勝谷紀子、向谷地生良、橋本菊次郎、奥田かおり、鈴木和、山根耕平、高橋美帆、西坂自然、喜多ことこ、熊谷晋一郎
「当事者研究の理念」尺度作成の試み
報告要旨
当事者研究とは病気や障害を持ちながら暮らす中での苦労などを持ち寄り、研究テーマとして再構成して背景や意味を見極め、仲間とともに自分の助け方や理解を見出す研究活動(向谷地,2020)である。当事者研究には実践で培われた多くの理念がある。本研究では当事者研究の理念を測定する尺度を当事者研究体験者との共同創造で作成した。理念は「弱さの情報公開」「経験は宝」など全16だった。各理念に関わる項目を3〜4ずつ全54項目作成し、「全く当てはまらない(1)」から「非常に当てはまる(5)」の5段階で回答を求め、項目へのコメントも求めた。回答者は当事者研究体験者15人だった。評定値が最も高い項目は「日常生活で苦労を経験することは誰にとっても起こりうることである」(M=4.60,SD=1.06)、最も低い項目は「自分の弱さを人には見せないほうがよい」(逆転項目)(M=2.20,SD=1.21)だった。また、抽象的な項目のわかりづらさ、質問項目の多さによる回答疲れなどの指摘があった。
報告概要
「当事者研究の理念」尺度の作成の試み
勝谷紀子12・向谷地生良3・橋本菊次郎3・奥田かおり3・鈴木和3・山根耕平4・高橋美帆5・西坂自然5・喜多ことこ1・熊谷晋一郎1
1東京大学・2放送大学・3北海道医療大学・4浦河べてるの家・5札幌なかまの杜クリニック
研究目的
当事者研究とは病気や障害を持ちながら暮らす中での生きづらさや苦労、成功体験を持ち寄り、研究テーマとして再構成して背景や意味を見極め、仲間とともにユニークな発想で“自分の助け方”や理解を見出す研究活動(向谷地, 2020)である。これまでの実践の蓄積で培われたさまざまな考え方、信念が「当事者研究の理念」である。具体的には、「弱さの情報公開」「自分自身でともに」「経験は宝」「“治す”よりも“活かす”」「“笑い”の力-ユーモアの大切さ」「いつでも、どこでも、いつまでも」「自分の苦労をみんなの苦労に」「前向きな無力さ」「“見つめる”から“眺める”へ」「言葉を変える、振る舞いを変える」「研究は頭でしない、身体でする」「自分を助ける、仲間を助ける」「初心対等」「主観・反転・“非”常識」「“人”と“こと(問題)”をわける」「それで順調!」といった理念がある。本研究は、当事者研究の理念を有する程度を測定する尺度を当事者研究体験者との共同創造により作成することを目的に行った。
方法
尺度の作成手順 「当事者研究ネットワーク」のウェブサイトに記載されている「当事者研究の理念」を参考にして各理念に関わる項目を3-4項目ずつ作成した。作成した54項目に対して「まったくあてはまらない(1)」から「非常に当てはまる(5)」の5段階でGoogleフォーム上で当事者研究体験者15人に回答を求めた。回答状況や項目への意見を踏まえ質問項目や回答肢の修正をした。予備調査の前に報告者間で内容の重複チェックをさらにおこなった。クラウドワークスの登録者を対象に調査フォームへの回答を求めた。回答に不備のない348人を分析対象とした。質問紙の構成は以下の通りだった。1.デモグラフィック変数(年齢、性別)、2.障害の有無、病歴、3.当事者研究の理念尺度(54項目、非常に当てはまる、 やや当てはまる、 どちらともいえない、やや当てはまらない、全く当てはまらない、の5件法)(※その他の項目もあるがここでは割愛する)
結果と考察
分析手順 54項目に対して天井効果(平均値+1標準偏差の値が最大値5を超える)、床効果(平均値-1標準偏差の値が最小値1を下回る)を確認し、該当する項目がないと確認した。スクリープロットをもとに因子数を決めて因子分析(推定方法は最尤法およびプロマックス回転、収束しない場合は最小二乗法で分析)した。また、因子負荷量が.3未満、複数の因子に因子負荷量が.3以上の項目を削除し、再度スクリープロットの確認、因子数を決定し、因子分析を繰り返した。因子負荷量が.3未満の項目がなく、かつ1つの因子に因子負荷の高い項目が少なくとも3項目ある状態で終了し、5因子が抽出された。
尺度の分析結果 第1因子は、「過去の苦労は、わたしにとって意味のある大切な経験である」といった項目の因子負荷が高く、理念のうち「経験は宝」が関係していると考えられたので「経験の価値と可能性」と命名した。
第2因子は「悩んだときにはいつでも、その悩みの原因や背景を考えるように心がけている」「自分の悩みを自らの課題として主体的に取り組める」「自分の立場に固執せず、ともに学び合う姿勢をもっている」などといった項目の因子負荷が高く、「前向きな無力さ」「治すより活かす」「いつでもどこでもどこまでも」「自分自身で、共に」 「“見つめる“から“眺める“へ」 「主観反転非常識」といった信念と関わる項目が含まれ、「研究的志向、実験精神」を表してもいるとも考えられたため「研究的志向」と命名した。
第3因子は、「さまざまな人と出会う経験を積み重ねたい」「自ら行動して主体的にさまざまな経験を積みたい」「日常生活の中で、私は笑うことを大切にしている」の因子負荷が高く、「“笑い”の力 - ユーモアの大切さ」「研究は頭ではなく身体でする」の信念と関わると考えられたため「主体化と連帯を支えるユーモア精神」と命名した。
第4因子は、「みんなが抱えている苦労はともに分かち合うのがよい」「自分の苦労を他者と分かち合うと安心する」などといった項目の因子負荷が高く、「自分の苦労をみんなの苦労に」「自分を助ける、仲間を助ける」「弱さでつながる」といった理念が関係していると考えられ「苦労の分かち合い」と命名した。
第5因子は、「自分の弱さを人に見せることは難しい」「自分の弱さを人には見せないほうがよい」といった項目の因子負荷が高く、「弱さの情報公開」と関係していると考えられたので「弱さを見せることの難しさ」と命名した。
信頼性係数は因子ごとに.914、.890、.789、.819、.738であった。適合度指標はCFI = .965、RMSEA = .040であった。因子間相関は第1因子から第4因子は正の相関(.347~.729)、第5因子は第1因子から第4因子と負の相関(-.489~-.182)だった。
今後の課題は、項目をさらに選定すること、信頼性・妥当性のさらなる検討、当事者研究経験者と非経験者、経験の程度による回答の違いを検討することがあげられる。
付記:本研究はJST CREST「知覚と感情を媒介する認知フィーリングの原理解明」の助成を受けて行われた。