ポスター17

アフリカにおける精神障害者のグローバルな社会運動のはじまり
伊東香純

1.はじめに
障害学の研究対象は北半球に偏っている。南半球、特にアフリカ地域については、国毎や身体障害者の調査(森 2016;仲尾 2022)が中心である。精神障害については、診断や治療の「土着」の実践は研究蓄積があるが、精神障害者の活動は断片的記述に留まり(Pringle 2019:214⁻218)、社会運動としての研究はほとんどない。
本報告は、アフリカにおけるトランスナショナルな運動に注目する。伊東は、精神障害者の世界組織に、アジア、アフリカ、中南米地域からの参加が急増する過程を記述した(伊東 2021)。その記述には主に西欧での調査に基づくため、低開発地域の視点が見落とされているという問題がある。そこで、アフリカの活動家の証言を基に、これまでとは異なる側面を明らかにすることを目的とする。

2.世界組織における低開発地域
精神障害者の世界組織(WNUSP)は、精神科医を中心とした国際組織である、世界精神保健連盟の世界大会で1991年に発足した。1980年代、連盟の事務所があった米国では消費者のエンパワメントが重視され、その志向が国際的に導入された(伊東 2021: chap. 3)。
WNUSPは、当初、連盟の世界大会で総会を開催していたため、参加者が西洋に偏るという問題があった。これが大幅に解消したのが、2004年の総会である。その理由は、1つは、デンマーク政府からの資金援助により低開発地域の参加者の支援を優先できたこと、もう1つは、障害者権利条約策定で活発化した障害種別をこえた障害者運動のネットワークで告知したことである(伊東 2021: chap. 8)。

3.方法
上述の歴史をアフリカの活動家の証言を基に記述する。インタビューの概要は表1の通りである。同意を得て録音した上で文字起こしを作成し、インタビュイーに確認してもらって公開の許可を得た。

表1.インタビュー概要
実施日:インタビュイー:主な活動地域
2021年8月31日・2022年8月23日:Iga:カンパラ(ウガンダ)
2021年9月9日:Katontoka:ルサカ(ザンビア)
2021年9月12日:Salie:ケープタウン(南ア)
2022年8月12日:Athieno:ムバレ(ウガンダ)
2022年8月24日:Kayiira:カンパラ(ウガンダ)
2022年8月30日:Badege:キガリ(ルワンダ)

4.アフリカの活動
トランスナショナルな運動の中心を担ってきたのが、ウガンダの組織(MHU)である。MHUは、ゴンべ病院の患者と精神科医との話し合いが組織化して1997年に結成された。当初からデンマークの精神保健の組織と交流があった(MHU no date: 5-6)。2004年総会に参加した4名のうち、調査できた3名とも当時MHUで活動していた(interview Iga,Athieno,Kayiira)。
サリーは、勤めていた団体がオランダと交流しており、そこから着想を得て国内の精神障害者組織を立ち上げた。2003年にWHOの会議に招待された際に、多くのWNUSPの活動家と知りあった(interview Salie)。カトントカは、ハンガリーの弁護士の紹介で国内の精神障害者の組織に参加した。2003年の世界精神保健連盟で、WNUSP総会に招待されたという(interview Katontoka)。
バデゲは、2009年にWNUSP総会に初参加した。ルワンダの精神障害者は、1994年の大虐殺後の自助活動から組織化した。障害種別をこえた組織が2010年に発足した際、「狂気」の人を障害者とすることに反対した人がいた(interview Badege)。

5.まとめ
西欧の調査では指摘されなかった特徴が明らかになった。第一に、医療専門職組織の活動を通じてWNUSPに加わった人が少なくないことだ。これは、1990年代の欧米と類似するが、国内よりも国際的なネットワークである点が異なる。第二に、障害者運動の一員として活動が難しい地域があったことだ。これは、英国や欧州大陸組織と共通するが、障害者運動が精神障害者との活動を望まなかった点が異なる(伊東 2021: chap. 5)。

[文献]
伊東香純,2021,『精神障害者のグローバルな草の根運動――連帯の中の多様性』生活書院.
MHU, no date, Unshackling: Mental Disability in Uganda, MHU.
森壮也編,2016,『アフリカの「障害と開発」――SDGsに向けて』アジア経済研究所.
仲尾友貴恵,2022,『不揃いな身体でアフリカを生きる――障害と物乞いの都市エスノグラフィ』世界思想社.
Pringle, Yolana, 2019, Psychiatry and Decolonisation in Uganda, Palgrave Macmillan.