宮崎康支、松岡克尚、原順子
超多様化途上の日本における「共生の障害学」
報告要旨
社会人類学者のSteven Vertovecが移民研究で提唱した超多様性(super-diversity)は、日本でも徐々に現実味を帯びている。本報告では、日本における超多様性の所在を検証し、移民研究同様に多様性啓発の一助となった障害学が「共生社会」の構築に貢献しうる可能性を、堀正嗣の「共生の障害学」の思想を軸に検証することを目的とする。
本報告において立てられた問いは、(1)「現代の日本は超多様性社会なのか」と(2)「超多様性概念と『共生の障害学』にはいかなる相互貢献ができるか」の二つである。これらの問いに回答すべく、(1)については既存の超多様国との統計数値の比較と、日本における超多様化を論じた既往研究の検討を通じ論点を整理する。(2)については堀正嗣の提唱した「共生の障害学」の射程を整理し、超多様性概念との整合性を、既往研究のレビューを通じて検討する。
以上の分析を通じて、障害学と移民研究の接続から一歩進んだ、理論的に精緻化された連携の可能性を探る。
報告概要
超多様化途上の日本における「共生の障害学」
宮崎康支(関西学院大学客員研究員)、松岡克尚(関西学院大学)、原順子(四天王寺大学)
目的
(1)「多様性の多様化」を指す「超多様性(super-diversity)」(Vertovec, 2007=2020)の日本社会への適合を検証
(2)障害学と超多様性が「共生社会」構築に相互貢献しうる可能性を、堀正嗣(2021)の「共生の障害学」を軸に考察
方法及び倫理的配慮
所属機関及び日本社会福祉学会の研究倫理規程を遵守した文献研究。COIはない。
背景
移民研究と障害学の接続可能性を探る研究(宮崎ら, 2022; Rau & Baykara-Krumme, 2024)の出現→目的(1)(2)を通して、如何に接続するか検討
考察と結果
(1)現代の日本は超多様性社会なのか
・Heinrich & Yamashita (2017):1920年代の沖縄出身者、第二次世界大戦前後のオールドカマー、1960年代のアイヌ、そしてニューカマーにより多様化が進行(「初期の超多様性」)
・Phillimore et.al (2021): 1989年の「改正出入国管理法」以降、日本も超多様化に接近
・Tarumoto (2022):外国人労働者数や外国ルーツの子どもたちが増加しているものの、日本は英国に比べると超多様性が進行していない(「中間的多様性」)が、超多様性状況に近づいてはいる
・Yamamura (2022):東京では外国人集団内で生活が完結する「外人ゲットー」と外国人集団に属しながら現地人との交流を図っている「親東京人」がいる(都市の「空間的超多様性」)
・在留外国人数(出入国在留管理庁, 2023):2023年6月末における在留外国人数は3,223,858人→過去最高を更新
→日本も超多様性社会に近づきつつある
→Kymlicka(2013)が指摘するように、多様性が新自由主義の産物であれば、超多様性の進展が新自由主義の弊害をもたらすリスクを増大させるのでは?
(2)超多様性概念と「共生の障害学」はいかなる相互貢献ができるか
・「障害」もまた多様性を構成する一つの要素として位置付けていくとすれば、障害学が超多様性社会に果し得る貢献が見えてくるのでは?
・「共生」とは前述のリスクに対抗するものであり、堀正嗣(2021)の言う「共生の障害学」がその実現のためのツールになりうるのではないか?
・「共生」は個々の「自立」を前提とし、「できない」人々を排除するものではなく全ての人々の尊厳を守り、ぶつかり合ってでもよりよい社会を構築するものであり、「共生の障害学」は、反差別的、互恵的、自立的、普遍的、動的、異化的、水平的でなければならない(堀, 2021: 81-85)
→超多様性社会に入りつつある日本を如何にして共生的なものにできるかが問われており、そこに障害学の果たす役割があると同時に、障害学における新たな分析枠組に超多様性概念が果し得る役割は大きいと考える
総括
仮に、超多様性により差別的、搾取的、利己主義的(能力主義的)、閉鎖的、静的、同化的、家父長的、権威主義的になるリスクが高まるなら、「共生の障害学」はそれらに対抗する盾にならなければならない
→プロセスを見る「インターセクショナリティ(交差性)」と結果を見る超多様性(Humphris, 2015)が有効な分析概念となりうる
本報告は、JSPS科研費22K01998の助成を受けた
文献
Heinrich, P., & Yamashita, R. ,2017, Tokyo: Standardization, ludic language use and nascent superdiversity. In Smakman, D. & Heinrich, P. (Eds.) Urban Sociolinguistics (pp. 130-147). Routledge.
堀正嗣,2021,『障害学は共生社会をつくれるか――人間解放を求める知的実践』明石書店.
Humphris,R., 2015, Intersectionality and superdiversity: What’s the difference?. University of Birmingham, Institute for Research into Superdiversity (IRiS).
Kymlicka, W. 2013, Neoliberal Multiculturalism? In: Lamont, M. & Hall, P. A. (eds.) Social Resilience in the Neoliberal Era. (pp.99-125). Cambridge University Press.
宮崎康支・松岡克尚・原順子, 2022,「障害学と移民研究の接点を考える—Steven Vertovecによる超多様性概念を軸にして—」障害学会第19回大会報告.
Phillimore, J., Liu-Farrer, G., & Sigona, N. ,2021, Migrations and diversifications in the UK and Japan. Comparative Migration Studies, 9(1), 54.
出入国在留管理庁, 2023,「令和5年6月末現在における在留外国人数について」https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00036.html
Rau, V., & Baykara-Krumme, H., 2024, Migration meets disability. Approaches to intersectionality in the context of a disability rights organization. Disability & Society, 1-23.
Tarumoto, H.,2022, Considering Super-diversity in Immigration: Post-Western Sociology and the Japanese Case. In Roulleau-Berger,L., Li,P., Kim,S., & Yasawa, S.(eds.) Handbook of Post-Western Sociology: From East Asia to Europe (pp. 664-676). Brill.
Vertovec, S., 2007, Super-diversity and Its Implications, Ethnic and Racial Studies, 30(6):1024-1054. (=齋藤僚介・尾藤央延(訳), 2020, 「スーパーダイバーシティとその含意」『理論と動態』, 13: 68-97).
Yamamura, S.,2022, Transnational migrants and the socio-spatial superdiversification of the global city Tokyo. Urban Studies, 59(16), 3382-3403.