障害児者のきょうだいの〈当事者宣言〉の可能性(1)
藤木和子(全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会)
山南達也(東京大学大学院総合文化研究科)
山本勝美(東京都保健所心理相談員協議会)
(目的)
本研究の目的は、障害児者のきょうだい同士が、互いの〈当事者宣言〉といいうる文章を基にして行った対話から、障害児者のきょうだいの〈当事者宣言〉が発展していくための可能性を探索することである。報告者藤木の弟には聴覚障害があり、山南の姉には知的障害と精神障害がある。
〈当事者宣言〉は「なんらかの当事者に依拠する主張を、言語的、あるいは、非言語的に宣言の形で行うすべての実践」として考えるということ、と説明されている(樫田2021:269)。樫田・小川編著『〈当事者宣言〉の社会学―言葉とカテゴリー』(2021)においては、編者の他、15名の執筆者による<当事者宣言>論とともに、巻末の資料編では「触常者宣言」、「アブノーマライゼーション宣言」、「吃音者宣言」、「だめ連宣言」、「女性および女性市民の諸権利の宣言」、「男性非暴力宣言」の宣言本文が掲載されている。
同書ではきょうだいや家族の立場による<当事者宣言>は取り上げられていないが、参考文献に挙げた報告者山南、藤木の文章は<当事者宣言>に該当しうるといえよう。両者の文章の共通点は、①きょうだいという立場の中途半端さから社会的な注目を浴びにくい、関心を持たれにくい、発信しなければ知ってもらえることのない苦しみ、曖昧な生きづらさを告白し、自分も当事者であると手を挙げた点、そして、②山南が自分の文章に「罪を背負って」という題を付けたように、「僕が傷を公開すると、秘密の暴露や糾弾を通して、必然的に家族に傷を負わせてしまう」宿命を覚悟し、それでも「言葉の力を信じて」「だからこそ、僕は他者の抱える罪を赦せる人でありたい。お互いさま、と微笑しながら。」という懺悔と祈りを込めている点である(山南2019:94-96、藤木2022:2-5参照)。本報告は、このような障害児者のきょうだいの〈当事者宣言〉が発展していくための可能性を探求する入口としたい。
(方法)
本発表は、障害児者のきょうだいの当事者である藤木と山南が、互いの文章を基にして行った対話を行った。なお、両者は2019年頃から、きょうだいに関する活動を通して関わり合いがある。山本は心理カウンセラーとして、保健所で長年にわたり障害児の育児相談、優生保護法についての活動を行ってきた立場から助言を行った。
(倫理的配慮)
本発表は発表者らの語りをもとにしており、研究上の目的で使用することについて確認し、承諾している。
(対話の概要)
藤木が障害児者のきょうだいとしての活動や発信活動を開始したのは2011年であるが、2000年代前半の学生時代から、青い芝の会の「行動綱領」、「ろう文化宣言」、ジェンダー論等に影響を受け、どうしたら障害児者のきょうだいの活動に応用できるか、を意識してきた。その中で、藤木は、山南の「罪を背負って」(2019)の、①②に共感(特に②の覚悟に)するとともに、自身が意識してきた上記の〈当事者宣言〉に匹敵する本質的な何かを直感した。2019年当時の山南は、藤木とのやりとりで、「きょうだいの取るべき立ち位置は難しい。文章として大々的に発信するとなると被害者面できない。今の未成熟な社会ではまだまだ無理なのだろう(批判されるし、僕自身が心理的に書けない)。だが、社会の被害者あるいは社会問題の当事者としての一側面が文章自体から滲み出ていると良いなと思う。」と語っている。
2021年から政府が本格的にヤングケアラー(障害児のきょうだいを含む)に取り組むようになり、藤木は官庁、自治体、教育委員会等の場に呼ばれて、自身の経験や活動について語る機会が格段に増えた。このような時世のなかで、藤木が、障害児者のきょうだいの〈当事者宣言〉が発展していくための可能性をテーマに山南に対話を持ちかけたところ、山南は「単に障害児者のきょうだいという一つのカテゴリーの存在を世に知らしめることや体験談以上の、支配的な価値観を揺さぶるような何かを打ち出すことができれば尚良いと考えているが、なかなか悩ましい。」と語った。藤木は「最終的には、個々人の宣言になると思うが、きょうだいが楽しく元気に生きていけるための指針(自分のためには活動を持続的に発展させていけるようにするための指針も含む)となるような宣言がほしい」という自身のニーズを語った。ひとまずは、他の〈当事者宣言〉等を参考に、障害児者のきょうだい宣言を箇条書きで3~5項目程のシンプルな形で試作してみることで、見えてくるものがあるかもしれない、ということになった。
(参考文献)
(報告者らに関するもの)
山南達也(2019)「罪を背負って」、野澤和弘編著、「障害者のリアルに迫る」東大ゼミ著『なんとなくは、生きられない。』ぶどう社、85-96頁
藤木和子(2022)『「障害」ある人の「きょうだい」としての私』岩波書店
(当事者宣言に関するもの)
樫田美雄(2021)「〈当事者宣言〉という活動―社会学の未来を照らす人々の実践―」、樫田美雄・小川信彦編著(2021)『<当事者宣言>の社会学―言葉とカテゴリー』東信堂、269-289頁