ポスター報告09

曾 嘉慧 (ズン ジャフェイ)(東京大学工学系研究科 先端学際工学専攻 熊谷研究室)
重度障害者就労支援特別事業の統合と分断――厚労省審議会資料に基づく検討
報告要旨

本研究は「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」が利用困難となった要因を検討した。政策策定時の厚生労働省審議会議事録や報告書をドキュメント分析を行った。制度策定当初は重度障害者の就労支援に向けて雇用と福祉の連携が重視されていたが、部門間の役割分担、企業の合理的配慮責任、資金負担への懸念が繰り返し議論された。その結果、制度統合が図られたものの、資金調整や利用手続きでは依然として縦割り構造が残存している実態が明らかとなった。

報告原稿

研究背景

2020年に創設された重度障害者就労支援制度が利用しづらい一因は、就労中の介助を「業務上の介助」と「生活上の介助」に分断し、前者を企業への補助金を通じた雇用施策、後者を生活支援を中心とした福祉施策の管轄とする複雑な制度設計にある。この分断構造は、当事者や事業所、雇用主に複数の行政機関への煩雑な事務手続きを強いており、制度利用の大きな障壁となっている。 このような課題は、日本特有ではなく、自立生活運動の先進国である欧米諸国でも見られる現象である。特に2008年の世界金融危機以降、障害者福祉に対する緊縮的な財政政策が、各国の制度に複雑な影響を与えていることが多くの研究者により指摘されている。

研究目的

本研究は、政策形成過程を分析することで、2020年に新設された重度障害者就労支援制度が、どのような政策目標のもと、いかなる議論を経て現在の形に設計されたのかを明らかにすることを目的とする。特に、審議会における理念的な合意点と、省庁間の利害や財源等をめぐる対立点、そしてそれらが制度設計上の妥協としていかに具現化されたのかを明らかにする。

研究方法

社会保障審議会障害者部会、労働政策審議会障害者雇用分科会、障害者雇用・福祉施策の連携強化に関する検討会、の3つの審議会の議事録および関連資料を分析対象とした。質的データ分析の手法を用い、事務局(行政側)と委員(当事者・専門家側)の発言を抽出し、政策形成における主要な論点、対立軸、最終的な意思決定プロセスを再構成した。

結果

分析の結果、以下の3点が明らかになった。

  1. 共有された理念:審議会では当初から、①重度障害者の就労促進には途切れのない介助制度が不可欠であること、②雇用と福祉の連携が大前提であること、③本件は社会的要請の強い緊急性の高い課題であること、という政策目標が一貫して共有されていた。
  2. 委員側の主張:委員からは、現行制度の制約が障害者の就労意欲を削ぎ、福祉依存を固定化しているという強い問題提起がなされた。就労は納税を通じた社会参加につながり、長期的には政府財政にも資するため、就労中の介助利用を制限すべきではない、という意見が支配的であった。
  3. 事務局側の懸念と帰結:一方、事務局(行政)側は、①省庁間の役割分担の原則、②雇用主の合理的配慮責任、③公的資金を個人の経済活動に投入することの正当性、④財政的持続可能性、といった複数の懸念を一貫して表明した。その結果、就労支援への公的資金の投入は実現したものの、その対象は「生活上の介助」に限定され、制度全体は省庁の縦割りを反映した複雑で断片的な構造となった。

結論

本制度は、日本の職場介助政策における画期的な一歩であると同時に、多くの課題を抱えた過渡的な制度であることが明らかになった。審議会では、「雇用と福祉の統合」という理念が共有されたものの、行政は省庁間の縦割り構造や財政規律といった懸念を乗り越えられなかった。その結果、政治的な合意形成を優先し、理念と実態が乖離した「分断された制度」が設計され、その複雑さが利用者や関係者の負担となって現場に転嫁されている。