自由報告2-1

報告要旨「「青い芝」の一源流としての大仏空――そのテクストと思想」
山﨑 亮(島根大学)

大仏空(1930-84)は1964年、みずからが住職を務める閑居山願成寺を開放して、脳性マヒ者の生活共同体「マハラバ村」を立ち上げ、横田弘(1933-2013)や横塚晃一(1935-78)らによる後の「青い芝の会」(以下「青い芝」)の運動に大きな影響を与えたとされる。けれども彼の思想については、その著作がほとんど知られていないこともあって、ヴェールに包まれたままであった。報告者はこの5年ほど、大仏の娘である増田レアさんの全面的な協力のもと、大仏の著作の収集に努めてきた。その成果に基づいて「大仏空著作集」を公表中であるが、今回の報告では、そのテクストの全体像を提示し、大仏の思想と「青い芝」との接点について考えてみたい。
大仏のテクストの大半は、文学や宗教、郷土史等に関わる同人誌的な雑誌やパンフレットの形で公にされており、そのほとんどが直接にはアクセス困難な状況にある。報告者は現在までのところ、書簡や講義録等未公開のものも含めて29点の大仏の著述を確認しているが、現在刊行中の著作集では、そのなかから18点を選び、Ⅰ「基底としての「宗教」」、Ⅱ「障害者解放に向けて」、Ⅲ「みずからを語る」、Ⅳ「歴史へのまなざし」、Ⅴ「晩年の思索」の5つのセクションに分け、現在までにⅠ~Ⅲを公表している*。
簡単に整理すると、Ⅰは50年代後半から60年代後半まで、主に『しののめ』や『親鸞』に掲載された宗教関連の論考、Ⅱはいわゆる「マハラバ村」崩壊後、「青い芝」とも関わりながら70年代に主にパンフレットの形で発表された障害者関連の論考、Ⅲは1975年8月、大仏がみずからの半生や思想的背景も含めて率直に語ったロングインタビュー、Ⅳは本願寺の成立や将門伝承をめぐる歴史的・民俗的考察、Ⅴは1984年、大仏晩年の思索を包括する私信である。今回の報告ではこのなかでも、50年代後半の謄写版刷りの小冊子『聖道 念仏義抄文』(写真①はその表紙と裏表紙、写真②は見返しと1頁)、1966年の小文「最大の念仏者 キリスト」(写真③はその1頁目)、おそらく1975年刊行のパンフレット『CP解放運動のめざすもの』(写真④はその表紙、写真⑤は奥付)という、これまで知られていなかった3点に焦点を絞る。
前二者は、大仏が独自の念仏解釈を展開したものであるが、これについては後で触れる。後者は、全国「青い芝」の発行によるもので、横塚晃一の代表作「ある障害者運動の目指すもの」(1974年)を改題し、3節構成を5節構成にした上で、大仏による「解説」(註記)を付している。これは、「ある障害者運動の目指すもの」の第3節で横塚が大仏の思想を解説した部分への応答という性格をもつが、それは同時に、横塚の死後、1979年に大仏が矢継ぎ早に公表する3編のパンフレットの起点をなすものでもある。その集大成が同年12月横塚りゑ方「解放理論研究会」発行の『CP解放運動のめざすもの(他2編)』であり、そこには「CP解放運動のめざすもの」のほかに横塚の遺稿「社会科学としての労働」も含まれ、さらに大仏による「解説」では、労働価値説や弁証法、毛沢東思想等も参照・援用しつつ、独自の障害者解放思想が展開されることになる。
一方、前者の『聖道 念仏義抄文』と「最大の念仏者 キリスト」については、若干の補足的な説明が必要である。大仏の父晃雄は、一時救世軍(プロテスタント)にも参加した異色の僧侶であったが、空はその父に反発し、10代後半で出奔、全国を放浪するなかで18歳のときカトリックの洗礼を受けている。彼は周知のように親鸞の『歎異抄』を援用して障害者自立の論理を展開するのであるが、それはあくまで自身のカトリックの信仰を前提とするものであった。この点は『念仏義抄文』にも窺える。その冒頭で大仏は、「南無阿弥陀仏」の念仏に独自の解釈を施して、これを「帰命無限正覚」(限りなく目覚めることに帰命する)と「訳す」。一般的には「南無阿弥陀仏」は阿弥陀如来への帰依を意味するのだが、カトリックの信仰を基盤とする大仏は、阿弥陀如来を「信」の対象とみなすことを避け、「限りなく自己に目覚める」すなわち自覚の徹底として念仏をとらえなおすのである。さらに「最大の念仏者 キリスト」では、十字架上のイエスの最期の言葉「神よ神よ、何故われを見棄て給まいしや」を取り上げ、絶望の果てに神(絶対者)に対して投げつけられたこの絶叫こそが「真の念仏」であるとみなす。これもまた、カトリックと仏教との折り合いをつける試みと見ることもできようが、いずれにせよ大仏が理解する「念仏」には、徹底した自覚と絶対者に対する叫びという二重の意味が込められているのであり、それは、その後の彼の思想に一貫する基底だったと言える。「マハラバ(大いなる叫び)村」という名称も、あるいは「われらは自らがCP者である事を自覚する」の綱領も、このような大仏独自の念仏解釈を背景にしてはじめて成立したと見ることができるだろう。

*山﨑亮編「大仏空著作集(一)――Ⅰ基底としての「宗教」」(『島根大学社会福祉論集』8、2022、pp.1-22)、同編「大仏空著作集(二)――Ⅱ障害者解放に向けて/Ⅲみずからを語る」(『島根大学人間科学部紀要』6、2023、pp.27-82)

「「青い芝」の一源流としての大仏空」添付画像(PDFファイル)