田中みゆき(早稲田大学)
音声描写検討会における視覚障害者の映像体験と協働的イメージ構築 ―映画『ラジオ下神⽩』を事例に
報告要旨
本研究は、映画『ラジオ下神白』の音声描写検討会を分析対象とし、視覚障害者が音声描写を通じていかに映像を体験し、空間や物語を構成していくのかを明らかにする。検討会における対話的プロセスを通じて、異なる感覚的イメージが交差し、視覚障害者と晴眼者による協働的な映像理解の可能性を探る。
報告原稿
本研究は, 映画『ラジオ下神白』の音声描写検討会を通じて, 視覚障害者の映画体験を分析する. 視覚障害者がどのように音から映像空間を構築し, 主体的に鑑賞しているかを, 会話・ジェスチャー分析から明らかにする. 本発表では, 視覚障害者の映画体験が視覚中心の認知とどのように異なるかを示す. その上で, 視覚障害者と晴眼者による検討会が, 映像の意味を再構築する創造的・批評的場であることを提起する.
音声描写(Audio Description)は, 映画や映像コンテンツに対して,「視覚的イメージを言語による記述へと翻訳すること」(Braun, 2008)によって, 視覚障害者を中心に, 従来の映像の形式ではアクセスが難しかった人たちが鑑賞できるようにする技術である. 映像の進行と同期しながら視覚情報を聴覚情報に置き換えることで, 晴眼者と同等の体験の共有を目指すものである.
音声描写のルールは国によって若干異なるが, 既存のガイドラインでは, 描写の表現は「できる限り中立的」であるべきであり, 専門用語の使用は避けるよう求められている(Rai, Greening, & Leen, 2010). Ofcomガイドライン(2008)では, 「登場人物, 場所, 時間や状況, 容易に識別できない音, 画面上の動き, そして画面上の情報」の描写を推奨するとされている.
しかしながら, 映画の音声描写においては, アクセスだけでなく没入できることも重要な要素である. Walczak & Fryer(2017)は, 客観性を軸にした従来の音声描写と, カメラワークや登場人物の主観的な描写を含めた“クリエイティブ”な音声描写を比較し, 後者の方がより没入的な映画体験をもたらす可能性を持っていると述べている. 一方Ramos(2016)は, 感情的な音声描写が中立的な音声描写よりも視聴者の感情的な反応を引き起こすことを明らかにした. これらは, 従来の音声描写のルールを覆す可能性と同時に, 視聴者を作品が意図しない方向に誘導しかねない危険性も示唆している.
音声描写の執筆が晴眼者によって行われている限り, 視覚障害者がどのように映像を体験しているかを知ることなしには, 視覚障害者の認知とズレのある音声描写が提供される可能性は否定できない. 視覚障害者及び作品に寄り添った音声描写を提供するため, 日本では音声描写の制作過程で視覚障害者に音声描写と共に映像を確認してもらう「音声描写検討会」が行われることが多い. ここでは, 視覚障害者に加えて音声描写の執筆者, そしてしばしば監督が加わり, 第一稿に対してフィードバックが交わされる. 視覚障害者は咀嚼できない箇所や違和感を覚えた点を指摘し, 必要に応じて監督に演出意図を確認しながら, より適切な描写が模索される.
しかし, これまでの音声描写に関する先行研究は, 視覚障害者に音声描写ありとなしで映像を見てもらい, どのように作品理解や感じ方が変わったかを答えてもらうといった, 用意された音声描写に対する評価が一般的であった (Walczak & Fryer, 2017; Hättich & Schweizer, 2020). 本研究は, 音声描写検討会で行われている視覚障害者と晴眼者による相互行為分析を通して, 視覚障害者の映像に対する認知を明らかにするとともに, 音声描写と映像言語による協働的なイメージ構築のあり方を探るものである.
本発表では, 小森はるか監督による映画『ラジオ下神白』における音声描写検討会を対象とし, 映像記録と音声描写テキストを用いて会話分析およびジェスチャー分析を行った. 音声描写検討会は, 音声描写制作者, 視覚障害者2名(幼少期に失明したA及び30代で失明したB), 音声描写監修者, 監督によって, 6時間に渡り行われた(AとB以外は晴眼者). 記録を用いるにあたっては, 参加者の名前をアルファベットで匿名化し、論文、学会発表で資料として用いることについて同意を得た。この発表ではそのうち, 視覚障害者がどのように映画を見ているかを自ら説明する事例を中心に検討する. 特に, 視覚障害者がどのように空間を構成し, 物語を立ち上げていくのか, その認知的プロセスに焦点をあてる.
視覚で見ることは, つねに自分を外側に置き, 対象を客体化することが伴う. また, スクリーンと観客は相対する関係を持つ. 一方で, 視覚以外の方法, すなわち聴覚や触覚を通して“見る”にあたって映画を音響的空間から捉え直せば, スクリーンの中の世界と観客のいる空間を分ける必要はない. つまり, 観客の体を中心に視聴空間が生まれうるということである.
本研究は, 音声描写検討会は, 情報の正しさを確認する場ではなく, 異なる視点から映像体験を認識し直す, 創造的な場であることを示すものである. 視覚障害者が音を通じて想起するイメージが共有されることで, 映像言語の特性が浮かび上がったり, 言語化されていなかった映像の意味が顕在化することもある. このような対話的プロセスを通じて, 映画そのものの輪郭が浮かび上がることも少なくない.
つまり, 音声描写は, 多様な視点が交差する協働的な実践であると同時に, 作品の本質を照らし返す批評的行為ともなりうるのである. 今後さらに分析を進め, これまで晴眼者によって構築されてきた映像言語や映像体験を視覚障害者の視点から捉え直し, 新たな創作や鑑賞方法の手がかりを提示したいと考える.
参考文献
Braun, S. (2008). Audio description research: state of the art and beyond. Translation Studies in the New Millennium, 6, 14-30.
Hättich. A. & Schweizer, M. (2020). I hear what you see: Effects of audio description used in a cinema on immersion and enjoyment in blind and visually impaired people. British Journal of Visual Impairment 2020, Vol. 38(3) 284 –298.
https://doi.org/10.1177/0264619620911429
Ofcom. (2008). Code on television access services. https://www.ofcom.org.uk/siteassets/resources/documents/tv- radio-and-on-demand/broadcast-codes/code-on-television-access-services/ofcom-code-television-access-services.pdf?v=370035
Rai, S., Greening. J., & Petré, L. (2010). A Comparative Study of Audio Description Guidelines Prevalent in Different Countries. https://unidescription.org/storage/app/uploads/public/5f1/a3e/bb1/5f1a3ebb17896460620035.pdf
Ramos Caro, M. (2016). Testing audio narration: the emotional impact of language in audio description. Perspectives:Studies in Translatology, 24, 1-29.
https://doi.org/10.1080/0907676X.2015.1120760
Walczak, A., & Fryer, L. (2017). Creative description: The impact of audio description style on presence in visually impaired audiences. British Journal of Visual Impairment, 35(1), 6-17. https://doi.org/10.1177/0264619616661603