ポスター報告05

斉藤剛(明治学院大学大学院)
川崎市の精神保健領域の歴史からみた当事者活動の考察 ―川崎市のピアサポート活動は当事者活動なのか
報告要旨

川崎市は1971年に我が国初となる精神障害者の社会復帰施設「川崎市社会復帰医療センター」が設立された先駆的都市である。また同センターを中心に患者会など当事者活動も行われた。本研究では上記1970年代以降の川崎市の歴史を先行研究や資料等から整理し、精神保健の成り立ちや当事者活動、ピアサポートがどのように変遷したかを概観する。そしてピアサポートとは何かを考察し、その課題や意義を明らかにする。

報告原稿

1. はじめに

我が国では、1970年代の障害者自立生活運動等を皮切りに、川上・岡上(1973)が指摘する「隔離政策中心」の時代から、熊谷(2018)が述べる「当事者主導」「ピアサポート活動」の重要性が叫ばれる時代へと移行していった。例えば、当事者研究等で知られる北海道浦河町の浦河ベてるの家(以下、べてる)は当事者自身が地域住民という自負心をもつ、「ピアサポート活動」「当事者主導」の積極的地域である(向谷地・小林2013)。
1971年に行政が運営を担う公立施設、社会復帰センターを設立した川崎市は、1980年代に活動が開始された浦河町と比較しても、先駆的、草分け的であったと考えられる。しかし、こうした取り組みがいち早くおこなわれた川崎市において、どのように地域ケアが展開されていったのかという歴史研究は十分になされているとは言えず、川崎市の「ピアサポート活動」「当事者活動」はどのような変遷をたどっているのかも同様である。したがって、本研究では川崎市の歴史概観を行うことで、社会復帰センターは何をもたらし、どのような課題を残したのか、さらに、川崎市における「ピアサポート活動」「当事者主導」とはなにかという点の考察を行う。これらの振り返りを通して、現在の精神保健領域の実践や「当事者活動」のあり方に関する視座を与えることができるのではないかと考えた。
なお、本研究では「ピアサポート活動」を相川(2019)の「同様の経験をしている対等な仲間同士の支え合い」という定義を採用する。「当事者活動」については、岩崎(2019)の「当事者による当事者のための活動」であり「自分の専門家になる」という、べてるの向谷地(2009)を合わせた定義を採用する。

2. 研究目的

本研究は川崎市に1971年に設立した社会復帰センター周辺の歴史調査を行い、川崎市の社会復帰センターの変遷がこの地域の精神保健福祉実践に何をもたらしたかを明らかにするだけではなく、またその課題にも着目する。また、こうした精神保健福祉実践に付随する「ピアサポート活動」「当事者活動」との関連についても調査を行うことを目的とする。

3. 研究方法

研究方法としては文献研究を中心に行い、先行研究、文献、行政資料、メディア等で発信された事例等を調査する。

4. 結論と考察

川崎市の歴史概観を通じ、以下3点が示された。
1つめは、社会復帰センターがもたらしたものと課題としては、構造的な課題として、先導する実践者の不在と実践・研究継続の難しさがあり、オピニオンリーダーの空洞化が生じたことである。
川崎市では、初代センター所長であり医師の岡上和雄という「オピニオンリーダー」(田中2001)が存在し、先行研究等は一定数存在したが、後に続く実践者が「公務員」であり、異動や定年退職等、定着が難しいこと、また、個人名より「行政組織」としての研究や実践報告になる等の公的機関特有の構造による課題が示された。ひいては関連している「当事者活動」も継承のしづらさがあることも明らかであったと指摘する。
2つめは、川崎市における「ピアサポート活動」とは、まず保健所デイケア内で組織化され全市化され、「当事者主導」であるのか「行政先導型」であるかという課題が示された。
実際に行政委託事業として「ピアサポート活動」が展開していく歴史過程も概観でき、川崎市の「ピアサポート活動」は「行政先導型」で開始し、施策化された歴史があったことが明らかとなった。
3つめは、現在の精神保健領域の実践や「当事者活動」のあり方に関する視座として、「行政主導」であっても、優れた支援者や活動による「ピアサポート活動」や「当事者主導」を生み出すことの可能性であるという点である。
べてるの背景には、もちろん、向谷地と川村という優れた支援者がいた(綾屋2023)からであると指摘できるかもしれない。ただ、その後のべてるの歴史は「当事者研究」が醸成(綾屋2023)し、社会を構成している市民であるという意識(伊藤・本田,向谷地・小林編2013)を醸成した歴史が存在し、このことから川崎市の歴史も踏まえると、多様な「ピアサポート活動」や「当事者主導」のあり方の可能性が示すことができた。

5. 研究の限界と今後の展望

本研究では現存している資料を用いて文献研究を行ったが、時間的制約もあり、収集データが偏ってしまったため分析内容に限界が生じた。今後は行政文書の掘り起こしや先行研究の更なる探索など、より幅広いデータ収集による調査の必要性があると考えた。