長谷川唯(立命館大学生存学研究所/文教大学地域協働研究教育センター)
話せる今、話さない選択--ALSにおける意志伝達と生の継続戦略
報告要旨
本研究の目的は、ALS当事者にとって「言うのがしんどい」という身体的・構造的困難が、どのように意思伝達の障壁となり、生活の制限や支援の不均衡を生むかを明らかにすることである。社会モデルの視点から、発話を共有の手段と捉え直し、関係性の多様化と負担の分散を可能にする支援環境の構築に向けた課題と戦略を検討した。
報告原稿
【目的】
本研究は、ALS当事者が人工呼吸器装着という選択を可能にするために、発話可能な時期を「生の継続戦略」として捉え、発話を関係性構築の道具として活用する意義を明らかにする。とくに、大学生を中心とした自薦ヘルパーが、単なる介助者ではなく「ともに生活をつくるパートナー」として関わる実践の可能性に焦点を当てる。
【方法】
社会モデルの視点に基づき、発話困難をめぐる構造的課題と支援関係の再構築について理論的検討を行った。加えて、NPO法人「ある」が実践する自薦ヘルパーの取り組みを事例とし、素人である大学生などが当事者のケアを学びながら関係性を築き、生活を共に編んでいくプロセスを分析した。
なお、報告内容に関する研究倫理上の配慮としては、当事者・関係者に目的と記述の意図を口頭で説明し、事例の使用について了承を得ている。
【結果】
ALSの人は、呼吸苦や身体的、精神的な負担を軽減するために、「しんどいから言わない」と伝えることを諦めてしまうことがある。しかし、伝えることを諦めることで、本人が生活に必要な介助を受けられず、結果として生活を制限することにつながっていた。伝えることがしんどさを避けるための合理的な選択が、不合理な結果を招く構造が存在する。また、言わなければ伝わらないという前提は、伝えるという責任が常に当事者側に課せられている状況でもある。このことは、支援を受ける権利の前提として、発話ができることが条件になっている社会構造を意味する。
社会モデルに照らせば、言わなくても読み取れる、読み取る側の想像力を働かせることが社会側に求められ、そのための環境整備が必要になる。具体的には言語以前の態度や言語以外の方法、文脈など、日常生活の積み重ねによって構築されていく関係性によって可能になる。このことは、伝えるという負担の分散でもある。
発話を単なる手段として捉えるならば、発話可能な「今」が優位な状態ではなく、手段として有効な時期として位置づくことになる。発話可能な「今」は、本人が自分の意思を伝えられる時間であると同時に、将来の発話困難を見越して関係性を広げ、支援の担い手を多様化するための戦略的資源となることが示された。
自薦ヘルパーの取り組みでは、当事者が自らのケアを教え、共に生活をつくる関係が育まれる。この関係性は、支援の柔軟性と持続可能性を高め、当事者の主体的な意思決定を支える基盤となる。
また、支援の担い手が専門職に限定されず、多様な背景を持つ者が関与することで、意思の読み取りが特定の支援者に依存しすぎるリスクの回避につながる。
このことは、長期的かつ柔軟な支援の持続可能性に直結する課題であり、関係性の分散と多様化が本人の意思決定を実質的に保障する基盤となる。
社会モデルの視点から、発話が困難であるという状態そのものではなく、その状態を「困難にしている」支援構造や関係性こそが、課題である。
【結論】
人工呼吸器装着という選択を当事者が主体的に行うためには、発話可能な時期を活用して多様な関係性を築き、「伝える」負担を分散する支援構造を整えることが不可欠である。
とくに、大学生を中心とした自薦ヘルパーとの協働は、専門性に基づく支援とは異なる視点から、支援を「共に生きる営み」として再定位する可能性を示している。
これは、従来の介助する/されるという分業的な枠組みをこえて、共に支え合う主体として捉える視点の転換である。
発話は生の継続を支えるための道具であり、支援の構造は専門性に依存せず、関係性の広がりによって支えられるべきである。