ポスター09

障害者に学ぶ災害対応:AFNに基づく災害対応に関する調査をもとに
渥美公秀(大阪大学)・石塚裕子(東北福祉大学)

災害時には、障害者・高齢者に被害が集中することはよく知られている。しかし、個々の障害者・高齢者の属性の脆弱さに問題があるというよりも、障害者・高齢者が災害に脆弱な生活環境のもとでの暮らしを余儀なくされているという社会システムに問題がある(石塚、2019)という認識は、それほど浸透していないように思われる。言い換えれば、災害対応の文脈では、平時の生活環境の改善(社会モデル)に対し、個人の属性に合わせた対応(個人モデル)が優勢である。実際、災害時要支援者を対象とした施策や個別避難計画といったきめ細かい災害対応が模索されてはいるが、そこに社会モデルの十分な浸透は見られず、個人モデルへと回帰するという懸念が払拭できないままである。
災害時の犠牲者を一人でも減らすことを目指すためには、個人モデルをもとに展開を図る選択肢と社会モデルをもとに展開を図る選択肢がある。例えば、個人の多様性に徹底的に配慮した個別対応計画を作成する個人モデルに依拠した選択肢と、先端技術を用いながら徹底的にユニバーサルな生活環境を整備する政策を実現する社会モデルに依拠した選択肢が両極となろう。現実には、こうした選択肢は、そのいずれも有効性をもって実現することは困難であろう。そこで、個人モデルー社会モデルという両軸から視点をずらし、災害時の「困りごと」に焦点を当ててみる。翻って考えれば、災害時には、障害者・高齢者だけでなく、被災者がすべて支援を求める要支援者となり得る。例えば、矯正視力によって日常生活を送っていた人が、災害によって眼鏡やコンタクトレンズを失えば、たちまち視覚的な支援が必要となる。だとすれば、いずれのモデルに依拠するかということを離れて、障害者・高齢者がこれまで平時から直面している「困りごと」への対応という”豊富な”経験知に学ぶことによって、災害時の「困りごと」に対応する方策を検討することができる。言い換えれば、「困りごと」に注目するという視点を確保することによって、障害者(障害学)・高齢者(老年学)(以下、障害者に記述を統一する)などが経験し議論してきた事柄の援用は、社会の災害対応力を向上させるはずである。
Brittingham(2014)によれば、アメリカでも、障害と災害は強く連動する分野とは言えなかった。そのため、災害対応における障害者、障害者対応における災害については、必ずしも高い関心が得られていなかった。しかし、ハリケーンカトリーナ(2005年)を契機として、災害と障害は無関係ではないことが社会的に共有されることになった。その際、障害を「困りごとAccess & Functional Needs(AFN)」という平時・災害時を問わない極めて広義の概念に包摂した。具体的には、英語が十分に話せない(ために情報が保障されない)、貧困、慢性疾患、妊娠、そして、一時的な移動困難など、いわゆる障害に分類されなくても、当該の文脈で困難があればそれをAFNとしてとらえることになった。
筆者らは、AFNに依拠した災害対応を先進的に実施しているカリフォルニア州で現地調査を実施した。調査は2回実施した。2019年の第1回調査では、カリフォルニア州政府で担当者に経緯、背景、現状、展望などを尋ね、ベイエリアの郡災害対応部署を見学して平常時・災害時の対応について聞き取りを行った。第2回の調査は2022年に同州北部にある2つの自立生活支援センターで実施した。具体的には、山火事の発生と停電に備えて発電機を配布する活動に参加するとともに、障害の有無に関わらずAFNを相談できる組織運営について尋ねた。両調査において、調査協力者には調査の趣旨を説明し、同意を得た上で実施した。
その結果、AFNに基づく災害体制は全米に広がりつつあること、先進的な災害対応部署では障害当事者がAFN担当者として常駐していること、電力会社の支援を得て社会経済的困難にある人々に蓄電池を配布する際に多様な事柄の相談に応じる訪問活動が展開されていること、オンラインを駆使したAFN対応体制が自立生活支援センターで活発に展開されていることが確認された。そして、いずれの調査場面でも、障害者が中心となって困りごと(AFN)とその対応を検討し、障害者の直面してきた困りごとへの対応の経験を基に、現場に依拠したボトムアップの対応がなされていた。
確かに、AFNという概念は、災害時の個人モデルー社会モデルといった両軸を離れて、よりインクルーシブに災害対応を展開していくことに十分寄与すると考えられる。しかし、その前提となるのは、障害者がその経験を基に対応していくボトムアップの体制が確立されていることであった。今後、AFNを取り入れた災害対応を構想する際には、まずもって、平時から障害者・高齢者が参画し、AFNを伝え合うことのできる場、AFNへの対応をボトムアップで実施していくことのできる場の構築が求められる。平時から”障害“をたくさん経験している障害者に学ぶことからはじめる必要(石塚、2019)が改めて確認された。