ポスター報告06

伊東香純(立命館大学)
精神医療普及運動における精神障害当事者――グローバルメンタルヘルスの運動に注目して
報告要旨

グローバルメンタルヘルスの運動(以下「GMH」)は、2000年代から主に世界保健機関や先進開発国の政府によって主導されてきたものである。本報告では、GMHにおける精神障害当事者の参加に注目する。その上で、GMHにおいてピアサポートが精神医療専門職と同様に効果的かつ安価な方法として利用促進されたこと、精神障害当事者の運動はGMHを利用してグローバルなネットワークを強化したことを指摘する。

報告原稿

1.背景

グローバルメンタルヘルス(GMH)の運動は、2000年代からWHOや高所得国の政府によって主導されてきた。その背景には、中・低所得国では,精神神経疾患に充てられる医療資源が負担に不釣り合いに低いという認識がある(Becker and Kleinman 2013)。まずは中・低所得国における、2013年以降は高所得国も含めた、西洋精神医療のアクセシビリティの格差を解消するために2002年の世界保健総会で採択されたのが、精神保健グローバル行動プログラム(mhGAP)である(Votruba et al. 2014)。
GMHに関しては、その必要性や効果を裏付ける研究が多いものの、批判的に検討した研究もある。これらの研究ではGMHは、医療専門職や製薬企業が主導する運動とされており、精神障害者の参加の言及は少ない(Mills and Davar 2016; Ecks 2022: chap. 10)。

2.目的と方法

本報告の目的は、精神障害者の運動が、どのようにGMHに参加したのかを明らかにすることである。そのために、GMHに関わるピアサポートのネットワークに注目する。関連組織に関する文書のほか、GMHピアネットワークに関わった精神障害者のインタビューを資料とする。インタビュイーは、エチオピアの精神保健サービスユーザー連盟(MHSUA)の代表であり、GMHピアネットワークで活動するエレニである。インタビューは、2024年8月9日に実施し、研究を目的とした公開の許可を得た。

3.結果

3.1.国際的な運動

GMHピアネットワークは、2007年頃から活動を始め、2018年に南アでNPOとして登録された。GMHは、「生きた経験を持つ人」も、すべての人の精神的健康と福利を実現するための平等なパートナーとして認められるプラットフォームを目指し、GMHピアネットワークと強力な関係を築いている(Sunkel 2021)。
2018年に開始されたのが、UPSIDES(エンパワメントできる精神保健サービスの開発においてピアサポートを利用する)というプロジェクトである。UPSIDESは、アフリカ、アジア、欧州という資源が異なる環境で、「重度の精神疾患」を持つ人に対するピアサポートを実施,評価する5年間の多施設研究である(UPSIDES 2025)。背景には、ピアサポートの提供者は、消費者であるため支援の資源拡大にも格差縮小にも適しており、ピアサポートには多方面の好ましい効果があるという認識がある(Puschner 2018)。

3.2.国内の運動――エチオピアの場合

MHSUAは、2018年にアディスアババで発足した。当初、メンバーは5人のみで経済的資源はまったく不足していた。精神医学部にいたエレニと関係のあった人が、GMHピアネットワークのCEOに、エレニを紹介してくれ、エレニはエチオピア代表としてピアネットワークに参加することになった。GMHに関する会議が国内で開催された際、政治家たちが、エレニたちが海外の主体に丁重に扱われるのをみていたことが、MHSUAが国内の資源を得る上で大きな助けになったという(Eleni interview)。

4.まとめ

精神障害者のピアサポートは、GMHの目的に適う資源として、GMHへの参加が推進されていた。国内では、GMHのネットワークを利用して、精神障害者の運動が強化されていた。ただし、GMHと精神障害者の運動の目標が同一であると早合点すべきではない。例えば、MHSUAがメンバーとなっている精神障害者のグローバルな組織(TCI Global)は、GMHに2018年から対抗するキャンペーンをおこなっている。

[謝辞]

エレニさんに心から感謝申し上げます。この調査は科研費(21K13453)の支援を受けて実施しました。記して感謝申し上げます。

参考文献

Becker, Anne E. and Arthur Kleinman, 2013, “Mental Health and Global Agenda,” New England Journal of Medicine, 369: 66-73.
Ecks, Stefan, 2022, Living Worth: Value and Values in Global Pharmaceutical Markets, Duke University Press.
Mills, China and Bhargavi V. Davar, 2016, “A Local Critique of Global Mental Health,” Shaun Grech and Karen Soldatic eds. Disability in Global South: The Critical Handbook, Springer International Publishing.
Puschner, Bernd, 2018, “Peer Support and Global Mental Health,” Epidemiology and Psychiatric Sciences, 27(5): 413-414.
UPSIDES, 2025, “Project.”(2025年7月31日取得,https://www.upsides.org/project/)
Votruba, Nicole, Julian Eaton, Martin Prince, and Graham Thornicroft, 2014, “The Importance of Global Mental Health for the Sustainable Development Goals,” Journal of Mental Health, 23(6): 283-286.