石島健太郎(東京都立大学)

障害学はどこへ、どのように展開するのか
(p2)はじめに
まず、これだけの著者をまとめ、刊行にこぎつけた編集委員会の御苦労が偲ばれる
個別の章に対して議論したいことは色々あるが、今回は全体に対するコメントとして以下2点
・他分野との協働
各個人の取り組み、学会としての売り込み
・障害学の通常科学化
おおむね良い変化であるとした上で、障害学に特有の課題を考える
(p3)読前の印象から
読前の印象:執筆陣の出身分野・研究手法の偏り
多くは社会学の訓練を受けている
経験的議論は質的調査に基づくものが多い
単純に会員母集団の反映ではある
しかし、障害を対象とする領域は質的な社会学に限られない
医学、リハビリテーション学はあらかじめ拒まれるとして
ただし、障害(者)と医学的知識・医療技術の関わりについては、別途検討する余地がある(大野ほか 2016)
(p4)他分野との協働
・人口学・計量社会学
ジェンダー、エスニシティと並ぶ個人属性としての障害
実験手法による教育不平等の検証(Rivera & Tilcsik 2023)、障害者の結婚難の国際比較(Feteke et al. 2020)
・厚生経済学・社会福祉学
ADAの効果をめぐる計量研究(e.g. Acemoglu & Angrist 2001)
障害福祉サービスの利用についての研究蓄積、日本ではたとえば中根(2020)、石島(2024)
cf.「制度の障害学」の要請(立岩 2006; 川島 2013)
・歴史学
『障害学研究』16号特集「障害の歴史――歴史学と障害学が交わる場」
20世紀ドイツにおける戦争障害者政策(北村 2021)
・福祉工学
『よくわかる障害学』(小川・杉野編 2014)における重点的取り扱い
「サイボーグ」〜「ポストヒューマン」の系譜(Haraway 1991=2017; 김・김 2021=2022; Goodley 2020=2024)
(p5)他分野との協働
しかし本書を一読すると、これらを障害学の中に位置づけづらいことも納得する
本書では、抑圧への抵抗という規範的立ち位置がある程度一貫している
対して、政策や技術の効果、経験的・歴史的事実の同定などは、さしあたりこうした規範性をもたずともできてしまう
むしろ、規範的立場が経験的事実の測定に際しバイアスとなることは忌避される
なればこそ、障害学側からの批判的検討ともなった協働の呼びかけがあってよい
事実を明らかにしたのち、それをどう評価・反省し、実践に差し戻すかを考えるとき、その議論が健常者中心主義に回収されることを障害学が防ぐ
厳密な因果推論が障害者雇用の不経済を示したり、極めて性能の高い人工内耳ができたとき、これをどう評価するか?
会員個人のネットワーク/学会としての取り組み
(p6)読後の感想から
読後の感想:読み物として面白いのか?
『障害学への招待』や『障害学の主張』は、初学者や読書好きにおすすめできるが……
障害学の「通常科学化」
・障害学研究者の量的増加
学部生の頃から障害学に出会えた世代が常勤職を得つつある
・学術的作法に則った論文の蓄積
ここ20年の人文社会科学全体の潮流、大学内外からの業績評価の圧力
・研究の専門分化と個別な経験への注目
対象の拡大
CP、盲、ろう→知的・精神障害→見た目の障害、軽度障害、難病……etc.
女性障害者をはじめとした、障害者内部のマイノリティの「発見」
同じインペアメントをもつ人の中にもある、規範的立場の相違
(p7)障害学の通常科学化
これらは総じて、望ましい方向ではある
 ・研究者の層が厚くなり、
 ・徒弟制や職人芸依存、インフォーマルな評価基準が排され、
 ・研究の裾野が広がり、個別具体的な経験が丁寧に掬い取られる
一方で、障害学において当事者からの評価・点検や運動との連携が重視されるなら(杉野 2007)、通常科学化は他の分野にない問題を招く
・議論の前提となる知識・スキル水準の上昇
・現実の差別解消・不平等是正に寄与しない、ギャップスポッティングに始終する研究
・当事者がアクセスしづらい媒体・言語による成果の公開
(p8)障害学の通常科学化
正統派の研究を続けることは必要だし、そこから降りるべきではない
つまりは、英語の、査読付き論文を、レベルの高いジャーナルに通すことを目指す
研究者の本分として、また障害学のプレゼンス維持向上のために
しかし一方で、多様な成果の公開と評価の枠組み「も」必要
『障害学研究』におけるエッセイ
教科書、紀要論文、翻訳、教育、講演、アクションリサーチ、学会運営、行政への参画……etc.
各自が得意なところでできることをやり、それを評価できる研究コミュニティをつくることが、会員・学会に求められる
(p9)文献
Acemoglu D. and J. D. Angrist, 2001, “Consequences of EmploymentProtection? The Case of the ADA,” Journal of Political Economy, 109: 915-57.
Fekete, C., M. Arora, J. D. Reinhardt, M. Gross-Hemmi, A. Kyriakides, M. Le Fort, J. P. Engkasan & H. Tough, 2020, “Partnership Status and Living Situation in Persons Experiencing Physical Disability in 22 Countries: Are There Patterns According to Individual and Country-Level Characteristics?” International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(19): 7002.
Goodley, D., 2020, Disability and Other Human Questions, Bingley: Emerald.(石島健太郎訳,2024,『障害から考える人間の問い』現代書館.)
Haraway, D., 1991, Simians, Cyborgs and Women: The Revolution of Nature, London: Routledge.(高橋さきの訳,2017,『猿と女とサイボーグ――自然の再発明 』青土社.)
石島健太郎,2024,「重度訪問介護支給の地域間格差は,だれに・どこに・なぜあるのか――ALS患者の障害の程度と居住市区町村を踏まえた分析」『社会福祉学』65(2).
川島聡,2013,「権利条約時代の障害学――社会モデルを活かし,越える」川越敏司・川島聡・星加良司編『障害学のリハビリテーション――障害の社会モデルその射程と限界』生活書院,90‒117.
김초엽・김원영,2021,『사이보그가 되다』사계절.(=牧野美加訳,2022,『サイボーグになる――テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』岩波書店.)
北村陽子,2021,『戦争障害者の社会史――20世紀ドイツの経験と福祉国家』名古屋大学出版会.
中根成寿,2020,「障害者の地域生活への移行が停滞している要因はなにか? : 障害者総合支援法におけるサービスパックの給付費と利用量分析から」『障害学研究』16, 129‒52.
小川喜道・杉野昭博編,2014,『よくわかる障害学』ミネルヴァ書房.
大野更紗・尾上浩二・熊谷晋一郎・小泉浩子・矢吹文敏・渡邉琢,2016,「座談会 障害者運動のバトンをつなぐ」尾上浩二・熊谷晋一郎・大野更紗・小泉浩子・矢吹文敏・渡邉琢『障害者運動のバトンをつなぐ』生活書院,129–163.
Rivera, L. A., & A. Tilcsik, 2023, “Not in My Schoolyard: Disability Discrimination in Educational Access,” American Sociological Review, 88(2): 284-321.
杉野昭博,2007,『障害学――理論形成と射程』東京大学出版会.
立岩真也,2006,「政策に強い障害学も要る」『障害学研究』 2: 36‒45.