ポスター報告 14

田中 佑典
当事者研究の限界への挑戦――三重の(triple)オートエスノグラフィを用いて
報告要旨

病いや生きづらさなどを自分自身の言葉で表現し、理解し、他者とのつながりを取り持とうとする営みとして、当事者研究が行われている。しかし、石原(2020)は、当事者研究の問題として、その中に「死角」や「サバルタン」を生み、「第三項の排除」や抑圧をもたらす可能性があると指摘している。本発表では、石原(2020)の当事者の特権性の問いに発表者自身の障害の語りだしの検討から応答する。
語りだしの方法として、対話的オートエスノグラフィを用いたインタビュー、オープンダイアローグの考え方を用いたグループでの共同分析、発表者1人で行う再帰的オートエスノグラフィの3つを用いた。
その結果、インタビューや共同分析の協力者、さらには再帰的オートエスノグラフィの未来の読み手でさえも、障害を共に語る人格を持った「当事者」の1人として捉えることことができた。本研究から、当事者研究の課題とされていた当事者の特権性を解除して、自身の障害について語りだすことができる可能性が示唆された。

報告概要

田中 佑典
yuusuke-tanaka@live.jp

本研究の問い:当事者性が不確かなまま、納得して自身の「障害」を他者と共に語りだす方法は?(注:「当事者性が不確かなまま」、「語りだす方法」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)

発表者(田中)の自己紹介:脳性麻痺、様々な発達障害(ASD等)、精神障害、疾患の診断
「自分は障害者でも健常者でもない」→当事者コミュニティの内外、当事者研究で自分語りをしても納得感がない

当事者研究の意義(石原,2013)
病いや生きづらさ、自己の再定義
自分助けの方法の獲得
他者との対話可能性・つながりの取り戻し
権威からの語りの取り戻し
安全な場で自分の病いを語る事ができる

当事者研究の限界
当事者性は自明なもの? 外部の他者を排除
問題の個人化、内面化(小松原,2022)
狭い人間関係・回復に矮小化(小松原,2022)
死角・サバルタン・第三項の排除
外部の他者を排除

研究方法-2つの対話と独りでの記述を通して「障害」を語る

方法① 聴き取り方を指定した上での対話的オートエスノグラフィ(対話的AE)
語り手:田中 聞き手:Cさん(看護学・心理学を学ぶ大学院生) インタビュー形式
聴き取り方:理解できたら言語的フィードバック/理解できなかったら質問 or「わからない」と一言でも
(注:一方の人が話していることに対して、もう一方の人が質問している絵がある。注終わり)

方法② オープンダイアローグ的共同分析
方法①で得られたデータの意味やそこから広がる連想を複数の分析協力者(質的研究を学ぶ学部生・大学院生:計7名)と田中がともに自由に語り合う
(注:5人の人々がインタビューデータの紙を見ながら話し合っている絵がある。人々は方法①で行われていたインタビューの様子を頭の中で思い浮かべている。注終わり。)

方法③ 再帰的オートエスノグラフィ(再帰的AE)
方法①方法②をもとに、田中が独りで未来の読者に対して「障害」を語りだすように文章を書く。
(注:1人の人がパソコンに向かって文章を打ち込んでいる絵がある。その人は、論文を読んでいる人たちの様子を頭の中で想像している。注終わり。)

結果-飲み会でのコミュニケーションや関係性の語りから

結果① 対話的AE(Cさんとの語り) 【飲み会が苦手なのは社会性の有無の問題?】
田中「大学の飲み会が苦手…社会性の問題?」Cさん「わかります。大人数の場が苦手で、何話していいかわからないし、早く帰って寝たくなる」田中「コスパ悪いって思う」Cさん「確かに。楽しかったらお金払って行きたいなと思うけど、全然楽しめないのに4000円とか取られる」田中「しかも2次会もあるしね」Cさん「そうなんですよ。行く意味ないんじゃないかな」田中「そして飲み会では恋バナになる。毎月何度も同じ話」(注:「何度も同じ話」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)Cさん「めちゅくちゃ興味ない。答え決まってる話。私にとってメリットあるのかなと思う。でもそれが付き合いなんでしょうね」(注:「それが付き合い」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)田中「そういう『ウェイ』が社会性あるとされている」

結果②共同分析(分析協力者の議論から) 【飲み会は「揮発性の高い社会性」の場】
飲み会(大人数・2次会・恋バナ)は田中とCさんにとって楽しくない浅い関係性
斬るように「コスパ悪い」→Cさんにとっても納得感→二者間で盛り上がっていく
何度も同じ「恋バナ」:アルコールが抜けるかのように忘れては繰り返す決まった話
(会話の最中)「前に聞いた」と言えない表面的な関係、会話(注:「『前に聞いた』と言えない」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)→「揮発性の高い社会性」 (分析協力者から) (注:「揮発性の高い社会性」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)
「付き合い」:諦観 「ウェイ」:憧れと揶揄

結果③再帰的AE(田中1人による記述) 【理想と現実の狭間に立ち現れる「障害」】
本当にこれでいいのか楽しかった飲み会もある→文章で語りだすことをためらい書き出せない
自分の頭には会の記憶がこびりつく(≠揮発性)→飲み会が苦痛になる
多数派に合わせて「ウェイ」になれたら 飲み会嫌いな自分との板挟み(注:「多数派に合わせて『ウェイ』になれたら」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)

考察-共通性と諦めから反対側を見つめ他者と共に語る

既存の当事者研究・AE
語りの主権を自分に取り戻すため、一度外部の他者を徹底的に排除し、安全な場で共通性を持った仲間と自己病名などを用いて語る

それに対して
本研究における「障害」を語りだす方法
①「主客未分」(主語がない状態)「反実仮想」(〇〇なら良いが現実はそうとはいかずに苦しむ状態)でともに語る(注:「反実仮想」がオレンジ色太字で強調されている。注終わり。)
②「誰もがすでに当事者」(石原,2013)の徹底
③注釈/キャッチ―/辛辣/諦め
④とまどいためらいながら葛藤を言語化

引用文献
今村 仁司(1982).暴力のオントロギー 勁草書房 p. 29.
石原 孝二(2013).第1章 当事者研究とは何か 石原 孝二(編)当事者研究の研究(pp. 11-72) 医学書院
石原 真衣(2020).〈沈黙〉の自伝的民族誌──サイレント・アイヌの痛みと救済の物語(pp. 30, 69, 78-79, 262) 北海道大学出版会
小松原 織香(2022).当事者は嘘をつく(pp. 22, 25, 70-72, 149, 152) 筑摩書房
Young, R. J. C. (2003). POSTCOLONIALISM: A Very Short Introduction. pp. 6, 114 UK: OXFORD UNIVERSITY PRESS.
(ロバート,J.C.,ヤング 本橋 哲也(訳)(2005).1冊でわかる ポストコロニアリズム(pp. 9, 164-165) 岩波書店)

演題発表に関連し、開示すべきCOI関係にある企業等はありません。