ポスター06

「超多様性」と「障害の社会モデル」の接点を考える—「アイデンティティ」と「アッサンブラージュ」に注目して—
宮崎康支(関西学院大学客員研究員)・松岡克尚(関西学院大学)・原順子(四天王寺大学)

移民研究の文脈でVertovec(2007=2020)が多様性の複雑化を指した「超多様性」概念に注目が集まっているが、障害との関連ではKirwan (2022)などが論じた程度でその俎上に上ることはまだ少ない。宮崎(2020)は超多様性社会においても合理的配慮により障害者の包摂が可能と結論付けた。宮崎ら(2022)は超多様性概念を軸に障害学と移民研究の協働が「共生」実現に貢献し得ることを述べ、超多様性下での社会的障壁の多様化が障害の社会モデルを進化させる契機になると指摘した。しかし、超多様性概念と社会モデルとの具体的な接続については整理が必要である。そこで、この接続の方向性を考えるにあたり、「アイデンティティ」と「アッサンブラージュ」の2概念を取り上げてみる。
超多様性の下でアイデンティティの多様化が不可避になると、「障害者アイデンティティ」は揺らぐものであろうか。Blommaert & Varis(2011)は、ベルギーのパブなどの事例から、文化的な「充分さ」が超多様性下におけるアイデンティティを調整していることを示唆した。また、上野(2005: 35)が「実際のところ、多くの人々は、アイデンティティの統合を欠いても逸脱的な存在になることなく社会生活を送っている」と述べているとおり、インターセクショナルにアイデンティティが多層化したとしても、障害者アイデンティティが大きなアイデンティティの中で包摂され、維持され得ることは可能である。
とはいえ、超多様性概念によって単純な二元論の超克が求められているのは確かである。宮崎(2020)は、三宅(2016)による「日本人」「外国人」の二分論への批判を踏まえ、超多様性進行によって従前の二元論の限界を指摘した。ここで、健常者社会への障害者による異議申立てに端を発し、「障害者」「健常者社会」の二元論的に見られがちな社会モデルへの疑義が生じる。超多様性の下では両者ともが多様化せざるを得ないからである。
辰巳(2022)は、インペアメントとディスアビリティの両者を二項対立ではなく「アッサンブラージュ」として一体的に論じようとする、批判的障害学の潮流を紹介している。仮にこの議論を多様性言説全般に延長させると、障害者と健常者社会のアッサンブラージュ自体が超多様化しているという単純化が可能になる。この議論を踏まえれば、超多様性の進行は「障害者」を埋没させ、喪失させることにつながらないという意味では「障害の」社会モデルは維持され得る一方で、障害者と健常者社会のアッサンブラージュの多様化を前提にした社会モデルの進化が求められることになる。
以上、超多様性の下で障害者と健常者社会の双方が複雑化し、障害者アイデンティティが揺らいだとしても、こうした新しい環境を取り込み、社会モデルを一層堅固にしていくことが求められている。
本報告は、JSPS科研費JP22K01998の助成を受けた。研究遂行にあたり各報告者の所属機関および日本社会福祉学会の倫理指針を遵守した。原稿においては自説と他説を峻別した。
【文献】
Blommaert, J. & Varis, P. 2011, “Enough is enough: The heuristics of authenticity in superdiversity.” Tilburg Papers in Culture Studies 2: 1-13.
Kirwan, G. ,2022. “Superdiversity Re-imagined: Applying Superdiversity Theory to Research Beyond Migration Studies,” Current Sociology, 70(2): 193-209.
三宅和子, 2016, 「社会言語学の新潮流: ‘Superdiversity’が意味するもの」, 『早稲田日本語教育学』, 20: 99-104.
宮崎康支, 2020,「Super-diversity(超多様性)は日本の障害当事者を包摂するか」障害学会第17回大会.
宮崎康支・松岡克尚・原順子, 2022, 「障害学と移民研究の接点を考える—Steven Vertovecによる超多様性概念を軸にして—」障害学会第19回大会.
辰巳一輝, 2022,「『社会モデル』以後の現代障害学における『新たな関係の理論』の探求」,『思想』, 1176:46-64.
上野千鶴子, 2005, 「脱アイデンティティの理論」上野千鶴子編『脱アイデンティティ』勁草書房, 1-41.
Vertovec, S., 2007, “Super-diversity and Its Implications,” Ethnic and Racial Studies, 30(6): 1024-1054. (=齋藤僚介・尾藤央延(訳), 2020, 「スーパーダイバーシティとその含意」, 『理論と動態』, 13: 68-97).