ポスター報告 16

欧陽珊珊
障害者女性における複合的抑圧とその抵抗――ある台湾の脳性麻痺でバイセクシュアル女性の経験を中心に
報告要旨

本報告の目的は、脳性麻痺でありバイセクシュアルを自認する台湾女性のライフストーリーを通じて、障害、ジェンダー、セクシュアリティの規範が交差することで生じる複合的な抑圧を考察し、その抑圧に対する抵抗を明らかにすることである。台湾2023年に行った調査では、障害者女性が直面する愛情、婚姻、性経験・性知識、妊娠・育児の問題が浮き彫りになったが、多様なセクシュアリティに対する検討は不十分である。本研究は、身体障害であり、バイセクシュアルの台湾人女性Juliaにインタビューし、彼女の経験を考察する。その結果、既存研究で指摘された複合的な抑圧や困難を経験していることが明らかになった。一方で、バイセクシュアルであることが性的マイノリティのコミュニティとの繋がりを生み、「手天使」や「同志ホットライン」などの団体で性的な主体性や政治性を積極的に探求し、規範を抵抗する試みも示された。これにより、性の多様性が重視される台湾社会における障害のある性的少数者に対する支援の不十分さを提示される。

報告概要

障害者女性における複合的抑圧とその抵抗――ある台湾の脳性麻痺でバイセクシュアル女性の経験を中心に
欧陽 珊珊(立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程) 
email: ouyangshanshan_koma@yahoo.co.jp
キーワード:障害女性、性的マイノリティ、交差性

背景と先行研究
従来の台湾の障害者に関する研究において、性教育や性健康、性のあらゆる欲望についての考察が少ないと指摘された(邱 2011)。2023年に中華民国身心障害連盟は、障害者女性の親密関係と欲望に関する調査を行い、障害者女性が直面する愛情、婚姻、性経験・性知識、妊娠・育児の問題が浮き彫りになった。
一方で、この調査は障害者にも多様なセクシュアリティがあることを十分に検討されておらず、性的指向や性自認に関するデータは依然として不足している。報告で唯一関連する記述は恋愛相手はLGBTI+の場合、自分の家族と話すのがより困難であることを示された(中華民国身心障害連盟,2023 p.14)。非異性愛者の障害者女性は、異性愛である障害者女性に比べ、性的マイノリティにおけるカミングアウト問題を直面していることが明らかにされた。しかしながら、この調査はグループ・インタビュー方式で行われており、カミングアウト問題を抱えている非異性愛者の障害者女性が、グループ・インタビューに参加しにくい可能性もあり、そのため当事者の実態と経験の把握はまだ不十分である。
障害、ジェンダー、セクシュアリティの規範が交差することで生じる抑圧は、当事者にどのような影響を与えるのか?

目的
脳性麻痺でありバイセクシュアルを自認する台湾女性のライフストーリーを通じて、障害、ジェンダー、セクシュアリティの規範が交差することで生じる複合的な抑圧を考察し、その抑圧に対する抵抗の試みを明らかにする。

方法
①2023年10月に台北でLGBTプライドに参加、資料収集と訪問調査
②調査協力者のJuliaと一緒にパレードに参加し、2023年12月に中国語でオンラインインタビューを3時間実施した。

結果と考察
Juliaのプロフィール(表)
1996年に台北で生まれ
脳性麻痺による運動機能障害、下肢が動きにくく、両手は硬直し、不随意に動くことがある
両親と暮らし、普通学校で教育を受けて、国立台湾大学のソーシャルワーク学部を卒業した
バイセクシュアル
LGBTを支援する団体「台湾同志ホットライン」、障害者における性の介助を提供する団体「手天使」の活動に参加

複合的抑圧
•生活と学業をサーポトする母親より厳しい「管理」、自由に同級生とのコミュニケーションができない
•合理的配慮への理解がない人たちからのいじめと差別
•小中学校で性暴力防止や性的マイノリティの基礎知識を学んだが、性経験や性知識に関する教育が欠けて、性について語り環境がない。
•親にカミングアウトしても無視される「障害女性に関して性や生殖についての想像力がない」
•同年代の男性と一緒に外出すると、他人はしばしばその男性をJuliaのボイフレンドであると勝手に想像し、二人の間の「純粋的な愛」を賞賛するような視線や言葉を向ける

抑圧への抵抗
•母親の過保護をから離脱しようとする行動として、大学のサークル活動に熱心に参加する
•セクシュアリティを自ら探究、メット情報やサークルメンバーと検討し、「手天使」のサポートでマスタベーションを体験する
•「同志ホットライン」 に参加し、性的マイノリティのコミュニティで障害者としての片思いやデート体験などを語り
•「手天使」のボランティアとして活動する性的な介助を受ける方との面談を担当する
•バイセクシュアルであることをカミングアウトする
•台北LGBTパレードに参加し、「障害者の性の権利」を主張する

まとめ
本研究の事例から、既存研究で指摘された障害者女性が複合的な抑圧や困難を経験していることが明らかになった。Juliaは、多くの障害者女性が対面する障害者差別や、恋愛相手と出会いの困難、学校や家庭での感情教育と支援が不十分さを経験した。一方で、Juliaはバイセクシュアルであることが性的マイノリティのコミュニティとの繋がりを生み、「手天使」や「同志ホットライン」などの団体で性的な主体性や政治性を積極的に探求し、規範を抵抗する試みも示された。
このような活動は、障害者女性への支援が不十分であるという現状を反映しながらも、性の多様性を重視する台湾社会の中で、新たな可能性を模索していることを示している。障害者のセクシュアリティとジェンダーの問題に光を当てることで、今後より包括的な理解と支援の拡充に寄与することを目指している。

[参考文献]中華民国身心障礙聯盟 ,2023,『身心障害女性情感興家庭選択経験専題報告』 .