Heta Pukki(European Council of Autistic People)

EUCAPおよびGATFARにおけるニューロダイバーシティ、障害、自閉に関する議論
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ヘタ・プッキと申します。フィンランドから来ました。自閉当事者です。現在、NGO団体「欧州自閉当事者協議会」(EUCAP)の会長を務めています。このような重要なシンポジウムでお話しする機会をいただき、障害学会に感謝申し上げます。
今日は、この数年間、国際的な活動に携わって得た経験をもとに、ニューロダイバーシティ、障害、自閉をテーマにお話しします。実は、ニューロダイバーシティの概念を生み育てた文化とコミュニティに26年近く深く関わってきました。他の自閉当事者と初めて出会ったのは1998年のことで、国際的なメーリングリストをとおして出会いました。それは自分自身を大きく変えた出来事でした。当時のインターネットは今とはだいぶ違っていましたが。あとで同僚のマーティン・デカーがそのころのことをお話しします。

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ニューロダイバーシティと障害は密接に関係する概念であり、多くの自閉当事者が自分のアイデンティティを確立するうえでとても重要なものです。特にニューロダイバーシティは、研究者や企業、障害部門、自閉当事者が意思決定や個人のアイデンティティ確立に用いる概念として重要性を増しています。
同時にこの二つの用語をめぐっては、長年にわたって見解の不一致があり、誤解も少なくありません。
また、この20年間で参加型自閉研究が徐々に広がってきました。ニューロダイバーシティと障害は、参加型研究の優れた実践を方向づける概念ともなっています。

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私の活動に触れますと、欧州自閉当事者協議会(EUCAP)は、欧州の自閉当事者が運営する国・地域レベルの団体で構成されています。2019年に設立され、現在、17カ国の27団体が加盟しています。
これらの団体、そしてEUCAP自体も、ニューロダイバーシティの概念を生み出した同じ運動に参加しており、この概念はこれらの団体内で広く受け入れられ、使われています。
EUCAPはこうした文化に根ざした組織であり、自閉、ニューロダイバーシティ、障害とどう向き合うのか態度を明確にする必要があります。
私たちの活動においては、自分たちの考え方をはっきりと一貫性をもって表明できなければならず、時にわかりにくい議論をいっそう複雑にしてはならないのです。

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ここで触れておきたい組織がもう一つあります。「自閉研究に関する世界自閉タスクフォース」(GATFAR)です。これは、「自閉のケアと臨床研究の将来に関するランセット委員会」と題する報告書に対応すべく、2021年末から2022年初めにかけて形成された特別委員会です。
ランセット委員会の報告書は自閉研究の方向についていくつかの提言をしましたが、自閉当事者はそれに懸念を抱きました。私たちはさっそくEUCAPに働きかけ、世界各地の自閉当事者の声を集約してランセット委員会に反論できないかと考えました。ランセット委員会報告に関与した有力な研究者たちは世界的なネットワークをもっていますが。それに対抗して声をあげたいと思ったのです。
GATFARには5大陸の自閉当事者が参加しています。私たちは公開書簡を発表し、科学誌に論説を載せて、ランセット委員会報告の誤りを正し、ニューロダイバーシティ・パラダイムに沿った研究の方向を提言しました。

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これからEUCAPとそこでなされた議論についてお話ししますが、最初にEUCAPの規約作成のプロセスに触れたいと思います。規約は、EUCAPがいかなる組織であり、どのような活動をするのかを記した基本文書です。
私たちは2016年に欧州でネットワークづくりをはじめ、互いにほとんど知らなかった自閉当事者団体を一つ、また一つと見つけました。これらの団体は、どういうことについて合意形成が可能なのか確認しあう必要がありました。規約の作成は多国籍チームで取り組み、1年半ほどかかりました。激しい議論になることもたびたびありました。規約の文面について議論し、修正し、また議論しました。重要なのは、自閉はさまざまなレベルのプラスの特性と障害に関係するが、障害は他者からの偏見や排除によって生まれる場合もあるということです。
この考え方は私たち全員が受け入れました。慎重に言葉を選び、自閉当事者のなかには障害がほとんどないかまったくない人もいることを考慮しました。障害が自閉特性に直接かかわるかどうかには触れていません。

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活動を始めて2、3年たつと、EUCAPのメンバーはさまざまな集まりで基本的な概念について議論を進めていました。そうした議論をうまく調整し、参加者同士が理解し合えるようにすることが必要でした。考え方を共有し、これらの概念に関する意見を整理できるよう討論を準備しました。
議論するなかで異なった解釈があることに気づきました。国によって強調することがやや違いました。個人的な解釈もありました。微妙な違いはあれ建設的な分析が多く聞かれました。少なくともEUCAP加盟団体の間では、前向きに建設的な議論ができるようです。ソーシャルメディア、オンライン・コミュニティでは、議論がやや白熱することが多いようです。

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自閉とニューロダイバーシティをどう定義するかについては、たとえばインターネット上の議論ではいくつかの解釈を目にするでしょう。
自閉はニューロダイバーシティの一部であって、障害ではないという人もいます。一方、自閉は障害であって、ニューロダイバーシティの一部ではないという人もいます。さらに、この二つを一緒にして、自閉はニューロダイバーシティの一部であり、障害でもあるという人もいます。
この違いは、ニューロダイバーシティをどう定義するかによります。ニューロダイバーシティを肯定的・中立的な多様性に限定する見方もあれば、個人にとって有害となりうる差異を含め、人間のあらゆる多様性を包含するという見方もあるでしょう。
重要な概念の定義が違えば、しかも定義の違いに気づいていなければ、言うまでもなく議論は混乱することになります。

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「障害の社会モデル」という考え方が加わり、議論がさらに複雑になっています。社会やコミュニティが自閉当事者を排除し、差別する場合に限って、自閉当事者は障害者になると見方があります。一方、これはすべての自閉当事者に当てはまるものではないと考え、障害の医学モデルは依然有効であり、自閉のいくつかの側面に適用できるとする見方もあります。

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私はこの簡単な図を使って、概念の解釈の違いは何を意味するのかを説明しています。この図は、ニューロダイバーシティの概念の解釈が二通りあることを示しています。

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この図は、完全にマイナス思考の疾病モデルを拒否する自閉当事者が自閉をどうとらえているのかを示しています。自閉は肯定的または中立的と思える特性のみを示すものなのか、それとも、肯定的な特性と中立的な特性が絡み合い、困難の原因となる側面ともある程度不可分であるのか。このように考え方の異なる人たちが議論するのをよく見かけますが、かみ合いません。一方が、「それは自閉なんかじゃない」といえば、相手は、「私の自閉の場合はそうなんだ」とか「私の子どもの自閉はそうなんだ」という具合です。

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そこで私たちは欧州10カ国の自閉当事者たちと徹底的に議論しました。彼ら彼女らはたいへん活動的で知識と経験のある自閉当事者でした。長年、他者の支援に取り組み、自閉当事者の権利を擁護してきました。
議論で出た発言をそのまま引用して、このように考える人たちを可視化し皆さんに紹介したいと思います。
スコットランドのカビー・ブルックは、「社会モデルは一つのモデルにすぎない」と言います。社会がどのような支援をしようと、やはり障害を負わされる人はいるということです。彼女は、自分の障害を認めることが自分の強みになることもあると感じています。
スウェーデンのキム・タルマンは、障害はつねに治療すべきものであるか、受け入れるしかないものだが、ニューロダイバーシティは自閉のプラス面を伸ばすものだと話しています。

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オランダのロベルト・ファンデルフンは、自閉の障害特性はほぼつねに「自閉プラス何か」だと考えていました。彼には、そのような自閉が障害の原因になるとは思えませんでした。
デンマークのシルク・ルドルフは反対の考え方を提案しました。併存する問題を考えるのではなく、自閉は本来チャレンジしがいのあることを生み出すものと考えるべきだと言います。

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もう一度キムの発言ですが、人はたいてい、障害という言葉から明るい展望を描けないが、自閉はプラスの特性がいくつも現れるので、障害ではないと言います。
オランダのマーティンは、障害は必ずしも全否定されるものではなく、たとえそうだとしても、同じように闘う価値があると言います。自閉当事者の権利運動を不必要に分断することに警鐘を鳴らしました。

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ドイツのイムケ・ホヤーは、人はよく励ましのつもりで、「あなたは障害者じゃない」と言いますが、逆効果になることもあると指摘しています。言われた人は、障害者と名乗る権利がないかのようで、戸惑うかもしれません。
ベルギーのジョー・ベルボーツは、自閉当事者のなかには、レッテルを必要とせず、レッテルゆえのサービスを必要としない者がいると述べています。障害者と非障害者に分けることは私たち当事者のためにならないと考えています。

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5 ベルギーのエルス・ファン・ベネデンは、自分たちは誰を代弁できるのか考える必要があると、重要な発言をしています。私たちは誰を代表して発言できるのでしょうか。

オランダのヨリット・ボシュマは、ぴったり合う名称はないようだと言います。
クロアチアのコスェンカ・ペテクは、自分を障害者にするのは社会であり、自閉自体でもあると考えています。

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こうした議論から生まれたと思える共通認識は、自閉当事者の権利擁護運動をこれらの問題で分断してはならないということでした。
一般に障害は、ニューロダイバーシティに当然含まれるものと考えられています。同時に、障害者とは呼べない自閉当事者がいることも認識されました。
EUCAP加盟団体の代表者らは、自閉当事者の強みは自閉に自ずと伴うものだと見ています。病理学的過程における偶然の副産物ではありません。

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2021年の終わりから2022年初めにかけてEUCAPとは別の議論が始まり、同じ問題が取り上げられました。5大陸の自閉当事者団体の代表が集まり、「自閉のケアと臨床研究の将来に関するランセット委員会」報告について議論しました。
自閉当事者によるこの特別委員会は、ランセット委員会の研究者たちが示したニューロダイバーシティの概念は正確でなく、誤解を招くと結論づけました。

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ランセット委員会は、たとえばこう述べています。「すべての自閉当事者と関係者がニューロダイバーシティ運動に共感しているわけではない」し、「重度自閉症」を抱える人たちは非医学モデルの対象になるのかという議論があると。
これに対し、私ならこう反論するでしょう。自閉を病気とみなす医学モデルより、ニューロダイバーシティの概念に共感する自閉当事者のほうがずっと多いはずだと。
また、「重度自閉症」という用語を別につくる必要はありません。先に紹介したEUCAPメンバーの議論に見られるように、ニューロダイバーシティ・モデルは障害を包含し、さまざまなレベルの支援ニーズを包含できるのですから。

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ランセット委員会は私たちをひとくくりにして「ニューロダイバーシティ運動」と呼びました。自閉当事者の権利擁護運動とニューロダイバーシティ・パラダイムはつながっていますが、同じではないと、私たちは言わねばなりませんでした。運動が概念より先にあり、ニューロダイバーシティの概念の重要性は運動に応じて変わることがあります。
一方に知的能力の高い成人の自閉当事者がいて、他方に障害のある自閉児の親がいるといった単純な状況ではありません。ニューロダイバーシティに共感する多くの自閉当事者が、支援ニーズの高い人たちの権利を積極的に擁護しています。そのなかには、集中的な支援を必要とする自閉当事者の親や家族もいます。
私たちは「重度自閉症」という用語を拒否しました。そして強く訴えたのは、高い支援ニーズはさまざまな面で生じるのであって、ランセット委員会が挙げた人たちだけに生じるのではないということです。ランセット委員会は主に知的障害に目を向けているようでした。

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自閉当事者の権利とニューロダイバーシティの運動に携わる人たちは、個々のニーズに応じてさまざまな支援が必要だと認識しています。
自閉全般を障害とみなす考え方には反対ですが、私たちの多くが障害を負っているという現実を否定してはいません。さまざまな理由で障害者になりえますから。

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自閉当事者の権利、ニューロダイバーシティ、障害の社会モデルという観点から、私たちは次のようなことを訴えています。(1)必要とする人たちに障害者サービスと合理的配慮を提供すること、(2)併発する健康問題について医療・治療へのアクセスを向上させること、(3)無害な差異に基づくスティグマの解消に取り組むこと。無害な差異に対して治療や行動「療法」は必要ありません。

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GATFARのメンバーは、2022年に発表した論説で次のように述べました。
「ニューロダイバーシティ・パラダイムに関して私たちが言いたいのは、何かを自然な差異と考えても、だからといって『介入を必要としない』というわけではないということだ。システムや環境への介入を優先させ、個人に対しては『暗黙の規範』に近づけようとするのではなく、一人ひとりのありかたに見合った支援をすべきである」

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次に、これまでの論点が参加型自閉研究の場でどのような意味をもつのかについてお話ししたいと思います。
私たちは世界各地の当事者と議論するなかで、欧州その他の国々での経験は類似していることに気づきました。
自閉当事者は、プロジェクトの準備、研究アジェンダの作成、研究テーマの設定など、自閉研究への意味ある参画を求めています。
しかし実際には多くの場合、私たちはもっと小さな役割、名ばかりの役割しか与えられていません。

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ニューロダイバーシティ、自閉当事者のエンパワーメント、参加型研究、これらはどうつながるのでしょうか。
自閉当事者にとっての研究の優先事項は何度か洗い出されてきました。当事者研究がありましたし、インフォーマルなものですがEUCAPの自閉当事者優先事項調査やABA調査でも洗い出されています。
本当の意味での参加型研究に踏み出す第一歩は、研究テーマはこうした優先事項とどう関係するのかを問いかけることです。
GATFARの見るところ、参加型自閉研究の優れた実践はすでに例示され、試行され、検証されており、自閉当事者コミュニティの賛同を得ています。優れた参加型研究を始めるために、あえて一からつくりあげる必要はありません。現にある手法を使えばいいのです。

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こうした共通課題について検討し、解決策を見つけるか、せめて、現状を認識することが必要です。
自閉研究に参加する当事者は一般に無力で、資源をもっていません。自分は参加型の研究をしているというだけではこの状況は変わりませんし、そうした状況ゆえの問題はなくなりません。
自閉当事者団体はたいてい研究への参加を求められていません。研究者は、「自分自身の生きられた経験」を語る個人のみに参加を求めがちです。これでは集団として声をあげることの意義が否定され、参加する当事者は、頼りにして話せるコミュニティをもてません。一方、研究者には研究仲間がいて、所属する組織の支援を受けることができます。
研究者と自閉当事者コミュニティ/団体が継続的に話し合うプラットフォームがありません。GATFARは、そうした場をつくることを提言しました。

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話をまとめましょう。私たちが患者とみなされ、自分にとって何が良いのか判断できない精神疾患があるとされた場合、自閉特性がまったくない人たちばかりで決めたプロジェクトでは、当然ながら私たちに詳しい内容を教えてくれないでしょう。そのようなケースをよく目にします。しかも、そのような態度がまったく無意識のものであったりもします。私たちのことを考えている親切そうな人たちが、そういう態度をとるのです。私たちが与えられた役割を断ったり、もっと別の役割を求めたりすると、彼らは戸惑います。
私たちが自立したニューロダイバージェントな個人だとみなされ、自分の権利をしっかり擁護する能力があるとされれば、当然ながら、研究アジェンダは共同で作成することになり、私たちが求める支援のありようを踏まえて資源が投入されるでしょう。それは、新たな知の真の共同創造につながるはずです。

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今日の報告についてご質問などございましたら、またEUCAPについてはどんなことでもかまいませんので、このスライドに記したアドレスへ遠慮なくメールしてください。
ご清聴ありがとうございました。では、EUCAPの仲間であるマーティン・デカーにこの場を譲ります。