勝井陽子
障害福祉サービス供給に伴う身体拘束に関する一考察
報告要旨
2022年障害者権利条約(以下、条約)第1回国連障害者権利委員会の日本政府審査に際し、内閣府障害者政策委員会は、条約第14条身体の自由及び安全において、「障害者政策委員会は、以下の点を懸念し、対応を求める。○ 精神障害者、認知症患者、強度行動障害者などに対する緊急手段でも最終手段でもない場合の、非自発的入院及び精神医療や入所施設における隔離拘束(化学的拘束による身体拘束も含む。)をなくすための具体的なロードマップの立案と実行がされていない。」と、強度行動障害の状態にある人々の入所施設における隔離拘束への政策的対応の不在を指摘している。
この間も、知的障害のある人々への障害福祉サービス供給に伴う身体拘束は、『報酬上の「身体拘束廃止未実施減算」の引き上げ』に留まる。また、「身体拘束適正化措置」を掲げているが、その内容については、「法人内での工夫」に留まることが懸念される。
そこで本研究では、知的障害のある人々が経験する身体拘束に関する、障害福祉サービス供給上の課題について検討する。
報告概要
障害福祉サービス供給に伴う身体拘束に関する一考察
勝井陽子 山口県立大学社会福祉学部
2022年障害者権利条約第1回国連障害者権利委員会の日本政府審査に際し、内閣府障害者政策委員会は、条約第14条身体の自由及び安全において、「障害者政策委員会は、以下の点を懸念し、対応を求める。○ 精神障害者、認知症患者、強度行動障害者などに対する緊急手段でも最終手段でもない場合の、非自発的入院及び精神医療や入所施設における隔離拘束(化学的拘束による身体拘束も含む。)をなくすための具体的なロードマップの立案と実行がされていない」と、強度行動障害の状態にある人々の入所施設における隔離拘束への政策的対応の不在を指摘する。
日本国憲法第18条は、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」として人身の自由について定めている。また、日本国憲法第31条は、「何人も、法律に定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と、法定手続きなしで自由を奪われることはないとして適正手続きについて定めている。
「自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する」といった他者に対し隔離という行動制限をした者は、「不法に人を逮捕し、又は監禁した者」として、刑法第220条に定める逮捕監禁罪にあたり刑事罰の対象となりうる。また、他者の身体の一部の動きを制限する身体拘束は、「他人の身体に対する不法な有形力の行使」として、刑法第208条に定める暴行罪の対象となりうる。
しかし、身体拘束・隔離について考える際、刑法第35条においては「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」としており、業務における正当行為に該当する場合は、違法性は阻却される。この正当行為についての規定は、精神保健福祉法第36条「精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療または保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」、精神保健福祉第36条第3項「患者の隔離その他の行動の制限は、指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない」とし、「行動制限に対しての違法性阻却の規定があるのは精神科医療のみ」(山之内、三宅ら2020)とされている。
障害者虐待防止法の「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」は同法第2条第7項の1において、「障害者の身体に外傷が生じ、若しくは生じるおそれのある暴行を加え、又は正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」は障害者虐待であるとする。しかし、実際には障害者支援施設において身体拘束・隔離は実施されている。(谷口ら2012、社会保障審議会障害者部会第132回井上委員提出資料2022)
谷口ら(2012)は、「対象者本人の同意が得られない『身体拘束』は、非人道的な行為であり、人権侵害である」とするが、人権を侵害する身体拘束・隔離について、障害福祉サービスの供給主体の関与は明らかではない。そこで本研究では、知的障害のあると考えられる強度行動障害の状態にある人々の身体拘束に関する自治体調査を実施し、障害福祉サービス供給に伴う身体拘束・隔離(以下、身体拘束)について検討した。調査は、2022年1月から2月、全国47都道府県、20指定都市を対象に記名式調査を実施した。本研究は、個人が特定されるデータは扱わない。JSPS科研費21KO1978の研究成果の一部である。
調査対象67自治体のうち、回答41団体(回収率61%)、有効回答23自治体であった。主な結果として、障害者政策委員会の指す強度行動障害の状態にある人々(行動関連項目10点以上の状態にある人々)の個別支援計画における身体拘束の記載について、回答都道府県1自治体、回答指定都市1自治体は、「記載を確認しているが集計していない」(8.7%)という回答であった。23自治体のうち78%が「記載を確認していない」ということであった。また、自治体内の市町村の一部について把握している自治体(13%)も存在した。
障害福祉サービスの支給決定自治体は、指定都市または市町村であるため、障害福祉サービス提供に伴う個別支援計画における身体拘束についての確認は、今回の対象自治体においては十分実施されているとはいえない現状であった。支給決定自治体となる市町村について今後、更に調査される必要があると考えられる。「拘束・隔離をともなう介入の適正な運用を目的とする法的、制度的枠組みの整備は進んでいるとはいえない」(水藤2013)とする中で、「非人道的な行為であり、人権侵害である」身体拘束が障害者支援施設等において実施されている現状は、公的な障害福祉サービスの人権侵害を伴う行為/供給を誰も注視していないということになる。
「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害者支援施設等の人員、設備及び運営に関する基準」第48条は、「利用者又は他の利用者の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束その他利用者の行動を制限する行為を行ってはならない」と、身体拘束の禁止、時間・状況・理由の記録、施設の「身体拘束等の適正化」委員会の開催と職員への周知、「身体拘束等の適正化」のための指針の整備、従事者に対する「身体拘束等の適正化」のための研修の実施、以上を義務化してきている。また、令和6年度報酬改定では、身体拘束廃止未実施減算額を5単位から所定単位数の10%に引き上げた。「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害者支援施設等の人員、設備及び運営に関する基準について」においては、従事者の委員会への報告項目は存在するが実効性は明確でない上に、家族等を除き法人外部からモニターできる状況にはない。
「利用者又は他の利用者の生命又は身体を保護するため」が実態であったとしても、このような人権・人間の尊厳に対し侵襲的にかかわる行為を「従事者」がおこなう環境は、同時に「他の利用者」といった集団生活もしくは集団管理が前提とされている。集団管理を前提とする利潤追求が優先され、人権や人間の尊厳を担保する環境への軽視を導くものと考えられる。知的障害のある人々が、集団生活すること、集団管理されることが前提となることについての当然視が根底にある。
集団生活をするという前に、地域で個人が安定した生活を維持できるよう障害福祉政策は多様な障害福祉サービスを供給する形をとっている。そもそも、身体拘束や隔離がどのような状況/環境において行われているのか、身体拘束や隔離を行わないための生活支援環境のハード・ソフトにわたる丁寧な調査と改善が実施されないまま、障害者支援施設の人員・設備基準、報酬加算・減算をあてがい自動的に決定されることが問われる必要がある。これまでの「身体拘束等の適正化」は、法人内委員会の設置、職員への周知、記録、法人内指針の整備、研修の実施、報酬上の身体拘束廃止未実施減算と、内容については「法人内での工夫」に留まり、集団生活は維持され不可視化は続く。
本人にとって、多くの人々が享受している安心できる生活環境の供給、十分なケアを供給する制度、事業者、家族等以外の実際に機能する人権監視機関等が関与する必要があるといえる。