福田由紀子(東京大学大学院 教育学研究科 大学経営・政策コース 博士課程)
重度身体障害のある学生の介助をめぐる制度的課題
報告要旨
本研究では、障害者差別解消法に基づく高等教育機関の義務と、障害者福祉サービスの関係を検討するため、重度身体障害者の介助者の配置に関する制度上の課題に着目する。これらの制度の狭間にある課題に対し、アメリカ・イギリスの制度との比較および障害のある学生のインタビュー調査を通じた分析により、障害のある学生の高等教育を支える基盤として、社会保障としての福祉サービスを先行させることの必要性について論ずる。
報告原稿
1 目的
障害者差別解消法の影響で高等教育機関においても障害のある学生の在籍状況の把握が進み、支援体制が整いつつあるが、合理的配慮の義務は、「非過重負担」「本来業務付随」の範囲に限定されると解されている。重度身体障害のある学生が通学や学内での生活介助を必要とする場合に、その費用が教育機関にとって「過重な負担」と判断されれば、合理的配慮の義務には該当しない。一方で、障害者総合支援法に基づき「重度訪問介護」のサービスが利用できるが、「通年かつ長期の外出」は対象外とされており、通学や学内での生活介助には利用できない。ここに、高等教育機関の差別解消義務と、福祉サービスとの「谷間」が生じていた。この問題の解決のため2018年度から「重度訪問介護利用者の大学修学支援事業」が開始されたが、まだ十分に普及していない。
発表者は、重度身体障害のある学生の介助に関し、文献研究により日・英・米の制度を比較し(福田2024;2025a)、重度身体障害のある学生を対象としたインタビュー調査を実施した(福田;2025b※1)。本研究では、これらをもとに、重度身体障害のある学生の介助に関しどのような制度的課題があるのかを、障害の社会モデルの視点から再検討する。
2 これまでの研究から得られた知見
1)英米との比較
英国では、障害のある学生を対象とした国からの給付金制度があるが、個人的な介助はその対象になっておらず、自治体が実施しているソーシャルケアサービスとして実施されている。また、特別な教育的ニーズのある18歳以下の児童には「教育・保健・ケア計画」の策定が義務化され、高等教育進学後も保健・ケア計画は自治体に引き継がれる。
米国の高等教育機関で実施されているリハビリテーション法504条及びADA法に基づいた差別解消義務の範囲には明確な線引きが示されており、重度障害のある学生の個人的な介助は、高等教育機関の義務ではなく社会保障制度の在宅支援サービスとして提供されている。
英・米の制度では、個人的な介助は社会保障や地域ケアサービスの対象とされており、特に英では中等後教育や社会移行への継続性が考慮されているのに対し、日本では教育と福祉の制度的な連携が十分とは言えない。また、英米では、障害のある若者の自立や就労の有益性が強調されるが、日本では修学・就労への参加を支える福祉サービスが乏しい。
2)インタビュー調査
重度身体障害のある学生にとって「重度訪問介護」は生きていくために欠かせないもの、「重度訪問介護利用者の大学修学支援事業」は大学で学ぶために欠かせないものとして評価されていた。彼らは高校、大学、職場と所属が変わるごとに、支援体制を一から構築し、制度的障壁を乗り越えなければならなかったことを負担に感じていた。
3 障害の社会モデルによる分析
日本では、障害の程度が重い障害者が高等教育から排除される現象が起こっている。これは、「社会的障壁の発生メカニズム(飯野他 2022)」の視点からどのように捉えることができるのだろうか。
社会を「分化した機能システムの集合(榊原2016:108-22)」として捉えると、介助が必要な障害者は、「高校」「大学」等の教育システムだけでなく、家庭生活、公共交通、経済流通、就労等あらゆるシステムにおいて参画に困難が伴う。これは、自力で生活動作ができることを前提とした「社会」のあり方に障壁があると考えられる。
ではこの障壁を、誰が、どのように解消していくべきか。「重度訪問介護」は、24時間365日の介助を必要とする障害者の自立と社会参加を求める運動から生まれた制度であり、その経過を踏まえれば、当事者団体が修学・就労目的での対象拡大を主張するのは、障壁解消の手段として合理的である。
障害のある学生の高等教育での学びを保障するためには、合理的配慮義務の確実な実施とともに、障害の程度に関わらず社会参加を可能とする福祉サービスの充実が欠かせない。
注1 東京大学倫理審査専門委員会の審査を受けて実施した(審査番号:24-236)
参考文献
・榊原賢二郎,2016,『社会的包摂と身体―障害者差別解消法制後の障害定義と異別処遇をめぐって―』生活書院.
・飯野由里子 他,2022,『「社会」を扱う新たなモードー「障害の社会モデル」の使い方―』生活書院.
・福田由紀子,2024,「重度身体障害のある学生の介助に関する日英比較 ─公的サービスと高等教育機関の責任をめぐる論理の検討─」,『東京大学バリアフリー教育開発研究センター紀要』第2号:33-50.
・福田由紀子,2025a,「重度身体障害のある学生の介助に関する日米比較―公的サービスと高等教育機関の責任をめぐる論理の検討―」,『東京大学大学院教育学研究科紀要』第64巻:465-475
・福田由紀子,2025b,「重度身体障害のある学生の介助に関する質的研究―当事者へのインタビュー調査による社会的障壁の検討―」,『東京大学バリアフリー教育開発研究センター紀要』第3号: