高次脳機能障害のある人は生活の中での症状の管理をどう語るのか
澤岡 友輝(さわおか ゆうき)立命館大学大学院先端総合学術研究科
■報告キーワード
見えない障害 / ライフヒストリー
■報告要旨
本報告の目的は,症状の普遍性が問題となる高次脳機能障害者が行う症状の管理についての理解を試みるものである.高次脳機能障害とは,事故や病気など脳損傷に起因する後天的な障害である.その症状は,忘れやすい・怒りやすいなど高次脳機能障害のない人たちとも一般的に共通していて,日常生活動作も自立している場合が少なくない.そういった特徴から高次脳機能障害は,見えない障害とされる.
高次脳機能障害の特徴と似たところのある若年性認知症について丹野は,診断されて生活は激変するのだが,それは認知症の症状によるものではなく,社会にある誤解や偏見で周囲の意識が変わってしまうからだという(丹野 2021).本人が隠そうとする理由にはそのような背景もかかわっており,その実践は,身体的特徴のある者・見えない属性を持つ者が属性を隠したり,明かしたりするなど研究はかなりの蓄積がある(Anselm et al. 1984; 秋風 2013).たとえば顔にあざのある女性は,就職や他者との関係などに対してカムフラージュメイクを用いた対処戦略があるが,それゆえに新たに生じる問題経験が具体的に描かれている(西倉 2019).これまで,ゴフマンが論じた「パッシング」(Goffman 1963=2001: 127)が,さまざまな研究で応用されてきている.他方で,手や足がないなど身体の欠損・機能不全となると,隠しようのないこともある.そこでは,隠せないから居直るという姿勢もありうる.
高次脳機能障害に関する研究では,高次脳機能障害による生活のしづらさ(林 2018)や高次脳機能障害の開示に伴うジレンマ(澤岡 2022)が明らかにされてきた.しかし,高次脳機能障害による一般的に共通する症状を隠すこと・管理することについては言及できていない.というのは,高次脳機能障害には,「複数の症状がお互いに関連する」,「環境との相互作用で起こる症状がある」などの特徴もある(斎藤・大場 2017:13-14).そのため,多くの人がするように,あるいは他のパッシング実践でも先行研究で確認した通り,ごまかしたり,道具や技術で隠そうとする実践と同じようにはならないだろう.そのことは,高次脳機能障害のない人たちにも日常的にありうる態度を,高次脳機能障害のある人は管理していることになる.だとすると,高次脳機能障害者の実践はどのように語られるのだろうか.
報告者は,就労する高次脳機能障害者8名に半構造化インタビューを行い,1名を分析対象とした.受傷前の経験と受傷後の経験が本人の実践にどのようにかかわっているのか記述・分析するため,ライフヒストリー法を採用した.学会大会報告では,高次脳機能障害による症状を隠そうとすることにある難しさと,管理する実践を本人がどのように考えているのか分析・考察して報告する.
【主要参考文献】
秋風千惠,2013,『軽度障害の社会学――「異化&統合」をめざして』ハーベスト社.
Anselm L. Strauss, J. Corbin, S. Fagerhaugh, Barney G. Glaser, D. Maines, B. Suczek, C. L. Wiener,1984, Chronic Illness and the Quality of Life (Second edition),The C.V. Mosby Company, Saint Louis.: (南 裕子, 木下康仁, 野嶋佐由美訳, 1987,『慢性疾患を生きる――ケアとクオリティ・ライフの接点』医学書院. )
Goffman, E.,1963, STIGMA: Notes on the Management of Spoiled Identity, Prentice-Hall.: (石黒毅訳,2001,『スティグマの社会学――烙印を押されたアイデンティティ』せりか書房.)
林眞帆,2018,『高次脳機能障害のある人とソーシャルワーク実践――本人の力を活用した援助の可能性』相川書房.
西倉実季,2009,『顔にあざのある女性たち――「問題経験の語り」の社会学』生活書院.
斎藤薫・大場龍男,2017,『高次脳機能障害のある人への復職・就職ガイドブック』中央法規.
澤岡友輝,2022,「高次脳機能障害と戦略的自己開示――就労とジレンマに焦点を当てて――」『立命館人間科学研究』44: 1-14.
丹野智文,2021,『認知症の私から見える社会』講談社.
【倫理的配慮】
研究参加者へはインタビュー前に文書と口頭で研究趣旨を説明し,同意を得た.インタビュー途中やインタビュー終了後であっても,研究参加への同意を撤回することが可能であり,研究参加者に対して不利益がないことを説明した.また,立命館大学における人を対象とする研究倫理審査に申請し承認を受けて実施した(衣笠-人-2021-117).
本研究は,公益財団法人ユニベール財団の2021年度研究助成を受けて行った研究の一部である.