大橋歩実(東京大学大学院教育学研究科博士課程)
知的障害者の「自立生活」の実現過程における人間関係づくりの検討―東京都国立市の事例を通じて
報告要旨
東京都国立市で1975年から障害者の自立支援を行っている「かたつむりの会」は、1995年まで身体障害者の自立支援を主に行っていたが、1996年以降は知的障害児との関わりが持たれるようになった。彼らが将来的に介護者と共に自立生活を送る未来を見据えながら、会に遊びに来ていた子どもたちをはじめ、会で自立生活を送る身体障害者や、その介護者たちとの人間関係を構築することが試みられた。その人間関係づくりの在りようを、実践記録や関係者へのインタビューを通じて明らかにする。
報告原稿
1.背景と目的
本報告の目的は、東京都国立市の「NPO法人ワンステップかたつむり国立(以下、「かたつむりの会」)」という運動体において、知的障害者が自立生活を実現する過程でいかなる人間関係づくりが目指されたかを検討することである。
知的障害者の自立生活について取り上げた代表的な論考は、寺本ら(2008)や三井(2020)がある。しかし、いずれも知的障害者の生活の現場における支援の在り方に焦点を当てている。また、伊藤(2018)は、愛知県の事例に基づいて、異なる障害者運動から発展した知的障害者就労支援施設の支援の在り方を比較検討しているが、こちらは就労の現場における支援の在り方に焦点を当てている。つまり、運動の現場における知的障害者の自立生活支援を中心的に取り上げた論考は管見の限り見当たらない。
「かたつむりの会」は、自立生活運動の萌芽とされる「府中療育センター闘争」の中心人物の1人三井絹子によって1975年に設立された団体である。深田(2013)が述べるように「障害者と介護者が生活から運動まで全局面の結びつきを志向し」(p.518)ている点に特色があり、障害者運動が縮小しているとされる現在においても、草の根の運動を続けている団体である。
2.研究方法
本報告では、現在「かたつむりの会」で自立生活を営んでいる井上晴菜を中心的な事例として取り上げる。主な分析対象は①当時の支援者が2003年から2004年に発行した会報誌の記述、②井上が「かたつむりの会」に関わり始めた2000年から現在まで、井上に関わり続けている小林への聞き取り調査の2点である。
3.考察
「かたつむりの会」は1975年から障害者の自立生活支援を行っていたが、会員は身体障害者がほとんどであった。しかし、1996年頃に、知的障害児の親から「レスパイト・ケア」の依頼が来るようになったことで、会に知的障害児が関わるようになった。そして、「障害の有無に関係なく子どもたちが交流し、遊べる場」として「くりボー」という活動が始められた。この活動は、そこに通う障害児たち(ほとんどが知的障害児であった)がゆくゆくは自立生活を行うことを見据えて進められていた。例えば、地域のコンビニにおいて予算内で買い物をする練習が行われ、その中で店員と知的障害児との関係が構築されていった。
こうした「くりボー」の活動の中で、井上は「くりボー」スタッフに「学校に行きたくない」という思いを打ち明けた。学校に行かない代わりに、「くりボー」で身体障害者の手伝いや、「くりボー」事務所の掃除や洗濯などの「お手伝い」を始めてもらったところ、「みるみる生き生き」していく井上を見て、スタッフや保護者は井上に強い自立の意思があることを理解し、当時はほとんど前例がなかった重度知的障害者の自立生活の実現可能性を信じられるようになっていった。
しかし、重度知的障害者の「自立生活」支援を行っていくという事態を快く思わない身体障害者が大半で、2003年の支援費制度の開始を前に多くの身体障害者とその介護者が会を離脱した。
その後は、「くりボー」に通う子どもたち同士や、「かたつむりの会」の障害者会員、その介護者たちと、井上らとの関係性作りが試みられた。子ども同士での関係においては「とにかく一緒にいる」ことを通じて関係性が徐々に深まっていったが、会員とその介護者との関係性は、「くりボー」スタッフを介してしか話ができない状況に陥っていた。しかし、スタッフの過度な介入をやめ、くりボーの子どもたちと会員が1対1で相談していく機会を作ることで、井上らは会員たちと生活の中で互いに頼り、頼られる存在になっていき、運動を共に担う仲間として成長した。いずれの実践においても、1対1でお互いが向き合う関係を作ることがまず徹底された。その中で、支援者は関係作りを当人たちに任せながらも、必要な際は知的障害児の立場に立って思いを代弁する役割を果たすことが重要とされた。
4.今後の課題
知的障害者の自立生活を実現し安定化させるためには、介護者や生活費の保障の獲得が不可欠であり、行政交渉等の運動が求められる。さらに、国立市では井上をはじめとする知的障害者の行政委員会への参画が試みられた。この過程を明らかにすることが今後の課題である。
参考文献
伊藤綾香(2018)「知的障碍者就労支援施設間での『支援』の多様性―異なる障害者運動をルーツに持つ3団体の比較から―」『保健医療社会学論集』第29巻第1号、pp. 50-61
寺本晃久・末永弘・岡部耕典・岩橋誠治(2008)『良い支援? 知的障害/自閉の人たちの自立生活と支援』、生活書院
深田耕一郎(2013)『福祉と贈与』生活書院
三井さよ・児玉雄大(2020)『支援のてまえで たこの木クラブと多摩の40年』、生活書院
倫理的配慮
資料調査、及び聞き取り調査の実施前に文書と口頭で研究趣旨を説明し、同意を得た。また、報告原稿は提出前に一度「かたつむりの会」の方々と読み合わせを行い、学会発表で使用する許可を得た。匿名・実名の記載については、実名での公表に同意が得られた方のみ実名で記載し、その他は匿名化処理をかけ、報告での登場順にAから順にアルファベットを割り振る。
備考
報告者は2023年7月から現在に至るまで、週3~4回ほど「かたつむりの会」の活動に参加し、参与観察を行っている。具体的には 本報告の分析対象となった聞き取り調査は、以上のような関係性の中で実施されている。
また、本報告は2025年1月に提出した修士論文「障害者の自立生活における『闘い』の検討—『かたつむりの会』の実践に着目して―」の一部を基に、新たな分析視座を取り入れて発表用に構成し直したものである。