ポスター04

英国における「人権としてのインクルーシブ教育」
――最重度の重複障害のある子どもを受け入れるインクルーシブスクールの実践
堀 智久(名寄市立大学)

1 はじめに

1.1 研究目的
本研究の目的は、ロンドン・ニューハムに所在するX校を対象に、「人権としてのインクルーシブ教育」がいかにして実践されているのかを明らかにすることである。ここで「人権としてのインクルーシブ教育」とは、学校全体の改革を通して、障害のある子どものみならず、すべての子どもの包摂を目指す取り組みである。本研究では、すべての子どもの教育的ニーズに応えるアプローチと、最重度の重複障害のある子どもの教育的ニーズに応えるアプローチがどのように接続しているのかという点を視野に入れながら、X校のインクルーシブ教育がいかにして実践されているのかを詳らかにしたい。

1.2 研究方法
X校は普通小学校であり、また最重度の重複障害のある子どもを受け入れるリソース提供校である。X校には、現在500人程度の子どもが在籍している。そのうち、SENサポートのある子どもが80人程度(16%)、EHCプランのある子どもが21人(4.4%)である。また、英語を第二言語とする子どもが82%、無償学校給食(Free School Meals)の支給対象となっている子どもが33%程度在籍する。
本研究では、データの収集にあたって、フィールドワークおよび文献調査を実施した。校長をはじめとするX校の関係者(計10人)にインタビュー調査を行ったほか、授業参観をさせていただいた。また、文献資料として、X校のさまざまなポリシー等のほか、X校の関係者からいただいた多くの資料を活用した。
なお、本研究の遂行にあたっては、リーズ大学の倫理委員会の審査を受け、承認を得ている(AREA 21-159)。

2 すべての子どもの教育的ニーズに応える

2.1 英語学習(読み書き)の重視
X校では、乳幼児期基礎段階(Early Years Foundation Stage)から読み書きの指導に力が入れられている。ナーサリーからフォニックスの学習があるのみならず、毎日読書の時間や宿題があり、読書習慣の形成が強く促されている。また、コア科目の学習に多くの時間が割かれており、読み(Reading)、書き(Writing)、算数(Mathematics)の全国テストでのX校の高いスコアにつながっている。

2.2 差別化され個別化された対応
2015年SENDコード・オブ・プラクティスでは、「差別化され個別化された質の高い授業」(SEND Code of Practice, 1.24)が、特別な教育的ニーズのある子どもへの対応に先立って求められている。普通学級では、5,6人のグループに分かれて座るが、とくに読み書きや算数の授業では、子どもの学力に応じてグループ編成がなされている。学校にはさまざまな能力の子どもがいることを前提に、差別化され個別化された対応が図られている。

3 障害のある子どもの教育的ニーズに応える

3.1 障害のある子どもを受け入れる体制
X校はリソース提供校であることから、通常であれば特別学校にしかない人員や設備を備えている。たとえば、X校には、最重度の重複障害のある子どもが学ぶリソーススペースがあり、そこではTAや保育士によるマンツーマンを基本とする手厚い支援による授業が行われている。また、X校では、SENCOの資格をもつインクルージョン・マネージャーが中心になって、組織的なインクルーシブ教育の取り組みがなされている。

3.2 どこで学ぶか、何を学ぶか
以下、便宜的に①学ぶ場所、②学習内容の観点から、X校のインクルーシブ教育を3つの形態に分ける。
第一に、すべての時間を普通学級で過ごし、また同学年の子どもと同じカリキュラムで学んでいるケースである。たとえば、その子どもに重度の肢体不自由や言語障害などがありながらも知的障害がなく、他の子どもと同じ学習内容に取り組めるケースなどである。
第二に、すべての時間を普通学級で過ごすが、教科によっては同学年の子どもとは異なるカリキュラムで学んでいるケースである。たとえば、その子どもに軽度あるいは中度の知的障害があり、プレキーステージのカリキュラムが使用されるケースなどである。
第三に、音楽や体育などの一部の科目、また給食や休み時間などは、健常の子どもと同じ場所で過ごすが、それ以外はリソーススペースで健常の子どもとは異なるカリキュラムで学んでいるケースである。たとえば、その子どもに最重度の重複障害があり、著しい発達の遅れが見られることから、リソーススペースでエンゲージメントモデルを活用した授業が行われるケースなどである。

4 おわりに
当日の報告では、X校に見られる特徴として、①「人権としてのインクルーシブ教育」、②差異的処遇の一貫性、③親にとって精神的支柱としての学校、④特別学校の機能をあわせもつ普通学校、という4点を指摘し、さらなる議論を展開したい。