ユ・ジンギョン、桐原尚之、増田英明、政岡涼香、キム・グァンジン
大学生を活用した地域生活の取り組み–あるという立岩真也の企て
報告要旨
本報告は、NPO法人ある(以下、ある)の実践から自薦型と学生ヘルパーの効果を明らかにすることを目的とする。
分析対象は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の進行途上にあるAさんの地域生活の事例である。調査方法は、参与観察である。あるは大学生を介助の担い手として活用し、重度の障害を持つ人たちの地域生活を支える活動に取り組んでいる。Aは、あるに相談したことを契機に重度訪問介護を使って地域生活をしはじめた。当初、Aは制度の仕組みから介護保険中心の事業所ヘルパーに依拠せざるを得なかった。しかし、外出をはじめとする必要な支援が受けられず、次第にあるの学生ヘルパーと関係を構築する自薦型に重きをおくようになっていった。立岩真也は、介助について①自薦型と事業所型のかたちにこだわらない、②時間的に余裕のある学生いい仕事と述べている。だが実際には、自薦型と事業所型では地域生活の範囲が異なる。学生が介助の担い手になる価値は一から関係構築しようとする素人性であることが明らかになった。
報告概要
大学生を活用した地域生活の取り組み――あるという立岩真也の企て
ユ・ジンギョン、長谷川唯、桐原尚之
・研究目的
本報告は、NPO法人ある(以下、ある)の実践からある、ALSの人の日常生活の在り様について明らかにし、ある学生(自薦型の介助体制)が与える効果について検証する。
・研究方法
ALS(筋萎縮性側索硬化症)の進行途上にあるAさんの地域生活を通して、分析・考察を行なった。
◇立岩真也が企てた仕掛け「ある」
・立岩が「ある」を立ち上げた契機――ALS-D
2007年にALSである甲谷匡賛さんの地域移行と独居の試みとして始められたプロジェクト。
京都では、ALSの人が家族に頼らずに一人で地域生活をする初めての試み。
すべてが手探りで、ダンサーや舞踏家、舞台役者、障害者団体、大学関係者、学生、弁護士、新聞記者など、いろいろな人たちがかかわり支え合いながら、実現。
・ここに存在するというただそれだけのことを、ただそれだけでよいとする試み
あらゆる生を無条件に肯定する社会をつくるためにはどうすればいいか。
「ある」は、ほんとうに人が生きられる社会をつくるための研究と実践の場として、企てられたしかけ。
◇「物があり、支える人がいれば、人は生きている。物はある」。
・大学生を中心にした介助派遣
介助保障の歴史→地域社会の中で、障害や病がある人たちを支えていくこと。
介護保険のような資格制度に反対し、手足となって共に生きる人を求めた。
※専門的な技術としての介護を求めてなどいない。
・実際には、障害や病を抱える人たちが地域生活を実現しようとしたとき、人手不足と言われる。
→地域の中で支える人を増やしていく。
◇ALSのAの生活
・Aは、症状の進行により、日常のほとんどの場面で介助を要する状態。
・24時間他人介護による生活。
→複数の介護事業所の介助者が入れ替わり立ち替わりでの支援で維持されている状態。
→介護事業所による支援は、外出や外泊、支援内容の範囲が限られ、Aにとっては生活を実質的に制限することに働いてしまっていた。
◇事業所ヘルパーとある学生の役割や関係性の違い
事業所ヘルパー:事業所内でのルールや事業間で役割が決められている。
事業所内、事業所間での支援内容は、サービスの公平性を保つために統一されていく。
✖ A事業所ができてB事業所は難しい。
サービスの公平性を保つために支援内容が「難しい」「できない」方に合わせて統一されていく。
ある学生:本人との関係性によって役割が決められていく。
ある学生それぞれにできること/できないことが異なる。
異なる人間が共に生きることに重きを置くため、本人とのコミュニケーションの積み重ねによって関係性を構築していくことが求められる。
→できること/できないこと、得意なこと/苦手なことを、言える関係の構築。
本人も、個々の学生にあわせて介助を差配することが可能になり、相互的な主体性が発揮される。
本人がシフト管理にも関わるため、より生活に密接した関わりになる。
→本人の生活やニーズに応じた介助体制の構築が可能。
◇ある学生との生活。
学生を中心とした自薦型の体制は、常に不安定さが伴う。
介護事業所のように人の供給体制が確保されているわけではないため、募集の状況具合が介助体制に直接的に影響する。
介助経験や社会経験がないため、介助内容の習得に時間を要する。
→必要なケアを自ら教えていくため、本人自身の主体性も求められる。
実際には、ある学生を中心に(ある学生のみで)24時間の介助体制を実現するのは簡単ではない。
本人へのサポートも必要。
※ALSは中途障害で、症状も進行していくため、従来の障害者の自立生活の文脈とは異なり、より本人の主体性の獲得や発揮が難しい。
しかし、ある学生との生活は、外出や外泊、子育てなど、あらゆる生活場面においてサポートを求めることができ、障害や病があることで制限されてしまう生活に拘束されない生活が、一部分でも可能になっている。
生活のあらゆる場面での意思決定にも影響。
「できない」から「したい」へ。
本人が直面する不条理な現実――他人の負担になること、そんな自分を見苦しいと思うこと、生きる価値がないと思ってしまうことへの対抗策となっている。
◇ありのままに先駆的な取り組み
安定した介助体制をどのように確保するかは、障害や病がある人たちが地域生活をするうえで、根本的な問題。
あるの取り組みは、「自薦型」を推し進めるものではなく、ありのままの生活をどう支えるかという実践。その意味では、事業所型と自薦型の相互作用によって、本人仕様の生活を安定的に支える体制を目指すことが可能。
専門性を中心に置かない本人とのコミュニケーションの積み重ねによって織りなされるある学生の働きは、本人を無力化された個人(Disabled Person)から解放していくことへも作用していることは明らかである。