山本 大慈
「当事者性」と共にあること-生きづらさを経験した支援者のライフヒストリーより-
報告要旨
本報告では、様々な生活課題を経験した支援者に対する聞き取り調査を実施した。その結果として、「当事者性」が支援者としての資源となる一方で、社会からのラベルによって彼らの役割が単純化され、当事者性が鋳型にはめられる可能性が明らかになった。しかし、彼らが発信した言葉が生きづらさを持つ人々への新しい視点を生み出し、社会をデザインしなおしてきた実感を生みだした。その中で、当事者性を持つ支援者としての使命感が芽生えてきたことが明らかになった。
報告原稿
本報告は、2025年3月に高知県立大学大学院 人間生活学研究科より、学位認定を受けた修士学位論文「生きづらさを経験した支援者の『当事者』として生きる軌跡-8名が見つめるライフヒストリーに着目してー」に加筆修正を加えたものである
- 背景
本研究では、生きづらさを経験した支援者のライフヒストリーに傾注し、「当事者としての経験」と「支援者としての自分」のせめぎあいの過程をどのように経験していく中で、自己が形成されてきたのかについて明らかにすることを目的とする。
様々な生活課題を経験した支援者にとって、「生きづらさ」はこれからの自分自身の在り方や姿勢に深く影響を与えるのではないかと推測される。
しかし、稲沢(2023:17)は「専門的な知識や技能は高度になれば、なるほど援助関係に権威を生み出す。私たちが病気になれば、医師の下を尋ねるように、何も知らず、何もできないような人を専門職とみなすことは出来ないし、そういう人のところへ援助を求めていく事もない。専門的な知識や技能が権威を生み出すのは事実であり、専門職化の進展に伴って、ソーシャルワーカーとクライエントとの距離は、リッチモンドが『友人として』を理想とした時代とははるかに異なる事となった」と述べている。
田中(2001:47)もまた、援助関係において、クライエントという用語が援助者視点に基づくことの問題を示す。このように支援者と当事者はそれぞれ独自の世界を形成しており、両者間にはいまだ高い壁が存在している。
誰しもが、生きづらさを経験する可能性があると考えられる。しかし、研究面において、生きづらさを経験した支援者のライフスパンの中で、どのような出来事を経験していく中で、自己が形成されてきたかというプロセスについて、縦断的視点からは明らかにされていないと考えた。
2.研究方法
様々な生活課題を経験した支援者8名(社会福祉士、精神保健福祉士、看護師、ピアサポーター)に対して半構造化インタビューを実施した。調査には病や障害を持って生きる当事者本人に自身の状態変化について、語ってもらい、それを聞き取ることで、病や障害の理解につなげる(出口2007;154)。という事を目的とした病い体験アプローチを用いて実施した。
質問項目としては、それぞれのライフスパンの中で、過去から、今現在の支援者としての立場に至るプロセスに関する質問を設定し、質的記述的研究法を用いた分析によって、厚く記述することを目指した。
研究協力者のアクセスに関しては、我が国には生きづらさを経験した支援者が保健医療福祉の場に従事するケースがまだ少ないという課題がある。そのため、研究関心が近い研究者2名に協力を依頼し、対象者の選定を行った。
本研究を実施するにあたって、高知県立大学研究倫理審査委員会/高知県立大学社会福祉研究倫理審査委員会の承認を得て、実施した。(承認番号:社研倫23-39号 令和5年10日20日付)なお本研究における利益相反は存在していない。
3.結果と考察
インタビュー調査を令和5年12月中旬から開始し、令和6年1月末で終了した。結果として、見出された知見として以下の4つに集約できる。
- 調査対象者たちの中にある「生きづらさ」が支援者としての活動を行っていく上での貴重な資源となる。
- 自分自身の支援者としての実践の中で、調査対象者たちもケアされる循環の中に居る。
- 彼らの活動を通じて、「生きづらさ」の一つ一つを位置づけなおし、これからの人生を生き直していくための試みであるということ
- 「当事者/支援者」両方の立場を知る者として、自分自身のリカバリーを声として、発信していく事によって、これからの社会をデザインし直す役割を彼らは担ってきた。
自らの「普通でありたかった」という望みを許さなかった現実を前に、対象者たちは揺らいでいた。しかし、他者を支援する実践を通じて自身の生きづらさを否定せずに受け入れる事で、自分自身の生きづらさは支援者としての資源へと変わってきたのではないかと考察した。調査対象者である看護師のQ氏は「自分自身が専門職として一定の評価を受ける事で、仲間の生きづらさを社会に対して伝えることが出来る。」と述べる。その一方で、「支援者」という社会的ラベリングの中で、当事者としての対等性が損なわれる。という事も明らかになった。
また社会の側から、当事者の語りを単純化し、自らのリカバリーが固定化されてしまう可能性が考えられた。(山口2018:184)。しかし、それでもなお、自分自身の言葉が社会に新たな視点を示す役割を果たすという実感が彼らの中で支援者としての使命感に繋がってきた。
それらについて、山口(2020:81)は「『傷ついたままでも生きていけると思う瞬間』は人によって異なり、日常のあらゆる場所に見出すことができる」と述べている。
その過程を通して、「当事者性」と「支援者性」が交差する自分自身の存在意義を築き上げてきたのではないかと考察した。
4.結論
本研究の結論として、調査対象者たちは自らの「生きづらさ」を前に揺らいでいた。
しかし、自らの実践を通して、「生きづらさ」に新しい視点が生み出されることによって、「生きづらさ」が彼らにとっての資源となった。
そして、それらを基に、社会をデザインしてきたという実感が、調査対象者の独自の専門性を生み出した。結果として、調査対象者たち自身もケアの循環の中に居る事が明らかになった。
今後は当事者性の有無に関わらず、互いを支え合うケアの循環を広げる事が求められる。
参考文献
出口泰靖(2007)「病/高齢者の研究-『認知症』体験の地域〈汲み取り〉から〈聞き取りへ」
秋田喜代美・能智正博ほか(2007)『事例から学ぶはじめての質的研究法 臨床と社会編』 東京図書
田中英樹(2001)『精神障害者の生活支援-統合的生活モデルとコミュニティソーシャルワーク』中央法規出版株式会社
稲沢公一(2019)「援助関係からみたクライエント-「つながり」が残るとき -」ソーシャルワーク研究 1(4)17-24
山口真紀(2020)「傷つきをめぐる理論と実践の社会学——『語らずにすむ』社会のためにー」令和2年度 立命館大学大学院 先端総合学術研究科 先端総合学術専攻一貫性博士課程 博士学位論文
山口真紀(2018)「『被害の語りを集積する』ことの検討-村上春樹『アンダーグラウンド』の論理を読む-」立命館生存学研究 1 99-108