ポスター報告13

坂野 久美(岐阜医療科学大学)
神経難病患者の地域生活 ―患者の価値観に基づく自己決定―
報告要旨

神経難病患者の生命予後の改善により、施設から地域へのケア移行が進む中、患者の自己決定が不可欠となっている。本研究では、入所経験のある患者の面接から、施設での隔離された窮屈な生活への不満が蓄積し、「人間らしい生活」や「人生を楽しみたい」という思いが地域生活への移行を後押ししていることが明らかとなった。これにより、医療・福祉支援に加え、本人の価値観に基づく自己決定の支援が重要であることが示唆された。

報告原稿

【背景・目的】
神経難病患者の在宅療養支援に関する研究は、これまでに多くの文献で取り上げられており、特に在宅療養の継続を可能にする要因や、患者・家族の心理的負担に焦点を当てた実証的研究が複数報告されている。たとえば、深川・宮園(2024)は、神経難病患者の在宅介護継続を可能にする要因として、「退院支援」「家族・ソーシャルサポート」「訪問看護・公的サービスの充実」に分類される支援体制の重要性を文献レビューにより明らかにしている。また、牛込ら(2000)は、神経系難病患者において、医療処置管理状態や日常生活全面介助状態が在宅療養継続の困難要因であることを示しており、医療的ケアの必要性が高い患者ほど支援体制の整備が不可欠であると指摘している。Advance Care Planning(ACP)に関しては、銘苅ら(2013)がACPの開発研究を通じて、患者・家族の意思決定支援の実態を明らかにし、医療現場におけるACPの導入とその課題を提示している。
これらの先行研究は、神経難病患者の在宅療養支援や意思決定支援の制度的・倫理的課題を多角的に捉えているが、いずれも「家族支援」を前提とした支援モデルが中心であり、特に親の支援を受けずに在宅療養を選択する患者の意思決定プロセスに焦点を当てた研究は極めて少ない。
本研究は、親に頼らず在宅療養を選択した神経難病患者の語りを通じて、その意思決定の背景と意味を明らかにすることで、既存研究に新たな視座を提供するものである。とりわけ、支援体制が限定的な状況下でも自己決定が成立し得る条件や、個別性の高い支援の在り方を探ることにより、従来の家族中心モデルから脱却した多様な支援体制構築への示唆を得ることが期待される。

【方法】
神経難病患者3名に対して半構造化面接を実施した。インタビュー内容は、対象者の同意を得てICレコーダーに録音し、文字起こしを行った。得られた語りを時間軸に沿って整理し、地域移行の契機となった出来事や実現に至った要因に注目して質的分析を行った。研究は岐阜医療科学大学倫理審査委員会の承認を得て実施した。

【結果】
3名の語りから、以下のような共通点が見出された。
・施設生活における自由の制限や閉鎖性への不満
・「人間らしい生活」や「一度きりの人生を楽しみたい」という強い願望
・自立生活への憧れと、それを実現するための決意
A氏:親の高齢化による外出制限や閉鎖的な環境に対する違和感から、「棺桶に入らないと外に出られないような生活はおかしい」と感じ、「まず自分が出て行こう」と決意した。自立後は結婚という新たな経験も得られ、「病院は終の棲家にはなりえない」と語った。
B氏:病院生活の制約が増す中で、趣味のラジコンを続けたいという思いから、「お前の人生だから好きなようにやったらいい」という言葉に背中を押されて地域移行を選択した。病院では食事の持ち込みが禁止されるなど、生活の自由が次第に奪われていったことが決断の契機となった。
C氏:自立生活者の姿に触発され、「これは出るしかない」と決心した。施設では車椅子への移乗や外出、食事すら制限される生活に窮屈さを感じていた。

【考察】
本研究では、施設生活における「隔離された制約」や「窮屈さ」への不満が蓄積し、「自由への希求」や「人生を楽しみたい」という思いが地域生活への移行を後押ししていたことが明らかとなった。これらの語りから、神経難病患者が地域での生活を選択する際には、医療的・福祉的支援に加え、本人の価値観や人生観に基づいた自己決定の支援が重要であることが示唆された。
今後は、医療・福祉・地域社会が連携し、患者の意思を中心に据えた支援体制の構築が求められる。自己決定を尊重し、それを支える環境づくりが、神経難病患者のより豊かな生活の実現につながると考える。

【利益相反】
なし。

【結論】
神経難病患者が在宅療養を選択する背景には、施設生活に対する不満や制約からの解放、そして「人間らしい生活」への強い希求が存在していた。本研究を通じて、自己決定は単なる選択行為ではなく、患者自身の人生観や価値観に根ざした深い内的動機に基づくものであることが明らかとなった。今後の支援体制においては、医療的・福祉的な側面だけでなく、患者の語りに耳を傾け、個別性を尊重した自己決定支援を実践することが求められる。

参考文献

1) 深川知栄・宮園真美 (2024)神経難病患者の在宅介護継続を可能にする要因に関する文献検討,福岡看護大学紀要,7(1),39-45.
2) 牛込三和子・江澤 和江・小倉 朗・川村佐和子・廣瀬 和彦(2000)神経系難病における在宅療養継続に関連する要因の研究,日本公衛誌,第47(3).
3) 銘苅 尚子(2013)日本の文化に即したAdvance Care Planningの開発研究-患者および家族に対する意思決定支援実態調査からのアプローチ,長寿医療研究開発費,平成25年度総括研究報告.