Francisco Pizarro Olivares(チリ大学)

自閉:チリの流儀
どのように自閉当時者はニューロダイバーシティの認知度を高めるのか

 

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みなさん、こんにちは。この度は皆さんの前でお話しさせていただく機会をいただき、大変嬉しく思っています。
私の名前は、フランシスコ・ピサーロ オリバーレス(Francisco Pizarro Olivares)ですが、「パンチョ」と呼んでください。
私の姿が見られない人のために説明すると、身長は1メートル70センチ、中肉中背で、褐色の肌をしています。黒い色の服を着て、長い黒髪を後ろで結んでおり、白髪交じりのひげを生やしています。性自認は男性です。

私は自閉当事者で、チリを代表する大学のひとつに設置されているインクルーシブテクノロジー開発センターの学際的なチームに所属する神経心理学者です。今日は、チリで自閉症に対する理解がどのように変化してきたのかを説明します。

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チリは太平洋とアンデス山脈の間に位置する細長い国です。国内には世界で最も乾燥した地域の一つであるアタカマ砂漠や、氷河や山脈で有名なパタゴニア地方があります。

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人口はおよそ1900万人で、16の地域に分かれています。国民の平均年齢は35.3歳で、人口の21.7%が18歳以下、11.4%が65歳以上です。約28万4千人がなんらかの障害を抱えていると推定されています。また、およそ4万4600人が「自閉」と診断されています。

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今年の9月18日に独立214周年を祝うチリは若い国といえますが、今日は近年のチリ史上の重大な出来事についてお話ししたいと思います。

チリの歴史を特徴づけるのは1973年の軍事クーデターと1990年まで続いた軍事独裁です。人権侵害や政治的暴力の犠牲になった人の正確な数はわかりませんが、およそ2,213人が亡くなり、いまだに1,093人の拘束者の行方は不明のままです。
軍政はチリ人の生き方に大きな影響を与え、不正義を目にしても黙ったままでいることが習慣化しました。

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高校生たちが国の教育制度について不満を抱き始めたのが、2006年5月のことでした。公立学校の制服のデザインから「ペンギン革命」と呼ばれたこの抗議運動の要求は、教育の質の改善と学生が割引価格で利用できる交通カードの無料化でした。このプラカードには、チリが銅生産国として得ている収入の多さと教育への投資の少なさを対比させて、「銅は天井知らず、教育はどん底」と書かれています。400校以上の教育機関が機能停止し、60万人以上の学生が抗議活動に参加しました。

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2010年2月3日、ミチェル・バチェレ大統領が「障害者の機会均等・社会包摂法(法令20422号)」を成立させました。この法の下で、国家障害福祉局が創設されました。この法ができる以前は、包括的に障害者の包摂や均等な機会の確保を促進することに特化した法律はなく、政策は統一的なアプローチなしにさまざまな法規に散在していました。

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その23日後、午前3時34分、観測史上最大規模の地震が発生します。4時にはマウレ州とビオビオ州の沿岸部を津波が襲いました。この自然災害により、526人の命が失われ、25人が行方不明となりました。被災地の復興にはおよそ4年の歳月を要し、そのために予算が投じられます。その結果、法令20422号の完全実施やインクルーシブ教育の支援プログラムなど、障害者の機会均等・社会包摂に関連する法律の財源に影響が及び、延期を余儀なくされました。

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そうなると当然のことですが、教育制度に意義のある変化も見られなかったことから、2011年4月に学生による新たな抗議運動が始まります。2006年に声を上げた高校生たちはすでに大学生になっていました。学生たちは、教育の無償化、全学生に対する質の高い教育の提供、教育における利益追求の終焉、高等教育へのより公平なアクセスを要求しました。抗議が続いた期間は8か月に及び、最大のデモには約20万人の学生が集まりました。

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チリの社会運動は冬眠期間に入りました。2019年10月、首都サンティアゴの地下鉄が800ペソ(およそ112円、約1ドル)の運賃を30ペソ値上げしたことから、名門高校の学生たちが抗議として無賃乗車運動を始め、ほかの学校の学生たちも運動に加わっていきました。10月16日に、「サンティアゴ地下鉄」の社長がテレビのインタビューで「(抗議運動に)火はつかなかった」と発言したことが、学生たちの怒りに油を注ぐことになったようです。1990年の民主化から経過した年数を指して、「たった30ペソではない、30年だ」というスローガンを掲げ、人びとは教育、健康、高齢者や障害者の生活などに尊厳を求め始めました。2019年10月25日、120万人もの人がデモに参加し、チリの人びとはピノチェト独裁政権の下で制定された憲法に代わる新憲法を要求しました。

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民衆の声が聞き入れられ、2020年10月に新憲法制定の是非を問う国民投票が実施されました。投票者のうち78.28%が新憲法の制定を望み、79%が新憲法草案の起草を制憲議会に任せたいという意思を示しました。

制憲議会は77人の男性と78人の女性で構成され、先住民族の代表者、社会活動家、学者、一般市民などの多様な人が参加していることが特色でした。そのうち5名は、視覚や聴覚、運動機能などのなんらかの障害があることを公表していました。

12か月かけて、社会的権利、ジェンダー平等、先住民族の権利、環境保護を手厚く盛り込んだ草案が起草されました。障害者については、機会均等と社会包摂を保証することを明記した条項が設けられました。「自閉」とニューロダイバーシティに関して、この草案は神経多様性を尊重する共生社会の形成促進と具体的な支援政策の必要性を認めました。

第19条「神経多様性者の権利」は、「国家はニューロダイバーシティを尊重し、神経多様性者に自立的な生活をおくる権利、個性およびアイデンティティを自由に形成する権利、法的能力およびこの憲法とチリが批准した国内で有効な人権に関する国際的な条約・法文書が認めるあらゆる権利を行使する権利を保障する」と定めていました。

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チリ・カトリック大学のインクルーシブテクノロジー開発センターやロスアンデス大学は、憲法草案の最初の4章をそのまま受け入れましたが、すべての人が草案を読み、理解したわけではありませんでした。

新憲法は、経済を不安定にし、今までに獲得した権利を奪うという偽情報を有権者に信じ込ませる運動や、急進主義や社会を分断するというレッテルのせいで、残念ながら草案は否決されてしまいました。2022年9月4日の国民投票で投票した人のうち、61.86%が草案に反対し、38.14%が賛成しました。ちなみに、フィンランド、韓国、日本で暮らすチリ人の投票では、賛成が多数を占めました。

これが「チリの流儀だ」、もしチリ人が恐竜だったら自分たちを滅ぼす隕石に投票するだろうと嘆く声が上がりました。

最初の草案は否決されたものの、新たなプロセスが始まります。選出された50人と議会が指名した50人で構成される新たな制憲議会が発足し、2023年11月7日に新しい草案を発表しました。前回の草案と違って、障害者と神経多様性者を保護し、社会に包摂するための具体的な対策は欠けていました。2023年12月17日に国民投票が行われ、55%の投票者が新しい草案に反対しました。

私たちの憲法は今もピノチェト時代のもののままです。

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その間も、何年にもわたって続けられてきた取り組みを継続し続けた人たちがいました。「自閉」への支援を法の形にしようとした最初の試みは2010年の法令20422号でした。先ほどのマグニチュード8.8の地震の直前に成立した法です。

政府への働きかけのおかげで、自閉の人々を社会に包摂し、自閉への理解を深めることを目的とした公共政策が実現しました。そうした公共政策には、早期発見プログラムの実施、学校での個別の教育計画の策定、自閉児のいる家族のための支援センターの設立などが含まれています。

学生たちの抗議運動では、自閉当事者の権利運動は質の高いインクルーシブ教育の要求に賛同し、自閉当事者学生への具体的な支援の必要性を訴えました。「社会の爆発」と呼ばれる、市民の大規模抗議活動では、自閉当事者はデモや集会に積極的に参加し、より共生的でニューロダイバーシティを尊重する社会を要求し、自分たちの権利や尊厳を求める運動の認知を促進しました。

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その結果、ガブリエル・ボリッチ大統領(歴代最年少となる36歳で就任)が、2023年3月2日に「自閉スペクトラム法(TEA法)」を成立させます。この法は自閉スペクトラムの人々の社会包摂、尊重、平等な機会を保障し、教育、健康、雇用といった分野での具体的な権利を定め、社会全体での自閉についての啓蒙活動や研修を積極的に進めると定めています。

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この簡単な歴史の紹介をとおして、みなさんに伝えたかったのは、どのように自閉当事者、障害者、ニューロダイバーシティの認知度を高める必要性があると感じている人びとがTEA法の誕生においてどのように協力したのかということです。

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この時間的な歴史の流れにGoogleトレンドの「人気度の動向」データを加えます。この数値はこの期間のチリでの検索総数を基準として、キーワードの検索の人気度を相対的に表したものです。100の場合はその検索キーワードの人気度が最も高いことを示し、50の場合は人気度が半分であることを示します。0の場合はそのキーワードに対する十分なデータがなかったことを示します。

この図には、「自閉」「TEA(自閉スペクトラムのスペイン語の略語)」「障害」「憲法」の4つのキーワードの人気度が示されています。

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「憲法」を示すグレーの色の線を見ると、明らかに「社会の爆発」の後に人気度が増えたことが見て取れます。

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今度は黄色(自閉)、青(TEA)、緑(障害)の線を見ると、2010年または2011年に人気度に変化が生じ始めていることが見て取れます。

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キーワード「TEA法」の動向を見ると、法の施行に伴って著しく関心が増えたことが見て取れます。

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ワズ基金所属のニューロダイバーシティの専門家3名による解説を参考に、手短に「TEA法」について説明します。
• 概念の定義を規定する
• 介護者の存在を認識する
• 原則を定める:尊厳を守る、積極的自立、ジェンダーの視点、他機関との連携、社会参加・対話、早期発見と継続的モニタリング、ニューロダイバーシティ
• 差別を解消するための措置。国家も暴力、虐待、差別を防止し、処罰するために必要な措置を取る
• 国家は個別の発達、独立生活、自立、機会の平等を保障する
• 社会においても教育においても、社会のほかの人々と平等な立場で、権利を十分に享受し、行使することを保障する
• 早期発見の促進

この法律に定められていることを現実のものとするために、大統領は92億ペソの財源を充てる意向を示しました。

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神経心理学は、神経学と心理学の接点に位置する科学分野です。アレクサンドル・ルリアやブレンダ・ミルナーと言った研究者の先駆的な研究により、20世紀前半に誕生しました。脳と神経系が認知、感情、行動のプロセスにどのような影響を及ぼすかを研究し、典型的な発達と非典型的な発達を理解し、神経心理学的障害を持つ人びとの生活の質を向上させるための治療法とリハビリテーションの戦略の開発を目的としています。

これまで臨床神経心理学は問題を理解することに重点を置いてきましたが、解決策に注意を向ける傾向が続いています。

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さらに、神経心理学的評価は、検査は各人がその人の環境とどのように相互作用しているかを探るための単なるツールにすぎないことを示すために努力を続けています。神経心理検査は認知能力や機能に関する貴重な情報を提供することはできますが、そうした情報は個人を定義するものではありません。

当事者研究のような実践は、臨床神経心理学に大きく貢献する可能性があります。なぜなら、神経心理学的障害を持つ人びとが自分自身の状態をよりよく理解し、一人ひとりに合わせた適応・管理戦略の策定に参加できるようになることで、彼らの自己探求とエンパワーメントが促進されるからです。

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キーワードの人気度を分析したグラフを覚えているでしょうか。
グラフを見ると、「自閉」への関心は高まってきたものの、「インクルージョン」や「ニューロダイバーシティ」の認知度を高めるための努力がまだ足りていないことが見て取れます。

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最後に、2つのケースを紹介します。

最初のケースは、今年の7月31日にチリ北部の都市アントファガスタで起きたものです。15歳の自閉当事者の学生が同級生に、意識を失うまで殴られました。

もうひとつは、今年の4月23日に南部の町プエルトバラスで母親のマルガリータと息子のオリベルが遺体で発見されたケースです。オリベルは彼の自閉を考慮したグループ活動や学校活動に参加していましたが、社会は彼らを包摂できず、彼らに必要な支援を提供できませんでした。マルガリータは実現しない権利をこれ以上待ち続けるのはやめることにしたのです。

このようなケースを目の当たりにすると、私は自分が正しい場所にいて、正しい人たちと学び、本当に必要とされているもののため働いているのだと確信します。

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ご清聴ありがとうございました。