松尾朗子、田中友理、勝谷紀子、Kuma Lab. UR Team、熊谷晋一郎
援助行動における行為者自身への思いやりの影響:文字起こしを用いた検討
報告要旨
一般に,他者への思いやりは社会的に望ましいとされる。しかし,思いやりを伴う援助行動は社会的にも個人的にも過大評価される可能性があり,援助者側のみの利益になっているかもしれない。思いやりに関する先行研究においては個人差を測定することが多く,喚起された思いやりによる影響はいまだ検討の余地がある。そこで本研究では,思いやりを援助行動の先行要因としてとらえ,思いやりの有無を操作し援助者の主観的な援助行動への評価と自己概念が変化するか検討した。オンラインで研究1と研究2を実施した。調査の実施にあたって,倫理審査を担当する委員会より承認を得た。その結果,思いやり喚起には成功したが,仮説は支持されなかった。しかし,過去にボランティア経験がある者はない者に比べて(1)主観的ウェルビーイングと援助意図が高いこと,(2)状態自尊心,援助意図,自己の道徳性が高いことが示された。また,過去にボランティア経験がある者ほど特性自尊心が高く,ボランティア経験がある者は思いやり条件において(vs.統制条件)特性自尊心が高いことも確認された。
報告概要
援助行動における行為者自身への思いやりの影響:文字起こしを用いた検討
松尾 朗子1・田中 友理2・勝谷 紀子1・Kuma Lab. UR Team 1・熊谷 晋一郎1(1東京大学先端科学技術研究センター・2多摩大学)
思いやりの有無を操作し援助者の主観的な援助行動への評価と自己概念が変化するか検討した。
研究背景と目的
他者への思いやりは、援助行動を生じさせる、社会的に望ましいものとされる。一方で、思いやりを伴う援助行動が過大評価されている可能性がある。例えば、被援助者の利益にならない援助でも、思いやりがあれば良しとされたり思いやりがない援助(e.g., 公的支援)に注目されにくかったりなどである。
リサーチ・クエスチョン: なぜ援助者の思いやりの有無が重視されるのか?
援助行動は他者の利益やウェルビーイングの向上を意図しておこなわれる(Nadler, 2020)が、援助者自身にも自尊心の高揚などの影響を与える(新谷, 2020)。
しかし、これは援助行動それ自体の効果ではなく、援助をおこなう際に伴う思いやりの持つ効果である可能性が考えられる。そのため、「援助行動が援助者に与えるポジティブな影響は、思いやりの有無によって異なるのか」を検討した。全ての調査の実施にあたって、第2著者の所属先で倫理審査を担当する委員会より承認を得た。手続きにおいて介入と侵襲は伴わないと考えられ、データは匿名化の上で処理された。
思いやり喚起課題:1分程度の文字起こし作業
作業前に呈示される「作業概要ページ」に書かれている内容を変えることで、作業時に思いやりが喚起される程度を操作する。
・思いやり条件:「文字起こしボランティアの募集」というタイトルで、援助を必要としている学生のために文字起こしの協力を依頼したい旨を記載。
・統制条件:「文字起こしアルバイトの募集」というタイトルで、あくまでアルバイトとして募集しているという旨を記載。
※どちらの条件でも、作業の説明、謝礼の金額、作成された文字データがろう・難聴の学生や日本語が得意でない留学生、発達障害などで聞き取りに困難がある学生に学びの機会を保障するために用いられること、作業時の注意点は同じ内容が記載されていた。
※この操作で、作業時に感じる思いやりの程度が思いやり条件>統制条件であることは確認されている。
研究1
参加者:クラウドソーシングサービス上で募集された319名(女性189名,男性128名,平均年齢43.07,標準偏差9.81)
t検定
思いやり条件 vs. 統制条件で、援助意図、主観的well-being、特性自尊心を比較
→いずれも条件間(思いやり vs. 統制)で有意な差は確認されなかった。
条件×ボランティア経験の有無の分散分析
・従属変数が主観的ウェルビーイングと援助意図の場合、ボランティア経験の主効果のみ有意
→過去にボランティア経験がある者ほど主観的ウェルビーイング、援助意図が高いことが示された。
・従属変数が自尊心の場合、ボランティア経験の主効果と、ボランティア経験と条件の交互作用が見られた
→過去にボランティア経験がある者ほど自尊心が高かった。また、ボランティア経験がある者は思いやり条件において(vs.統制条件)自尊心が高かった。
研究2
研究1からの変更:従属変数を、①特性自尊心から状態自尊心に変更、②作業効力感を追加
参加者:クラウドソーシングサービス上で募集された286名(女性157名,男性128名,平均年齢40.46,標準偏差11.09)
t検定
思いやり条件 vs. 統制条件で、援助意図、作業効力感、主観的well-being、状態自尊心を比較
→いずれも条件間(思いやり vs. 統制)で有意な差は確認されなかった。
条件×ボランティア経験の有無の分散分析
・主観的ウェルビーイング、援助意図、自己の道徳性を従属変数とした場合、ボランティア経験の主効果のみが統計的に有意
→ボランティア経験がある者は、ない者に比べて作業効力感以外の従属変数が高いことが示された。
・作業効力感を従属変数とした場合は、主効果および交互作用は非有意
→ボランティア経験の有無が援助行為(つまり,本研究で用いた思いやり喚起タスク)によって生じた内的な反応や自己評価に影響する可能性がある。
総合考察
研究1・2で、思いやり条件の自尊心、主観的ウェルビーイング、援助意図、作業効力感、そして自己の道徳性への影響は見られなかった。
過去にボランティア経験がある者はない者に比べて(1)主観的ウェルビーイングと援助意図が高いこと(研究1および研究2)、(2)状態自尊心、援助意図、自己の道徳性が高いこと(研究2)が示された。
過去にボランティア経験がある者ほど特性自尊心が高く、ボランティア経験がある者は思いやり条件において(vs.統制条件)特性自尊心が高いことも確認された(研究1)
→過去のボランティア経験が、思いやりを持って行動した後の主観的な自己評価へのカギとなる可能性が示唆される。