瀬山紀子、河口尚子、坂井めぐみ、利光惠子
障害を理由とした不妊手術等を受けた被害者へのインタビュー調査から見えてきたこと
報告要旨
優生保護法による強制不妊手術等は、2018年の国賠訴訟提起まで、資料も、被害者による語りも限られ、その広範な実態を明らかにすることが困難だった。しかし、2018年の国賠訴訟と、その報道、また、2019年の「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律(一時金支給法)」制定によって、全国での国賠訴訟の提起や、障害者団体等による調査も進められてきた。
本報告では、科研費基礎研究(A)「アーカイブ構築に基づく優生保護法史研究」の一環として、2023年から2024年にかけて実施した国賠訴訟の原告と、全日本ろうあ連盟による調査により把握された被害者(60~90 才代)を対象に実施した調査の概要、及び、その聞き取りから見えてきたことを提示する。そのうえで、優生保護法下で、強制不妊手術等の被害を受けた一人ひとりの人のライフス
トリーリーを辿ることで、優生手術被害がもたらした長期的な影響や、被害認識を持つに至る背景、またそれが困難だった理由などを、被害を受けた人たちの経験から明らかにしていく。
報告概要
障害を理由とした不妊手術等を受けた被害者へのインタビュー調査から見えてきたこと
河口尚子、坂井めぐみ、瀬山紀子、利光惠子
1.調査に至る経緯
報告者は、科研費基盤研究(A)「アーカイブ構築に基づく優生保護法史研究」(研究代表者松原洋子、2021年-2023年度)の一環として、「優生保護法史研究のための、障害を理由とした不妊手術等を受けた被害者の方々へのインタビュー調査」を実施した。研究対象者は強制不妊手術の被害者で高齢かつ聴覚障害・知的障害等があり、付添者や手話通訳者、障害者団体や支援団体関係者の調整をはじめ、課題が多岐にわたり調査は極めて困難であった。以下、調査開始に至るまでの経緯、確立された調査方法について記す。
2022年7月、立命館大学の「人を対象とする研究倫理審査委員会」に「優生保護法史研究のための、障害を理由とした不妊手術・中絶等を受けた被害者の方々への聞き取り調査」(2022年12月1日?2024年度)を申請し、同年9月、承認された。はじめに優生保護法裁判をされている原告の方々へのインタビュー調査を開始した。対象者の選出は、聴覚障害以外の原告の方々は瀬山、利光、河口がすでに当該被害に関する支援過程で面識を得ており、連絡可能な方々とした。聴覚障害がある方々は、松原のネットワークをもとに、「全日本ろうあ連盟」(以下、ろうあ連盟)に協力を呼びかける予定だったが、その過程で様々な課題が浮上し、聴覚障害の有無によって調査方法の変更を余儀なくされた。
2022年11月、松原と利光が、ろうあ連盟京都事務所を訪問した。そこで原告の方々及びろうあ連盟が被害実態を把握するために実施した全国調査(2018年-2020年)に基づき把握されている方々にインタビューを要請した。その後、聴覚障害のある方々への聞き取り調査では、手話通訳のみならず、記録としての撮影、付添者の同席、研究対象者以外への謝金や実費支給の手当てが必要であることが確認された。説明同意文書と調査方法の変更が必要になり、2023年5月、「人を対象とする研究倫理審査委員会」に変更申請し、6月に承認された。こうして、聴覚障害のある方々へのインタビュー調査では、ろうあ連盟から各都道府県のろうあ協会経由で研究対象者を選出し、インタビューにおいては研究対象者、付添者(ろうあ協会関係者、家族等)、手話通訳者、必要に応じて研究対象者と手話通訳者の間に入る通訳者に立ち会ってもらい、許可をとったうえで、録画、録音を実施することになった。
2023年6月、ろうあ連盟に正式に調査を依頼し、8月に、原告ではない方々を含む8つの加盟団体がインタビューに応じてくれることになったため、各加盟団体にあらためて調査依頼し、調査が開始された。
2.調査対象者(2023年3月末・実施分)
19人(男性7人、女性12人)。年齢は、60~90才代。障害のある人が17人(聴覚障害11人、知的障害2人、脳性まひ2人、視覚障害1人、変形性関節症1人)、障害のない人が2人。障害がない人のうち1人は教護院(児童自立支援施設)入所中に不妊手術を受けた。もう1人は第一子の障害を理由に第二子妊娠時に中絶・不妊手術を受けた。裁判原告が15人、原告以外が4人。
3.被害者へのインタビュー調査で見えてきたこと
1)多くの手術が、行政的な手続きを経ていない/経ているものとは考えにくい
・優生保護法下で、潜在的な優生手術が横行していたことがうかがえる(行政資料には記されていない、また、記された内容とは異なる被害者の現実がある)
「「手術したほうが楽だよ。そうすればいくらしても産まれないし」って(中略)いやそういうことじゃなくて、とかって思うんですけど、看護婦長さん、怖いですからね。(中略)ちゃんとした説明は何にもないんですよ。で、次の日にもうあれ(不妊手術)ですからね。」(視覚障害・女性)
2)第2子、第3子での不妊化の実態
・優生手術=「子どもをもつことができなかった」問題として認識されてきたが、子どもがいても同意なしに優生手術をされた被害者が多く存在する。それらは「優生手術」として認識しにくく、被害が表面化してこなかった
・子どもがいても、自分の知らないところで同意なしに優生手術(不妊手術)をされてしまった悔しさが表面化していなかった側面がある・
・第2子、第3子での不妊手術は、より「優生手術」として認識しにくい。ゆえに、被害者の数は、現在報告されている数よりも多いことが考えられる
3)優生手術の長期的影響/続く差別や抑圧の経験
・被害者の多くは、手術に留まらないひどい差別や抑圧(職場などで)を経験
・手術の影響で心身のさまざまな不調を経験(ホルモンバランスの崩れからくる健康障害、骨そしょう症、糖尿病、うつなど)
・過酷な人生だったため、裁判のニュースでやっと思い出したという人もいた
4)人権侵害だと認識するまでの困難
・被害を自身や夫婦のみで抱えてきた(うわさになりたくない)
・それはあなたのせいではなくて国による人権侵害なのだ、ということを伝えてくれる人が存在して、はじめて被害を語ることが可能になっている
・日常的な手話言語では、「人権侵害」という表現がなく、強制不妊手術を受けさせられたことを、「しかたない」と表現している人もあり、「人権侵害」の問題として認識されるまでに時間がかかったとの説明があった
5)説明を受けて同意する権利からの日常的な疎外
・聴覚障害の場合、幼少時から家族間でもコミュニケーションがとれなかった
・学校でも、手話が禁止され口話教育が強制された。手話通訳がなかったため、周囲とのコミュニケーションが困難な状態が続いた
・意思の確認がなされず、周囲から一方的に指示され、よく理解できないまま従わざるをえない日常。その延長線上で説明・承諾もないままの不妊手術が行われた
6)家族関係への影響
・家族に悪感情をもっていたが、国のせいだと知り、気持の変化がおきている。だが親は既に亡くなっている
「(結婚をした時)周りの親戚からはもう白い目で見られたんですよ。「もう、なんで親に知らせなかったんだ」って。(中略)「親がこういうことをやった」って、もうずっと恨んでいたんですよ。」(障害無・男性)
「おふくろへの恨みつらみが延々消えんかった。睾丸摘出されたから。あなたが病院に連れていかんでいたら、違う人生があったと。(中略)いざ死んでしもうたら、心のなかにぽかっと穴があいて。なかなかうまらんだったね。」(変形性関節症・男性)
7)語る契機としての2018年提訴
・被害者の多くは、2018年1月の優生保護法国賠訴訟提訴の報道で、はじめて優生保護法の存在を知り、被害を受けたことに気づいている
・ろう者の多くは、地域の支援者からの働きかけによって優生保護法の下で被害を受けたことに気づいている。掘り起こしに全日本ろうあ連盟の調査が大きな役割を果たした
「優生手術だったと気づいたのは、みみの日(3月3日)の集会で、不妊手術の手話をみたこと。不妊手術のチョキという手話と自分が結びついた。」(聴覚障害・女性)
「飯塚さんと佐藤さんのテレビとか新聞に載ったのを見て、自分も、職員に伝えたほうがいいと思ったからです。」 (知的障害・男) 以上