青木 千帆子(筑波技術大学)・野口 武悟(専修大学)・中野 泰志(慶應義塾大学)
教材製作の実態から考える書籍のユニバーサルデザインと個別調整
報告要旨
著作権法の改正や読書バリアフリー法の施行により、書籍のアクセシビリティに関する法整備が進んでいる。一方で、書籍の利用方法は場面や利用者によって多様であり、ユニバーサルデザインと個別調整のバランスをどのようにとり、誰がその調整を担うのかを考えることは重要である。本報告では、地域の学校に通う児童生徒が利用する教材の製作実態を調査し、その結果をもとに教材のアクセシビリティの在り方について考察する。
報告原稿
背景
2025年5月末、「インクルーシブ教育の点字教科書保障を考える―点字製作の保障と製作調整への対策」と題したセミナーが開催された。主催は、地域の学校に在籍する点字利用者の学びを支えるために2005年に発足した「全国視覚障害児童・生徒用教科書点訳連絡会(以下、教点連)」である。このセミナーは、インクルーシブ教育の推進が掲げられる一方で、障害者の教育を受ける権利が侵害される深刻な事態が発生していることを受けて開催された。
従来、視覚障害のある児童生徒は盲学校で学ぶことが想定されており、全国の盲学校で使用される教科書は文部科学省による点字教科書が出版されている。しかし、一般校に在籍する視覚障害児童生徒用の教科書については、教科書の採択が自治体ごとに異なるため、多くの場合、新たな点訳が必要となる。この課題に対応するために教点連が設立され、重複製作を避け、点訳作業を円滑に進めるための調整が行われてきた。
しかし、文部科学省による教材作成経費の補助は低額であり、教科書製作に必要な専門的な点訳技術を有するボランティアも高齢化により減少している。一方、地域の学校で学ぶ視覚障害児童生徒の数は増加しており、機能不全に陥っている。点字教科書の製作が間に合わず、教科書なしで授業を受けざるを得ないケースが増加しており、こうした切迫した課題に対応するため、本セミナーが開催された(注2)。
目的
本調査は、前述の教点連セミナーに先立ち、地域の学校に通う児童生徒が利用する教材の製作実態を明らかにし、その結果をもとに教材のアクセシビリティの在り方を考察することを目的として実施された。教材の利用方法は場面や利用者によって多様であるため、ユニバーサルデザインと個別調整のバランスをどのようにとり、誰がその調整を担うのかを検討することが重要と考えたためである。特に、教科書の提供体制が充実しつつある一方で、副教材の製作実態が不明であることから、副教材に重点を置いた調査を行った。
方法
調査は2段階で実施した。第1段階はアンケート調査であり、1)点字図書館、2)国立国会図書館にデータ提供館として登録されている公立図書館および団体、3)音声教材制作団体、4)著作権法第37条に基づき教材の媒体変換を行う団体としてSARTRASに登録されているボランティア団体に対して協力を依頼し、2024年2月~3月にかけて回答を受け付けた。
続いて、2024年7月~2025年3月にかけて、教材製作団体10団体(点字5、拡大3、音声2、ルビ1)に対しインタビューを実施した。インタビューの記録はテープ起こしを行い、修正版グラウンデッドセオリーアプローチ(M-GTA)を参照して分析した。対象団体は製作している教材の種類も異なり多様であったが、アクセシブルな教材製作にあたって共通して認識されている課題が見受けられたことから、分析テーマを「多様な教材製作団体間で共通して認識されている課題は何か」と設定し、整理した。
結果
アンケート調査の有効回答数は40件(回収率11.9%)であり、そのうち前年度に教材を製作したと回答した団体は16団体であった。依頼・製作の流れとしては、個人、教育委員会、学校からの依頼に基づき、文部科学省委託事業を受託した大学や財団法人、点字図書館、ボランティア団体が製作を担っていた。副教材を製作したと回答した団体はさらに少なく、7団体にとどまった。主な課題として、予算と人材の不足、周知啓発の不十分さ、体制整備の遅れが指摘された。
インタビュー調査の結果については、分析が報告原稿の締切に間に合わなかったため、会場にて報告する予定である。現時点での分析からは、2008年に教科書バリアフリー法が成立する以前の慈善的な対応に基づいた体制から、制度に基づく組織的な対応への転換にともなう軋みが読み取れる。ボランティアによる個別対応が、少しずつシステム化され、教育委員会や国の機関を介して組織的に対応する体制への移行が進んでいる。しかしその構造において、例えば点字図書館のような厚生労働省の制度に基づく運用を行う組織が重要な役割を果たしており、構造の変化に伴う齟齬や、制度の狭間に取り残されてしまう児童生徒の存在が浮かび上がっている。
注
1 本研究は、慶應義塾大学研究倫理審査委員会の承認を受けて実施された。また、JSPS科研費22H00081による支援を受け実施された。
2 全国視覚障害児童・生徒用教科書点訳連絡会 2025 「インクルーシブ教育の点字教科書保障を考える―点字製作の保障と製作調整への対策―」令和7(2025)年度第1回教点連セミナー配布資料