ポスター10

『精神障害がいを中心とするコミュニティ「浦河べてるの家」と人々の生成変化のプロセス―HSP(Highly Sensitive Person)的構えをもつ調査者の身体を通して―』
立教大学文学研究科 石渡美穂子

要旨:
本研究の目的は、精神障がいのある人々を中心とするコミュニティ「社会福祉法人・浦河べてるの家」において、そこに参加する人々の「身体的な協応・不協応関係(高木, 2020)」が、いかに実践および人々を生成変化させるのかについて明らかにすることである。ここで述べた「身体的な(不)協応関係」とは、いかに人間が身体的な次元において他者と様々にコミュニケーションをとっており、それらがその場に参与する人々の関係性に影響を与えるのかということを捉えるものである。人間の身体と人々のあり方との関係性に対するこの観点は、人間の身体を、「他の身体とのたえまない“アフェクト”の関係-相互的に作用・影響(アフェクト)し合う関係-の中にある(西井・箭内, 2020, p. 1)」というスピノザ的世界観から捉え直すものである。
このような世界観から対象団体を捉えようとした根拠は、筆者がこれまで依拠してきた言語中心主義的な理論の限界を感じたからである。筆者は修士時代、浦河べてるの家のエスノグラフィおよび当事者の方のライフストーリーの談話分析を行い、主には社会構成主義的な立場(Gergen, 1994; Kleinman, 1996)から、べてるの家における「回復」観および「回復者のアイデンティティ」を明らかにした。しかし、このような社会構成主義的な方法論は、べてるの家の実践の再生産的側面を明らかにはできたものの、実践および参加する人々が常に生成変化し続ける側面を捉えることができなかった。特に、ライフストーリーの談話分析では、語りの中で、当事者の方は様々な自己の間の葛藤を保持しており、それらの葛藤が日常生活においても常に影響を与えているようであった。それらは表象レベルではなく、身体的なレベルにおける行動においてもその方を支配しているようであった。
さらに、昨年度2回ほどべてるの家において事前調査のフィールドワークを行った。その際、様々なメンバーさんと関わる際の微細な「違和感」や「居心地の良さ」が、言語的なやり取りだけではなく、互いの身体的な相互作用によって生起しているようであった。人類学者マリノフスキが、調査者が肌で感じとる、人々の微妙なニュアンスを「不可量部分imponderabilia」と呼んだが、単に言外の「意味」を筆者が感じたというだけでは説明しきれない、互いのニュアンスを感受し合いながらその場が作られていくような感覚であった。つまり互いの身体が「アフェクトし合いながら」その場を共構成していたといえる。さらに、筆者の身体的な特性が、実践の見え方のみならず、入り方にも影響を与えているようであった。近年、心理学において「感覚処理感受性sensory processing sensitivity(以下SPS) (Aron & Aron, 1997: Aron, Aron & Jagiellowicz, 2012 )」というパーソナリティ特性がアロンらによって定義され、環境に対する感受性の高低差をスペクトラム的に捉えたものが注目を浴びつつある。現在SPSの高い人々を「HSP(Highly Sensitive Person)」と呼び、「環境に対して過敏な反応をする人」として日本でも認知されつつある。筆者は感覚処理感受性に関する検査は受けたことがないが、常に環境に圧倒されているような感覚をもち、他者の姿勢や表情を過剰に読み込み、相手が不機嫌にならないよう全身体で相手に「協応」しようとする結果、自己感覚の不在や身体的な消耗を繰り返している。このような無自覚的な身体表現は、多かれ少なかれフィールドワークにおいてデータに影響を与えると考える。しかし、ここにこそ、本研究の明らかにしたい部分が隠されている。つまり、人と人が集う場における、身体的な「協応」や「不協応」が、実践や人々のあり方の変容と切り離せない問題だとすれば、言語的なコミュニケーションのみならず、身体的な「一致」や「安定」、あるいは「ズレ」や「不安的さ」を捉える必要がある。人々がいかなる身体的な(不)協応関係によって文化を維持し、あるいは変容させ、参加する人々あるいは調査者を変容させるのだろうか。それは一つの大きな物語ではなく、幾千の物語の一つではあるが、ある実践への小さな入り口から見える、生成変化の様相を本研究において捉えたいと考える。
このような問題関心のもと、本報告ではフィールドワークで得たいくつかのデータを分析したものを発表する予定である。大会後に再び調査へ行くので、皆様からのコメントをいただき修正しながら良い研究にしていきたいと考えている。

調査における倫理的配慮について
対象団体理事および研究協力者に対し、インフォームド・コンセントおよびプライバシー保護について口頭・書面にて説明し承認を得た。調査中に協力者に精神的苦痛などが生じた場合は同意撤回が可能であるようにし、発表の際の個人情報の保護には十分配慮する。

参考文献
Aron, E. N., & Aron, A. (1997). Sensory-processing sensitivity and its relation to introversion and emotionality. Journal of Personality and Social Psychology, 73, 345-368.
Aron, E. & Aron, A. & Jagiellowicz, J. (2012). “Sensory Processing Sensitivity: A Review in the Light of the Evolution of Biological Responsivity”. In Personality and Social Psychology Review XX(X). 1-21.
高木光太郎 (2020) 「回想の表情/姿勢とその揺らぎ-供述聴取のテクノロジーをめぐって」 西井涼子・箭内匡編『アフェクトゥス-生の外側に触れる』 319-342頁、京都大学学術出版会
箭内匡・西井涼子 (2020) 「アフェクトゥスとは何か?」 西井涼子・箭内匡編『アフェクトゥス-生の外側に触れる』 405-434頁、京都大学学術出版会