ポスター報告 07

佐藤雄一郎
「バリアフルレストラン」プログラムにおける「障害の社会モデル」理解浸透手法に対する検討
報告要旨

「障害の社会モデル」は、東京オリンピックパラリンピック2020大会や障害者差別解消法施行などを契機に、事業者や一般市民においても徐々に認知が進んできている。しかし、その浸透の方法は、研修や教材などを通じて行われてる座学形式の学習が一般的である。発表者も参与する団体において、フィンケルシュタインが掲示した“障害者の村”をモチーフに開発した「バリアフルレストラン」は空間演出と演者とのやり取りから、「社会モデル」の観点からみた障害を直感的に学ぶことができるという点で独自の手法を取っている。発表においては本企画の意図やプログラム構成が既存の研修等との異なる部分を提示しつつ、参加者へのアンケート結果を踏まえて、プログラムのもつ可能性、すなわち、「障害の社会モデル」の事業者や一般市民への普及に伴う偏りがある現状に対して有効な手立てを明らかにする。

報告概要

「バリアフルレストラン」プログラムにおける「障害の社会モデル」理解浸透手法に対する検討

公益財団法人日本ケアフィット共育機構・東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コース修士課程 佐藤雄一郎

●研究目的 「バリアフルレストラン」プログラムを通じた反抑圧教育教授法の実践的検証
●研究の背景・リサーチクエスチョン
・Beckett(2013)が提示した反抑圧教育の教授法類型
障害に焦点を当てた反抑圧教育の教授法を類型化、分析。
・反抑圧教育の教授法類型の検証
Beckettが提示した教授法の理論的枠組みを検証
「バリアフルレストラン」を事例に反抑圧教育がどのように実践されることでどのような効果をもたらしうるのか検証

●Beckett論文(2013)が提示した反抑圧教育教授法3つの類型
教授法①他者についての教育
・差異を称揚し、障害者の業績を祝福
・差別や抑圧のもととなるスティグマの払拭
教授法②特権と他者化を批判する教育
・障害:社会的構築物 社会構造が様々な集団間の関係性を規定
・自分が気づかずに持っている特権や、抑圧的な関係の維持の加担への気づき
・学生が、特に自分の罪について「動揺」を感じ、変化への欲求ではなく「根深い抵抗」につながるリスク
教授法③学生と社会を変革する教育
・抑圧は言説的に生まれる。正常/異常カテゴリーが相互依存的で不安定、正常/異常や、健常/障害の境界を問い直す
・階層、固定性、二元論の打破
イギリスの学校教育では教授法①が実施され、偏見の解消に焦点
安全で無害:変革的であるには難しい質問を避けすぎている

●バリアフルレストランとは:社会モデル理解をする体験型障害理解教育プログラム
Finkelstein(1981)の寓話“障害者の村”がモチーフ
車いす使用者が多数派の架空社会におけるレストランを演出
参加者が“二足歩行障害者”として参加し、困難や差別を体験
■プログラム概要
実施主体:公益財団法人日本ケアフィット共育機構
所要時間:40分 定員:7名 対象者:小学生から社会人まで
主な構成:
①入店前オリエンテーション
・“車いす使用者”はどのような“障害者”だと思っているか?:現状の認識確認
②店内体験(一例)
・車いす使用者にあわせて、店内の天井の高さが低い
・二足歩行が身体障害:「二足歩行障害者」と扱われる
・ダイバーシティ推進:二足歩行障害者にイスやヘルメットを貸与
③振り返り
・体験振り返り/社会の偏りを考える意見交換

●分析対象・方法
参加者の参加後自由記述コメントアンケート335件を精査
以下カテゴリーに分類
1. 障害者への配慮の問い直し
→障害者に対してどのような配慮があったか問い直しが想起されている
2. 自分の思考の偏りの気づき
→無意識に障害者や少数派を従属的なものと捉えていたことなどへの気づきが促されている
3. 社会が障害を作っていると実感
→社会モデル的障害理解が促されている
4. “普通”とは何かを考える機会になった
→“普通”:正常性が相互依存的で不安定なものであることへの気づきが促されている
5. 少数派の立場を体験して理解が深まった
→「障害者」という「マイノリティの立場」に対する理解が促されている
6. 共生社会の実現を目指す意識が高まった
→多数派に合わせられた共生ではないあり方の共生社会への指向が意識された
7. 無意識の態度や言動が他人に与える影響を理解した
→自集団が持つ特権性が由来する無意識の行動への気づきが促されている
8. 合理的配慮の必要性を再認識した
→なぜ合理的配慮が必要なのか、押し付けになっていないかの問い直しが促されている
9. 自分の当たり前が他人の当たり前ではないと実感
→“当たり前”:正常性の捉え直し、正常性に潜む特権意識や抑圧的な考え方への気づき
10.目からウロコの体験
→今までにない考え方や視点を知ることができたことへの感想
99. いずれもあてはまらない

●分析結果
1.教授法②:「社会モデル」観点の障害理解が有効
特殊装具なしで困難を被る「社会モデル」観点の障害体験は、
社会構造への批判的認識を深め(3. 社会が障害を作っていると実感)、
教授法②に類する認識変容
・「物理的なバリアは認識してましたが、心・意識のバリアについて考えさせて頂きました。」
・「障がい者という概念は社会が作り出した考えだと分かりました。」

2.「健常/障害」が覆る体験が教授法③の健常/障害の構造や正常性の問い直しにつながる
“二足歩行”が“健常”とされる価値観の反転:
自分たちの「当たり前」が実は多数派の特権であることや
二元論や固定観念の打破への気づき(4. “普通”とは何かを考える機会になった、9. 自分の当たり前が他人の当たり前ではないと実感)になり、
教授法③の健常/障害の構造や正常性が問い直しにつながる
カテゴリー4のコメント
・「普通ってなんだろう。普通だと思っている事をあらためて考えることができました。」
・「大多数の中に分類されている時には気づかないことを考える時間となりました。色々な方の想いを感じとれる社会にしないといけないと思いました。」
カテゴリー9のコメント
・「多数が”正しい”とも”強い”とも限らないと感じました。」
・「自分の「あたりまえ」が立場を変えると、それが障害になることが、体験を通してよくわかった!」

3.体験学習の有効性
体験により、単なる知識の獲得ではなく、
感覚的な理解や深い気づきを促している(10.目からウロコの体験)
抽象的な概念や理論を具体的な感覚や経験に結びつけられ、特に障害の社会モデルの理解促進において効果が表れている。
・「目からウロコでした。体験しないとわからない社会の不都合、障害者からの見え方に気づけました。」
・「今まで考えた事がない視点に気づくことができました。」

4.反抑圧教育の意識変容の先にある行動変容:具体的な行動の提示・実行、中長期間の関わりが必要
意識変容は見られたが、行動変容には、教育における具体的な提示・実行される必要
:参加者(学生)と中長期間の関わりが必要。

●結論
・バリアフルレストラン:反抑圧教育として、教授法②と③の要素を組み合わせ
・体験型学習:参加者は単なる知識獲得だけでなく、感覚的な理解と深い気づきを獲得
社会モデル理解、固定観念の打破、共生社会実現への意欲を促進
・反抑圧教育の今後の課題:意識変容の先にある行動変容の実行性
・バリアフルレストラン:40分1回完結:実行性に限界
・反抑圧教育教授法研究;中長期的カリキュラムへの応用について検証が必要
・合理的配慮を反抑圧教育でどのように扱うか
バリアフルレストランでは合理的配慮についての意識化もされている。

●参考文献
Beckett, A.E.,2013,Anti-oppressive pedagogy and disability: possibilities and challenges,Scandinavian Journal of Disability Research 17.1 (2015): 76-94.