に弱く1)、靴用ガラス繊維配合ソールも水を含むと滑りやすい欠点がある2)。

1)北海道新聞2014年7月12日朝刊p21
2)北海道新聞2022年10月20日朝刊p15

摩擦理論について、ウインタースポーツの経験があれば誰でもわかることだが、基本的に雪や氷は潤滑あるいは境界領域で、摩擦は垂直抗力に比例せず、限界はあるものの錘を重くすればするほど早く滑る。これを利用してスキーで曲がることができる。
単純な物理の実験をお見せする。滑りと速度は関係があり、水の中からステンレス製のヘラをゆっくりと引き上げると水は滴らない。しかし早く引きあげると水が滴り落ち、この速度は滑る。水の滴り落ちない状態を印象派物理学ではDewetting撥水と言う。
次は食器用洗剤を入れた場合、ゆっくりと引き上げてもステンレス製のヘラに洗剤水の膜ができて滴り落ちる。洗剤が滑るのはこの膜による。
T字ステッキについて、一足分前方を付き、杖を前方回転傾斜させるのが基本だが、前方を素早く突いたときに僅かな濡れでも滑りうる。航空機が着陸時に僅かな滑走路の濡れでもビスカスハイドロプレーニング現象を発生しうるように、杖先も角度・速度・杖先ゴム形状と状態によっては杖先が水を運んでしまい容易く滑る1)。自動車も同様に、濡れた道路を走行しているとき、ブレーキが効果を発揮するのは、タイヤと面の間の水の薄膜がミリ秒以内にDewetting撥水する場合だけ2)。
これらは1991年ノーベル物理学賞ドゥジェンヌの著作にあるとおりで、Drainage排液、nucleation of a contact接触の核生成、spontaneous dewetting自発的撥水、固体とゴムの間の界面に閉じ込められた液体は,乾いた部分の核が生成・成長することで撥水する。そして面あるいはゴムに、a defect欠陥・傷があるとnucleated dewetting核生成による撥水となる3)。

1)中島幸雄:『タイヤのハイドロプレーニングについて』:混相流 27 (2), p102-109, 2013
瀬田英介, 中島幸雄:『安全に関するタイヤ技術 ハイドロプレーニング・シミュレーションによるタイヤパターンの開発』:日本ゴム協会誌 74 (4), p148-153, 2001
2)Capillarity and wetting phenomena : drops, bubbles, pearls, waves / Pierre-Gilles de Gennes, Françoise Brochard-Wyart, David Quéré ; translated by Axel Reisinger : New York : Springer , c2004 : p154
3)Capillarity and wetting phenomena : drops, bubbles, pearls, waves / Pierre-Gilles de Gennes, Françoise Brochard-Wyart, David Quéré ; translated by Axel Reisinger : New York : Springer , c2004 : p248-249

ドゥジェンヌのDewetting撥水の法則に加え、アイスバーンやミラーバーンでのスタッドレスタイヤの寄与率に着目するとエッジ効果や引掻き効果は実は限られ、特殊な凝着摩擦特性を有するゴム素材の摩擦公式に則ったゴムの質と引掻き効果の両立が決め手となる2)3)4)。

1)加藤誠一:『スタッドレスタイヤと発泡ゴム(レーダー)』:化学と教育 53 (3), p142-143, 2005
2)野原大輔:『冬用タイヤの材料設計技術』:日本ゴム協会誌 94 (8), p265-270, 2021
3)香田潤:『転ばぬ先のちえ』:リハビリテーション・エンジニアリング 30 (3), p65-66, 2015-08-01
4)香田潤:『スタッドレスタイヤのようなつえ先ゴム 氷上の摩擦理論』:北海道リハビリテーション学会雑誌 40: p45-49, 2015

ところで福祉用具・卸・最大手ウェルファン社のカタログをひもとくと、滑り止め効果や破壊強度に優れた天然ゴムベースの杖先ゴムは2つだけで、これ以外は材料単価の安い合成ゴムのモノが占めている。
新たに開発した靴型杖先ゴムでは、足のように路面を追従するために、裏側が滑らないだけではなく、杖先ゴムそのものが回らないよう、合成ゴムに比して優れた弾力、伸長、粘着、耐久性、破壊強度が大きい、金属との接着性に優れている性質を有する天然ゴム1)2)3)4)に合成ゴムを加えて理想の固さ調整した、材料単価の高い、いわゆる真面目な妥協しないゴム素材を採用した。
摩擦と摩耗について、杖先ゴムが回るとは、杖シャフト部と杖先ゴムの間にFd(def)摩擦が発生し、変形した材料の正接損失(tanδ)が比例的に発生し、消しゴムのようにころ状摩耗粉となり5)杖先ゴム内部に減り・キズが生じ、砂や泥が入り、杖先ゴムの割れや裂け、杖先ゴムの抜け落ちのきっかけとなる。
このため天然ゴムベースの長所を利用し、杖先ゴムの交換が少々固くなるものの16mmφ杖シャフトにジャストフィットさせ、Fh(ヒステリシスロス)とFa(凝着摩擦)を高め、Fd(def)摩擦が発生を抑える構造とし、優れた破壊強度を実現させた。

1)加藤信子:『天然ゴム概説』 成形加工 25 (6), p244-248, 2013-05-20
2)渡辺訓江, 近藤肇:『特論講座 ゴムの工業的合成法(第16回)天然ゴム』 日本ゴム協会誌 = Journal of the Society of Rubber Science and Technology, Japan 90 (4), p210-214, 2017-04
3)渡辺訓江:『天然ゴム生産とバイオテクノロジー』 日本ゴム協会誌 91 (5), p151-155, 2018
4)廣畑伸雄:『マレーシアにおける天然ゴム・ラテックスの確保』 MACRO REVIEW 31 (1), p1-4, 2019
5)内山吉隆:『摩耗と摩擦 ゴムの摩耗と摩擦』:日本ゴム協会誌 61 (5), p315-326, 1988

さらに杖先ゴムの有効なガラス繊維配合量について、配合量や配合方法によってはゴムのしなやかさが失われうるので、現実の路上、札幌市内で滑りやすい、次の5つの個所で、滑り止め材に鉛インゴットで1,000gの荷重をかけ、摩擦抵抗を測定する手法で滑り止め材を検証し、計測結果は表のとおり、最も成績の良かった配合とした。
現在、駅やデパートの床には硬度9を超える硬さのガラスコーティングや鏡面仕上げのセラミックタイルが広く用いられ、濡れると滑りやすく、融雪剤の汚れのために界面活性剤で磨かれるとさらに滑りやすい。
滑りやすい凍結路面を歩いてきて、駅やデパートの室内に入れば安心と油断したところで実は滑る。この滑り1)2)3)4)を制しなければ危険。

1)香田潤:『転ばぬ先のちえ』:リハビリテーション・エンジニアリング 30 (3), p65-66, 2015-08-01
2)布田健:『「床の滑り」記述の背景と近年の関連研究』:リハビリテーション・エンジニアリング 30 (3), p67-68, 2015-08-01
3)川初清典,須藤拓也,岡本祐一郎,工藤真斗,龍田記方,森誠,宮本将典:『体の滑らない動きの重要性のために』:リハビリテーション・エンジニアリング 30 (3), p75-78, 2015-08-01
4)緒方将裕:『鉄道駅における視認・防滑によるバリアフリー』:リハビリテーション・エンジニアリング 30 (3), p69-72, 2015-08-01

滑りにくい靴型杖先ゴム「つえくつ(Dewetting撥水ガラス繊維配合ゴム)」ならば濡れた強化ガラスくらいでは滑らない。
床や手すりの清掃に広く用いられるアルキルアミンオキシド0.2%界面活性剤の泡立つ状態でもグリップ。
しかし、ここまでの性能がないと融雪剤の散布される積雪寒冷地で杖歩行者が安全に歩くことは不可能。
既存の他社製品と直接比較するのはあまり良いことではないが、ここでは学術資料として見ていただきたい。
S社品は既存品の中では一番滑りにくいことを私が保証するが、従来式のガラス繊維配合ゴムの滑り止め効果は、ガラス繊維の物理的な引掻き効果に依存し、ガラス繊維よりも固い床素材、水分、界面活性剤が加わると滑り止め効果が無効化する。
Dewetting撥水ガラス繊維配合ゴムは、スタッドレスタイヤやガラス繊維配合ゴムの従来の常識を超越した新たな素材である。
外観を可愛い、オシャレにした。
昨年9月末から半年間、主として積雪凍結路面を選び、1日平均15,000歩以上歩行という破天荒な耐久テストを実施、割れる、壊れる、不具合が生じることは見てのとおり全くない。
このような過酷な使い方をして壊れない杖先ゴムはなかなかない。
指定難病の人や障害者を被験者として危険なテストを行う行為は、ジュネーブ宣言に抵触しかねないが、当事者が自己責任で行うのは自由・自己選択という権利。
凍結路面でも界面活性剤で滑れた鏡面床でも滑らない杖先ゴムは当事者として積雪寒冷地で生きていく当然のニーズ、しかしこれに応えるシーズとしての技術が世にないならば自分で作るしかない。
人はその当事者にならなければ、ほんとうにその立場を理解できない、これがニーズとシーズを熟知したる当事者が福祉機器を開発する説得力1)2)3)4)。

1)山口泰博:『全盲だから分かるシーズとニーズ 情報技術で視覚障害のできないことをできるに変える』:産学官連携ジャーナル 17 (7), p7-10, 2021
2)石川准著:『見えないものと見えるもの-社交とアシストの障害学』:医学書院 , 2004.1.
3)石川准:『特集事例 アクセシビリティはユニバーサルデザインと支援技術の共同作業』:経営システム16 (3), p155-159, 2006-08
4)石川准:『当事者中心の支援技術開発』:ライフサポート 18, p13, 2006

10月8日~10日東京ビッグサイトで開催される国際福祉機器展の北海道ブースに出展予定。
販売価格は消費税込みで2,750円。
最後につえくつチャンネルから
ご清聴ありがとうございました。