正木 遥香、岩田直子、平直子、田口康明、廣野俊輔、星野秀治、堀正嗣、橋本眞奈美、頼尊恒信、片山祥子
障害者運動における主体形成のプロセスに関する研究:TEA(複線径路等至性アプローチ)を用いたライフヒストリーの分析から
報告要旨
本研究は、九州・沖縄の各地における障害者運動で主導的な役割を果たした障害者のライフヒストリーを聞き取り、障害者運動へ主体的に参与するに至った諸条件について検討を行う。聞き取った内容は、人生経路の多様性を社会・文化的背景を捉えつつ可視化する際に有用な手法であるTEA(複線径路等至性アプローチ)を用いて分析を行った。
分析の結果、運動へ主体的に参入する契機として、自他の抑圧経験を自覚すること、自ら声を上げて行動する必要性を認識すること、役割意識を自覚することなどが共通点としてあげられた。また、他の人を大切にしたいという感情や、複数のコミュニティと関わりをもつ経験が、運動への関与を深めていることが明らかになった。したがって、障害者運動に主体的に取り組むためには、単に運動の必要性や効力を認識するだけではなく、他者とどのように関わるのかという視点で自己と社会を捉えかえすことが必要不可欠といえる。(※本研究はJSPS科研費24K05411の助成を受けたものである)
報告概要
障害者運動における主体形成のプロセスに関する研究
―TEA(複線径路等至性アプローチ)を用いたライフヒストリーの分析から―
正木遥香(大分大学)・岩田直子(沖縄国際大学)・平直子(西南学院大学)・田口康明(鹿児島県立短期大学)・廣野俊輔(同志社大学)・星野秀治(星槎道都大学)・堀正嗣(熊本学園大学)・橋本眞奈美(熊本学園大学)・頼尊恒信(滋賀県立大学非常勤/真宗大谷派 聞稱寺)・片山祥子(熊本学園大学大学院)
多様性を尊重し誰も排除されない地域共生社会を実現する上で、障害当事者による運動は重要な意味を持つ。これまでの先行研究では、社会運動論や社会福祉政策との緊張関係から障害者運動を捉えてきた。しかし、社会変革の担い手として市民参画の比重が大きくなっている今日の社会動向を踏まえると、地域コミュニティや運動の「担い手」に着目した研究の必要性も高まっていると言える。また、検討対象となる事例も、都市部の運動が中心になることが多かった。
そこで、本研究では、これまでほとんど検討されてこなかった九州・沖縄の各地における障害者運動で主導的な役割を果たした障害者のライフヒストリーを聞き取り、障害者運動へ主体的に参与するに至った諸条件を明らかにすることを目的としている。
聞き取った内容は、人生経路の多様性を社会・文化的背景を捉えつつ可視化する際に有用な手法であるTEA(複線径路等至性アプローチ:Trajectory Equifinality Approach)を用いて分析を行った。TEAは、異なる人生や発達の経路を歩みながらも類似の結果にたどり着くことを示す等至点(equifinality)の概念を用いた分析である。特に、非可逆的な時間経過や、人と記号との相互作用過程を実存的に記述することが特徴であり、分岐点でどのような作用が働いているのかを、TEM(複線径路等至性モデリング: Trajectory Equifinality Modeling)を用いて解明しようとする方法である。
今回、聞き取り調査の協力を依頼したのは、年代・居住地・障害種別などが異なる9名の障害者であり、各自が異なる経路を辿っていても、時間経過の中で等しく到達する等至点を「障害者運動において主導的な役割を担うこと」に設定した。インタビューは、二人以上の調査者が同席し、同じ調査協力者に二回以上行うこととした。最初の調査で聞き取った内容にもとづいてTEM図を作成し、それに基づいて二回目以降の調査を行い、調査協力者との協働によって図の加筆修正を加えていく形で進めた。
分析の結果、生まれつきの障害か中途障害か、地域の学校へ行くか病棟や特別支援学校へ行くかという経路のバリエーションはあるものの、すべての人が比較的早い段階で「施設や病棟等で抑圧的な扱いを受ける障害者が存在することを意識する」という経験を必須通過点としていたことがわかった。その後、「同じ障害をもつ仲間や自分を尊重してくれる健常者との出会い」を経て、施設や親元ではなく一人で暮らす選択をし、「自ら声を上げる必要性を認識する」に至っている。その間に、人によっては海外や都市部の先進的な事例に触れたり、地元の他団体の動向に刺激を受けたりするなどの経験もしていた。また、自らコミュニティの立ち上げに関わるか、既存のコミュニティに参入するかは人それぞれであったが、複数のコミュニティと交流するという選択をしたことが、「役割意識の自覚」につながったという点も共通していた。また、この役割意識を自覚するにあたっては、何らかの役職を得たり、パートナーを得たりといった経験が関わっており、これらのいずれか、もしくは両方をすべての人が経験していた。以上のような選択や経験を経て、すべての人が「他者の権利のため、主体的に障害者運動に取り組む」という等至点に到達している。
また、それぞれの分岐点に影響を与えた力のうち、等至点に向かうのを阻害したもの(社会的方向づけ:Social Direction)としては、「一人でできることをよしとする風潮」「地方ゆえの限られた選択肢や偏見の目」「将来への希望の見えなさ」「都市部とのギャップ」「方向性の違いによる組織の分裂」「実務としての負担感」などが挙げられた。逆に、等至点に向かうのを促したもの(社会的ガイド:Social Guidance)として、「家族やクラスメイト、教師などの支援」「このままでいたくないという思い」「打ち込めることを見つける」「自由に生きたいという気持ち」「仲間と活動する楽しさ」「友人・知人からの人や活動の紹介」「これまでの過ごしづらさへの気づき」「社会モデルへの気づき」「仲間の動向に刺激を受ける」「抑圧からの解放」「健常者からの肯定的な反応」「社会を変えるという使命感」といったものを挙げることができた。これらの項目は、すべての人が言及したわけではないが、多くは複数人が指摘したものである。また、一つのエピソードから両義性のある側面が導き出されたケースもあることには留意が必要である。たとえば、「都市部とのギャップ」と「仲間の動向に刺激を受ける」という項目は、都市部の先進的な事例を視察・体験したことで得られた知見であった。
以上の分析結果から、障害者運動へ主体的に参与するためには、次のような条件が必要なのではないかという結論を導き出した。第一に、自他の抑圧経験を自覚すること。第二に、自分が尊重される経験を経て、他の人を大切にしたいと思うこと。第三に、当事者の活動を知り、自分で声を上げたり行動したりする必要性を認識すること。第四に、複数のコミュニティと出会い、役割を意識する中で運動への関与が深まっていくこと。第五に、役割意識を自覚することである。
今回の分析では、それぞれ異なる障害者運動の担い手たちが、どのような共通点を有していたのかという点に主眼を置いたため、それぞれの相違点について十分に掘り下げられているとは言い難い。しかし、分析を行う中で、従来研究では地方の運動は都市部の運動の後追いとされていたが、実際は単純な模倣ではなく、複数のコミュニティとの関わりの中で地域の実情にあった独自の展開をしてきたということが明らかになった。障害者運動に主体的に取り組むためには、単に運動の必要性や効力を認識するだけではなく、他者とどのように関わるのかという視点で自己と社会を捉えかえすことが必要不可欠といえる。
付記:本研究は沖縄国際大学の倫理審査を受けて実施している。
謝辞:本研究は、JSPS科研費JP24K05411、JP24K05461の助成を受けている。