ポスター報告 01

神部雅子
北海道における知的障害当事者主体研修会・人権セミナーの歴史
報告要旨

人権セミナーとは、北海道の知的障害当事者が中心となって主催している研修会である。第1回目は1992年に「知的障害者の人権に関するセミナー」として開催された。開催のきっかけとなったのは、1991年から1993年にかけて実施された北海道内の入所施設を対象とした実態調査において、多くの知的障害者が人権侵害を受けていたという事実が明らかになったことであった。当初は知的障害に関連する施設や事業所の職員、養護学校(当時)教員が中心となり運営していたが、現在では障害当事者が実行委員会を組織し、企画運営をしている。2023年度、人権セミナーは第30回目の節目を迎えた。そこで、過去の開催要項等から人権セミナーの歴史を辿るとともに、実行委員として参加する知的障害当事者、それを支える協力員のインタビューを実施した。そこから、人権セミナーが知的障害当事者にとってどのような存在であるのか、また、当事者活動に与えた影響について考察する。

報告概要

北海道における知的障害当事者主体研修会・人権セミナーの歴史
日本医療大学 通信教育部総合福祉学部ソーシャルワーク学科
神部雅子

1.はじめに
人権セミナーとは、北海道の知的障害当事者が中心となって主催している研修会である。開催のきっかけは、1991年から実施された調査において多くの知的障害者が人権侵害を受けていたという実態が明らかになったことであった。当初、知的障害者に関わる施設や事業所の職員、養護学校(当時)教員(以下、関係者)が中心となり始まった人権セミナーは、現在では障害者本人が実行委員会を組織し、企画運営をするセミナーとなっている。
2023年度、人権セミナーは第30回目の節目を迎えた。そこで、過去の開催要項や報告書等の資料から人権セミナーの歴史を辿るとともに、実行委員として参加する本人、それを支える協力員のインタビューから本人や協力員にとっての人権セミナーの意義について報告する。

2.研究方法
本研究では、過去に実行委員会事務局を担っていたA事業所、B事業所、第1回から人権セミナーに携わっているC氏より提供を受けた関係資料から人権セミナーの歴史を辿る。さらに、第30回実行委員として参加している本人と協力員へのインタビューから、知的障害当事者や協力員にとっての人権セミナーの意義について考察する。

3.倫理的配慮
本研究は日本医療大学研究倫理審査会の研究倫理審査で承認を得て実施している(2023年10月3日、審査番号:倫理2023-20)。

4.人権セミナーの歴史
第1回人権セミナーが開催された1992年は、1990年の国際育成会連盟世界大会をきっかけに知的障害者の当事者活動が始まった時期と重なる。第1回、第2回の実行委員長は関係者が担っていたが、光増は第3回以降について「当事者のことを関係者だけが企画して運営するのはおかしい」と本人の分科会やシンポジウムを本人が企画する「ふれあい実行委員会」をつくり、その翌年には「ふれあい実行委員会」が企画を立て全体の実行委員会に投げかけるという形にしたと報告している(2024年8月20日取得,https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/kousei/international/bunka3_3.html)。そして、第5回からは本人のみで実行委員会を組織し、関係者は「世話人」となり本人たちのサポート役を担うようになった(第20回人権セミナー実行委員会2012:30)。
第3回から第5回が開催された時期は、北海道内外において当事者活動が活発に行われていた。1994年に手をつなぐ育成会全国大会徳島大会で本人分科会ができ、本人決議が採択され、翌1995年には北海道旭川で開催された手をつなぐ育成会全道大会で本人分科会実行委員会が組織された(第20回人権セミナー実行委員会2012:30)。また、第20回北欧会議には北海道から7名の当事者が参加していた(全日本手をつなぐ育成会1997)。このように人権セミナー以外の当事者活動も活発になる中で、本人のみならず支援者にも経験の積み重ねによる権利主張に対する意識の変化があったと考えられる。
第12回には「種別をこえて『人権』について考えたいという思いから」、知的障害者人権セミナーから人権セミナーへ名称を変更している(第12回人権セミナー実行委員会2004:7)。
また、第13回の【開催の趣旨】は、「親や行政は、わたしたちを無視して、勝手に制度を悪くしようとしています。たくさんの仲間たちの発言をきいて欲しいです。わたしたちが感じていることを少しでもわかって欲しいです」としている(第13回人権セミナー実行委員会2005:8)。それ以前の「一般参加者とともに考える機会」といった開催の趣旨と比較すると、セルフアドボカシーの意味合いが色濃く表現されている。
その後も「けんりじょうやくについて」(第17~20回)、「障害者差別解消法」(第22回)、「私たちに関する法律や約束事って何?」(第23回)、「優生保護法について~障がいのある人の結婚と恋愛~」(第27回)などの分科会や全体会が行われた。
一つの転機は、第28回人権セミナーである。本来であれば2020年度に行われる予定であった第28回人権セミナーは「コロナ禍」に延期され2022年3月に開催された。第28回人権セミナー以降、オンラインと対面の同時開催、半日の実施となった。

5.人権セミナーの意義-実行委員、協力員へのインタビューから
D氏は15年以上実行委員として人権セミナーに参加している。D氏は人権セミナーについて、次のように語っている。

「(人権セミナーは)勉強できる場ですね。あと、みんなと一緒に学べる場、そうですね。」
(人権セミナーで学ぶっていうのは特別な意識がありますか。)
「あの場だから、何でもみんなで言い合えたり、質問出来たり…そうですね。意見交換、できるから、そうですね。」
「今後、やっぱ今、虐待とかが問題になってるから、それをみんなで訴えて、そうですね、少しでもなくなればいいなと思いますけどね。」

E氏は2回ほど一般参加したのちに実行委員として参加するようになった。実行委員になった理由について次のように述べている。

「自分の知らないことを知ることができて、何か一つでもプラスになることあるかって。」

さらに、人権セミナーついて次のように語っている。

「人権セミナーやって、何かあれかな、世の中にこう返す、まぁ1%でもいいから反映出来たらなって。まぁ難しいですけど。(人権セミナーで世の中が変わればいいなって…)まぁ変わるきっかけみたいの…」

D氏、E氏の語りから、人権セミナーは本人にとって、「学ぶ場」であり、社会に障害者が抱える問題を「訴える場」であるといえる。またD氏の「『あの場だから』発言し、意見交換ができる」という語りは、人権セミナーが30年にわたって本人の発言の機会を提供し、その運営を本人たちが担うことにより「障害者が発言してよい場所」「発言すべき場所」として存在していることを示している。
一方、協力員にとっては人権セミナー以外の仕事への影響がある。協力員のF氏は、10年以上協力員を続けている理由として、次のように語っている。

「(現在勤務している事業所を)利用されてる方っていうのは重度の知的障害の方で…中略…自分の権利とかを、うまく伝えられないというか、…中略…(実行委員のように)自分の権利だとかをしっかり言えるような方々とかかわるっていうところは、それはきっと自分の仕事の部分だったりとか利用者さんの権利だったりとか守るって考えたときに大事だなって思っていますね。」

人権セミナーの実行委員や人権セミナーに参加する当事者は、自分の意見を表明することができる方が多い。日々、重度の知的障害を持つ利用者とかかわる障害福祉サービス事業所の職員にとって、実行委員の活動は重度障害者のアドボカシーととらえることで、自分自身の権利主張をしにくい利用者の権利擁護について意識することにつながっている。

6.おわりに
D氏、E氏の語りにあるように、当事者にとって人権セミナーは「学びの場」である。また、F氏の語りから日常的に障害者支援を行う者にとっては自身の支援を権利擁護の側面から振り返る姿勢を培う場ともなっている。
人権セミナーは北海道の当事者活動に携わる本人や支援者の学びの場、交流の場となっており、人権セミナーは本人に発言する経験とその力を得る機会となっているのである。

謝辞 本研究にご協力くださったA事業所H氏、B事業所I氏、C氏、D氏、E氏、F氏に心から感謝申し上げる。