青木千帆子
日本におけるユニバーサルデザインの定着に関する一考察
報告要旨
本報告では、日本でユニバーサルデザイン(以後、UD)が定着しない背景を分析することを目的に、国内におけるUDに関する議論の変遷を確認する。この目的のため、文献調査とインタビュー調査を行った。
不特定多数の利用を想定するUD製品やサービスは、対象者を特定して対応する製品やサービスと比較して、不十分なものに感じられる特徴を持つ。だが同時に、UDは事前に準備をして備える性質のものであることから、UD製品やサービスは特定の形式をとらざるを得ない。そしてその製品やサービスがUDであると、オーソライズされる必要がある。このような矛盾を内包している。
このため、UDの実装が義務化されている諸外国においては、国としてオーソライズするUDの形式について、市民参加型の仕組みで合意形成し、テクノロジーの進化に合わせて更新する体制がしかれている。これに対し日本は、国としてオーソライズするUDの形式に関する議論が専門家主義的に進められており、市民参加型の合意形成システムが存在しないことを示す。結果として、UDに関する議論が形骸化し、平等なアクセスという目的が見失われている。
考察では、日本においてUDに関する原点に立ち返った議論と政策が必要であることを指摘する。
報告概要
日本におけるユニバーサルデザインの定着に関する一考察
筑波技術大学 青木千帆子
1 背景
1.1 ユニバーサルデザインの概要
障害者権利条約
・第2条ユニバーサルデザインの定義。調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲で全ての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計
・第3条一般原則の1つとしてアクセシビリティ。障害者が自立して生活し、社会に完全かつ平等に参加するための前提条件*1
アクセシビリティを確保する方法
・特定の障害者集団に対応する方法:補装具や日常生活用具、通訳や情報媒体の変換等の人的サービス等によりアクセシビリティを確保する方法
・不特定多数の利用を想定して備える方法:可能な限り多数の人々が使用可能であることを目的とした方法。ユニバーサルデザイン
・特定の障害者集団に対応する方法と、不特定多数の利用を想定して備える方法、どちらも重要であり優劣はない*2
日本では、不特定多数の利用を想定して備える方法の認知度が低く定着しない状況
・例えば、ウェブコンテンツに関するユニバーサルデザイン(JIS X 8341-3: 2016)
・公的機関が運用する1,208のウェブサイトのうち、JIS X 8341-3: 2016適合レベルに問題のあるページの割合が48.8%
・担当者の90.6%が「ウェブアクセシビリティの内容を知っている」と回答
・「JIS X 8341-3: 2016をよく知っている」と回答する担当者は48.5%*3
⇒ユニバーサルデザインの理念は理解されるものの、それを実装する方法の理解に課題
1.2 これまでの研究
・支援技術に関する日本の政策が、ユニバーサルデザイン製品を除外し、特定の障害者集団を対象とした専用品の開発を支援する形で形成されてきた*4
・ユニバーサルデザインに似た概念である共用品が、ISO/IECガイド71として国際標準化される際、議論の重心が平等なアクセスから市場的価値に移行。ユニバーサルデザインとは似て非なるものとなった*5
⇒ユニバーサルデザインを政策に組み込む段階で議論が迷走する?それはなぜか
2 目的
・なぜ日本におけるユニバーサルデザインは、政策に組み込む段階で迷走し、定着しないのか。ウェブコンテンツを事例に、ユニバーサルデザインの国際標準を各国で定着させるプロセスについて、日米を比較し考察する
・国際標準:製品の品質や試験方法等に関する国際的な取り決め。国際標準に関する議論の場には、各国の代表が参加。日本からは、経済産業省が事務局を務める日本産業標準調査会(JISC)が参加*6
・国際標準を国内標準化するプロセスは、日本産業標準調査会から国内審議団体に業務委託
・情報技術については、ビジネス機械・情報システム産業協会が受託。情報技術のアクセシビリティについては、同協会が運営するISO情報技術国内委員会SC35国内委員会で議論*7
・科学技術に関する社会的意思決定:従来、科学技術に関連する意思決定のモデルは、専門家と政策立案者との関係が中心。だが、昨今の科学技術をめぐる構造は、このような枠組みに依拠していては解けないものが増加。多様な利害調整を公共の場に開き、専門家と市民と行政と企業とが、枠を超えて話し合う必要性*8。多様な利害関係者で構成される公共空間において意思決定を行うとき、その意思決定のしくみはどうあるべきかという問題が、科学技術社会論で議論されている*9
3 方法
国際標準を国内制度化するプロセスについて情報を検索し、該当する資料を通読
4 結果
4.1 日本
ウェブコンテンツに関するユニバーサルデザイン
・JIS X 8341高齢者・障がい者等配慮設計指針が、ウェブコンテンツに関するユニバーサルデザインを示す日本の国内規格
・共通指針を含む7部構成。ウェブコンテンツは、JIS X 8341シリーズの第3部
・国際標準であるWeb Content Accessibility Guidelines (WCAG) を翻訳し、日本の文脈に適用させたもの
・2004年に国内で策定され、その後、WCAGの改定に合わせ2010年と2016年に改訂*10
JIS X 8341-3の普及
・国内標準化は経産省だが、普及は総務省が所管
・公的機関が運用するウェブサイトのJIS X 8341-3への対応を推進するため、「みんなの公共サイト運用ガイドライン」等の啓発資料を公表
・公共団体が運用するウェブサイトのJIS X 8341-3対応状況の実態調査を毎年実施
・民間事業者に対しては「情報アクセシビリティ自己評価様式」を策定。事業者が提供する情報技術がJIS X 8341-3に適合しているか否かを自己評価し公表することを求める*11
・国内標準に適合した情報技術が政府の公共調達の要件となるような法整備は、行われていない*12
4.2 米国
アクセス委員会
・1973年リハビリテーション法改正時に設立された組織。同法や障害のあるアメリカ人法、建築物障壁法の下に権限を強化
・政府省庁の代表12名と、大統領に任命された障害者を含む一般市民13名で構成
・政府機関間の調整を担う。情報技術だけでなく、建築物や公共交通機等のアクセシビリティについてもガイドラインを策定*13
ウェブコンテンツに関するユニバーサルデザイン
・電子技術情報アクセシビリティ基準が、ウェブコンテンツに関するユニバーサルデザインを示す米国の国内規格
・1998年リハビリテーション法改正時に、情報アクセシビリティに関する政府機関の遵守義務が生じ、そのための技術基準を定める必要が生じ、2000年に公布
・JIS X 8341同様、ウェブコンテンツだけでなく、ソフトウェア等に関する基準も盛り込まれている。2017年にWCAGを取り入れたものに改定
・アクセス委員会が国内標準化に加え、普及も担当
・情報アクセシビリティ自己評価様式を開発。政府機関が情報技術を調達する際の参照に資するよう、民間事業者が開発する製品・サービスの国内標準への適合状況の公開を求める*14
・一般に公開された議論の場の開催。例えば、全国を巡回するタウンミーティング、特定の話題(最近ではAIとアクセシビリティ)に関心がある組織や人々を対象とする会議、障害者団体や業界団体との会議等*15
4.3 まとめ
・ユニバーサルデザインの国際標準を国内標準化するプロセスに、日米間の違い
・米国に比して日本は情報が公開されておらず、障害者が議論に参加しているか否かも不明
・国内標準化した後の周知啓発にも違い。日本の場合、JIS X 8341シリーズとして国内標準化されているものの、各部の所管省庁が異なるため、取組の一貫性がない
・第3部を所管する総務省の取組は、公的機関を対象とするものが主で、専門家や市民を同列に扱い議論の場を設ける米国の取組と比較すると、トップダウン型
5 考察
・ユニバーサルデザインは、不特定多数の利用を想定して備え、アクセシビリティを確保する方法。このため、ユニバーサルデザインがどのような形式をとるのかについて、事前に社会的な合意を形成する必要
・不特定多数の利用を目的とするため、特定の障害者集団に対応するアクセシビリティと比べると過不足があり、利害も対立しやすい
・従って、ユニバーサルデザインにとっての肝は、いかにして社会的な合意を形成するかであり、本稿で確認したプロセスは、そのための手続き
・だが、日本のユニバーサルデザインの在り方に関する議論は専門家主義的
・昨今の科学技術をめぐっては、多様な利害調整を公共の場にひらき、専門家と市民と行政と企業が、その枠を超えて話し合う必要性
・日本において、ユニバーサルデザインの理念が理解されながらも、政策に組み込まれる段階で議論が迷走する背景には、このような社会的意思決定に関する課題
6 参考文献
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