ポスター報告15

中井好男(大阪大学)・中岡 樹里(京都精華大学)・塚本 薫平(大阪大学)
「聞き取り困難」をどう捉えるのかーLiD/APD当事者と発達障害当事者との対話をもとに
報告要旨

本報告は、「聞き取り困難」という症状について、LiD/APD当事者と類似した特性を持つ発達障害(ADHD、ASD)当事者がどのように捉えているのかを両者の対話を通して考察する質的研究である。診断を受けることで自身の困りごとは整理されるが、生育歴や置かれている環境の中で、それを障害として受容することにはジレンマを感じることがわかった。報告では、診断を受けた自己をどのように位置づけるのかという障害受容に関する課題について、LiDとAPDや発達障害と神経発達症のような呼称の点にも着目しつつ検討する。

報告原稿

本報告は、聞き取り困難症(LiD/APD)当事者2名と、類似した特性を持つ発達障害(ADHD、ASD)当事者1名が聞き取り困難にまつわる課題をどのように捉えているのかについて対話を通して考察する質的研究である。
まず、聞き取り困難症(Listening difficulties:LiD)においてその症状が定義されている(聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder: APD)とも呼ばれるため、本研究ではLiD/APDと併記する)。LiD/APDでは、聴力に問題はないが、音の情報を取捨選択し脳内で処理して理解する過程で障害が生じ、「複数人との会話ではその内容が聞き取りにくい」「相手の話を聞き間違えることが多い」など話者の発言を理解するのが困難になる等の症状がある。この症状は他者からは見えづらく、「無視している」、「天然」など、当事者は良くも悪くも誤解される経験を持っていると言われる。
LiD/APDの要因の一つに発達障害が挙げられるが、発達障害においても、聞き取り困難が症状の一つとして挙げられている。例えば、不注意や多動、聴覚過敏などの脳機能の発達の特性により話を集中して聞き取ることの難しさや、特定の音に焦点をあてて聞き取ることの難しさといった聞き取りに関する課題がある。
つまり、聞き取り困難はLiD/APDという独立した障害というよりも、複数の障害にまたがる症状の1つであるとも言える。また、他者からは見えない障害であり、理解を得るのが難しいことに加え、LiD/APDの診断を受けても治療法があるわけではないため、診断をどう受け止めるかという課題も発生する。そこで、本研究ではLiD/APD当事者の中井・中岡と発達障害当事者の塚本との対話を通して、聞き取り困難という症状を多角的に記述し、それぞれがどのように受け止めてきたのかを考える。
本研究の手法としては、協働オートエスノグラフィー(以下、CAE)を用いた。オートエスノグラフィー(以下、AE)とは自身の経験についての自己再帰的な考察を通して、文化や社会への理解を深める手法である。CAEは同じ社会問題を探究する複数の参加者が協働的にAEを行う、いわば共同研究である。本研究では、報告者3名が聞き取り困難を考える研究主体であると同時に互いを研究協力者とする研究グループを作り、経験の記述を進めるとともに対話を通してさらにその記述を洗練させ、比較検討することで聞き取り困難という現状と課題を考察した。なお、本研究の参加は自由意志であり、参加や取り止めによって不利益が生じないこと、結果の公表については本人以外に登場する個人が特定されないよう配慮するなど、相互に確認し書面で同意を交わしている(大阪大学人間科学研究科共生学系研究倫理審査委員会による承認済、承認番号:OUKS25041)。次に、報告者3名のAEと考察の概要を記す。
まず、中井が受診に踏み切ったのは学会のポスター発表会場での経験であった。そもそも、カクテルパーティ効果が効かないなどの理由で聞き取りを苦手としていたが、LiD/APDの存在を知り、両親が聴覚障害者であったことから診断を受けることに積極的な意味を見出していた。診断を受けてからは困りごとの整理ができ、障害を通して両親とのつながりを自覚するものとなった。しかし、LiD/APDを内在化しLiD/APD当事者になる一方で、LiD/APD当事者としての自己を作り他者化することで、LiD/APDと距離を保とうとしている側面があることを自覚している。
次に、中岡はLiD/APDに類する症状を自覚していたが、診断がつくほどではないと考えていた。そのような中、コロナ禍のマスク着用やパーテーションの設置、また職場が変わったことを機に、やはり自身がLiD/APDなのではないか、との認識を持つようになり、その確認および自己理解を目的に受診した。診断により自己理解につながった一方、聞き取り困難をより自覚するようにもなった。また、関係性の変化などを懸念し、周囲へ開示することにためらいを有している。
最後に、塚本はADHD(注意欠如多動症)に由来する不注意や思考の多動(頭の中でいろいろな考えが勝手に浮かぶ)、聴覚過敏の特性により、 指示の聞き取りづらさや騒がしい環境下で話に集中することの難しさがあった。診断を受けることで自分の困りごとの原因がわかって安心を覚えた。その後、服薬によって自分自身の神経伝達の状態を変化させたりその困難が生じる可能性のある状況を意識的に避けたりするようになった。これによって自分自身の精神的な健康は保たれているが、そのために自分自身の脳機能や行動を変化させざるを得ない状況であることに葛藤を感じている。
3人に共通しているのは、診断によって困りごとは整理されたが、それを障害として受容することにジレンマを感じていることである。原因や診断名に違いがあっても聞き取りに困難を抱えているという事実は変わらない。しかし、診断後のジレンマの内実は、当事者としての自己の位置づけ、周囲への開示、服薬による自己の変化という点で異なることが対話から明らかとなった。障害間で類似する聞き取り困難は、ディスアビリティという観点から捉えることで社会的障壁や合理的配慮についての理解は進むが、聞き取り困難の実態に迫るには、インペアメントの視点から当事者の経験を紐解くことでその理解を進めることが不可欠であると言える。