ポスター報告21

二階堂 祐子(奈良先端科学技術大学院大学)
合理的配慮の観点から考える妊娠中及び出産期の排除や差別
報告要旨

合理的配慮の観点から性的マイノリティや食マイノリティの経験を排除や差別として可視化する試みがある(加藤 2016)(四方 2022)。本報告は、妊娠中及び出産後の者の経験する排除や差別を「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」(川島2024)事象として説明しようとするものである。これにより、特定の文脈で社会的障壁が生成されるさまを検討するとともに、障害分野に留まらない包摂の方法の提示を試みる。

報告原稿
  1. はじめに

現在日本で妊娠・出産を理由とする排除や差別は「不利益取扱」として規制されており、憲法14条、労働基準法(労基法)3条・4条、男女雇用機会均等法(均等法)5条・6条・7条・9条、労基法・均等法上の母性保護に関する諸規定等が重要であるとされる。なかでも均等法はその柱とされる。2条は「労働者が性別により差別されることなく、また、女性労働者にあっては母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする」とし、差別の禁止及び妊娠し出産する身体(「母性」)の尊重を謳う(中窪2021)。後者に対応するのが不利益取扱を禁じた 9条3項である。当規制は固定的な比較対象者を設定せず、「局面ごとに判断基準を設定することを許容」(富永2013)している。この対応は異別取扱を定める合理的配慮と親和的であるといえる。現にアメリカでは、2023年にアメリカ障害者法(ADA)を下敷きとした妊娠労働者公正法(PWFA)が施行された。PWFAは、妊娠した労働者に合理的配慮を与えることを使用者に義務付ける。「過重な負担」といった用語もADAから借用されており「建設的対話」を採用している(McCall, A. 2024)。
では、妊娠・出産をする身体であるときに遭遇する排除や差別を規制しようとする日本の法制度に合理的配慮の観点を導入する余地はあるのであろうか。本報告は合理的配慮を障害差別規制を超えて応用するためのひとつの試みである。

  1. 妊娠中及び出産期の排除や差別の法的位置付け

日本の法制度は、妊娠・出産を理由とする不利益取扱(妊娠差別と呼ばれる)を、直接の性差別とも間接差別とも明確には位置付けていない。妊娠差別は男性以外に女性の非妊娠者を比較対象者に含むことがあるために性差別ではないという立場がある。一方で、ドイツやアメリカでは直接差別として規制をしている。冨永は「適切な比較対象者が見出せない」妊娠差別は、均衡取扱(異別取扱)及び間接的な性差別として規制することが妥当であるとしている(富永2013)。ところが、間接差別を定めた均等法7条は3類型の限定された例示に留まり、ここに妊娠・出産等が含まれるのかは不明である。さらに差別禁止の主な目的が雇用保障となっており、雇用機会の保障が射程外であることも問題として指摘されている。

  1. 機会的・一律的な対応は不利益取扱

均等法9条3項は強行規定であるが、その契機となったのが2015年の広島中央保健生協事件最高裁判決である。当判決は、妊娠・出産等を理由に異動や業務の変更をする場合には、本人への説明責任を果たし本人の真意を確認することが重要で、本人の特段の事情を考慮せずに機会的・一律的に対応することは不利益取扱になるとした(富永2022)。これはつまり、使用者側が被雇用者とのコミュニケーションを通じた合理的な異別取扱を確保していなければ違法とみなすとしたことを意味する。よって、9条3項には、障害者差別解消法のいう合理的配慮と建設的対話の導入が有効である可能性がある。

  1. 間接差別、事前的改善措置、合理的配慮

先述のように、妊娠差別には間接差別としての規制が妥当との立場があるが、障害差別規制は間接差別をどのように扱っているのだろうか。間接差別とは、表面上は中立であるように見えても結果的に不利益をもたらす効果をもつ規定、基準、慣行をいう。障害者差別解消法はこれらへの実践的な対応策として合理的配慮を定めた。合理的配慮はルールに例外を設ける機能を果たし、その不提供は間接差別とされる(松井・川島2024)。そして、障害差別規制による事前的改善措置は、妊娠差別規制の労基法・均等法上の母性保護に関する諸規定に対応すると解されるが、諸規定は合理的配慮のもつ柔軟性を伴わない。よって、妊娠差別規制は、間接差別の内容の不明確さ及び身体の個別性の高さへの対応に課題があると指摘できる。

  1. おわりに

憲法14条1項の法の下の平等は、異別取扱を平等違反ではないとし、妊娠・出産等を理由とする配慮の提供は違憲ではないと判断してきた(富永2013)。このことは「(14条には)実質的平等の実現手段として合理的配慮が含まれる可能性」(川島2024)があるとの指摘とともに今後検討の余地がある。また、妊娠差別の現行法制度の射程は雇用場面のみであるが社会生活は雇用に留まらない。この点、障害差別規制が「あらゆる活動分野」を包摂しようとしていることは重要である。

参考文献

川島聡,2024,「障害差別を超えて」『国際人権法の規範と主体』信山社:249-272.
松井彰彦・川島聡,2024,『障害者の自立と制度』放送大学教育振興会.
McCall, A., 2024, “What Not to Expect When You’re Expecting: The Reality of Remedies in the Enforcement of the PWFA.”, Wake Forest JL & Policy, 15, 163-182.
中窪裕也,2021,「男女の雇用平等: 法制の現状と課題」『日本労働研究雑誌』727:14-20.
富永晃一,2013,『比較対象者の視点からみた労働法上の差別禁止法理』有斐閣.
−−−−,2022,「男女雇用機会均等法の展開と課題」『ジュリスト』1578:18-23.