ポスター報告 22

伊東香純
地方と都市の社会運動――ザンビアにおける精神障害者組織に注目して
報告要旨

精神障害者の社会運動の研究は、英米を中心とした先進開発地域を対象にしてきた。その研究は、都市部も地方も対象としてきたものの、両運動の差異には注目してこなかった。先進開発地域は、低開発地域と比較して、医療体制や経済状況の差異が小さいためだと考えられる。そこで、本報告ではザンビアの首都とやや農村部両方で活動する精神障害者の組織(MHUNZA)を対象に、1つの組織が異なる状況でどのように活動しているのかを明らかにすることを目的とする。その方法として、当該組織が活動する首都と地方カフエでのフィールドワークと、関係者へのインタビューを実施した。日本社会学会の倫理綱領に従って倫理的配慮をおこなった。MHUNZAは、2000年に首都の病院を拠点に発足し、2010年にカフエ事務所を開設した。調査の結果、病院への要求等、両地域に共通する活動がある一方で、地元ボランティアの協力を得た日常的な訪問活動や自助会など農村部で特に強化されている活動もあることがわかった。

報告概要

地方と都市の社会運動――ザンビアにおける精神障害者組織に注目して

伊東香純(立命館大学)

1.はじめに
精神障害者の社会運動の研究は、英米を中心とした先進開発地域を主な対象とし、精神医療体制に対する主張を分析してきた。それらの研究は、都市部はもちろん地方も検討の対象とし、各地域のつながり方を指摘したり(Morrison 2005: 66-73)、特定の地方の実践を紹介したり(Jesperson 2016)してきた。加えて、西洋精神医療をグローバルに普及させようとする企てを、ローカルな実践の文脈や複雑さの重要性を強調して批判する研究もなされている。例えば、インドのスラム街での取り組みが紹介されている(Mills and Davar 2016)。本報告は、この批判の重要性を認め、その上で国内の都市部と地方の差異に注目する。特に先進開発地域の運動を対象とした研究は、両地域の差異には注目してこなかった。先進開発地域は、低開発地域と比較して、医療体制や経済状況の差異が小さいためだと考えられる。

2.目的と方法
本報告は、ザンビアの首都とやや農村部両方で活動する精神障害者の組織を対象に、1つの組織が異なる状況でどのように活動しているのかを明らかにすることを目的とする。検討の対象は、Mental Health Users Network of Zambia(MHUNZA)である。MHUNZAの活動を明らかにするための方法として、2023年8月17日から26日、当該組織が活動する首都ルサカと地方カフエでのフィールドワークを実施したほか、関係者へのインタビューをおこなった。本報告で引用するインタビュイーは、MHUNZAの運営に初期から関わりつづけているフィリ(Francis Joseph Phiri)である。インタビューデータは、書き起こしを確認してもらい、研究を目的とした公開の許可を得た。

3.ザンビアの運動
ザンビアでもっとも大きな精神科病院は、ルサカのチャイナマ病院である。そのチャイナマ病院の職員の多くを輩出するチャイナマ大学で講師をしていたフィリが、MHUNZAの設立で重要な役割を果たした。フィリと、精神障害者のカトントカ(Sylvester Katontoka)はともに、ザンビア精神保健連盟(Mental Health Association of Zambia)で活動していた。その後、カトントカが、精神障害者(user)の組織として2000年にMHUNZAを立ち上げたという経緯である(Phili interview)。
MHUNZAは、2019年に精神衛生法が制定された際に国会の委員会で意見を述べたり、精神保健に関する予算が増えるよう政府に働きかけたりといった活動をしてきた。加えて、ルサカとカフエの両方で、精神科の薬物療法の薬の不足について関係者にレクチャーしたり、啓発活動のためにラジオに出演したりといった活動をおこなってきた(Phili interview)。

3.1.カフエ支部
MHUNZAのカフエ事務所は、2010年に開設された。事務所の運営には地元のボランティアが重要な役割を果たしている。ボランティアは、事務所にいて困っている人がくると話を聞いたり、必要があれば病院につないだりしている。また、地域を回って最近の様子を尋ねる活動も日常的にしている。カフエでは、安価なドラッグやアルコールにより、依存症に陥って困っている人が少なくないという(field notes 2024.8.24)。

4.まとめ
ザンビアの精神障害者の組織では、西洋の運動で注目されてきたような精神保健政策に関して当事者としての意見を主張していく活動もしていた。他方で、同じ組織の活動でも、日常的な訪問活動や自助会など農村部で特に強化されている活動もあることがわかった。これらの活動を担うのは、地元のボランティアであり、そこでは当事者としての立場は必ずしも重視されず、活動の趣旨に賛同し活動をおこなう余裕のある人が、入れ替わり立ち代わり事務所にやってくるような関わり方であった。

[謝辞]
本報告の調査にご協力くださったMHUNZA関係者の皆さまに深く感謝申し上げます。
また、本報告の調査は、特別研究員奨励費(21J00395)、科研費(21K13453)の支援を受けて実施した。記して感謝申し上げます。

[文献]
Jesperson, Maths, 2016, “The Personal Ombudsman: An Example of Supported Decision Making,” Jasna Russo and Angela Sweeney eds., Searching for a Rose Garden: Challenging Psychiatry, Fostering Mad Studies, PCCS Books, 134-141.
Mills, China, and Bhargavi Davar, 2016, “A Local Critique of Global Mental Health,” Disability in the Global South: The Critical Handbook, Springer, 437-451.
Morrison, Linda J., 2005, Talking Back to Psychiatry: The Psychiatric Consumer/ Survivor/ Ex-Patient Movement, New York and Oxon: Routledge.