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質疑応答は文章末です


障害とテクノロジーの概念整理に向けた試論(2)――1999年以後の共用品をめぐる議論を手がかりに

青木千帆子(早稲田大学人間科学学術院)


1 目的

飯野・星加・西倉はその著書において、日本における「社会モデル」の認知度の向上を評価する一方、「社会モデル」の誤解・誤用に基づく混乱が生じていることを指摘している。そして「社会モデル」の説明を、①発生メカニズムの社会性、②解決手段の社会性、③解消責任の社会帰属という3つの位相から分析し、①発生メカニズムの社会性の認識が社会モデルの要諦であると述べている1)。
さて、2021年度第18回障害学会で筆者が行った報告において、共用品推進機構の前身であるE&Cプロジェクトにおける議論が「障害者の使う道具=専用品、小規模少量生産」というビジネスモデルからの転換を図るものであり、「共生のインターフェイスづくりを目指す社会的克服論2)」と表現しうる考えに基づくものだったことを紹介した3)。当時のE&Cの議論において「障害の社会モデル」という言葉が登場することはないが、社会モデル的な発想をしていることが読み取れる資料が数多く存在する。例えば、E&C結成時からのメンバーである長島は、共用品普及の条件として次のような理解の必要性を述べている。

ハンディキャップは一般に健常者と障害者の機能の差として語られることが多いが、状況によってその立場が逆転することを知らなければならない。暗闇や手探り状況では、だれでも一時的だが視覚障害者になる。また騒音の中や距離の離れたコミュニケーションでは手話の方がはるかに有効であろう。(中略)こうしたことに言及するのは、ハンディキャップの実態をもっと多面的で自由な観点からとらえ直すことの必要性に思いを至らせたいからである。そうしたことから、「バリアフリー」に対する人々の認識に新たな地平が開かれるのではないか。「共用品」はこうした前提があって初めて現代的なテーマとなり得るのだと思う4)。

 この文章には用語の古さがあるものの、共用品に取り組む上で社会モデル的な観点から障害を捉え直す必要があると主張していることが読み取れる。しかし、このような議論がある一方で、共用品の概念がISO/IECガイド71として国際標準化された際の解説書には、次のような記述がみられる。

第2次世界大戦以後、当初はメデイカルな形で障害を規定する考え方が主流であり、その当時は「インペアメント(Impairments)」、つまり「身体機能障害」と定義された。
1960年代以降、変化が生じる。アメリカでは「公民権法」が制定され、平等意識が一段と強くなった結果、それまで一般的であった「ハンディキャップ(Handicaps)」という言葉の意味が大きく変化し、今日では「社会的不利」を表す場合にのみ限定的に使用される表現となっている。
この概念はさらに進化し、現在、障害者を表す場合は専ら「ディスアビリティーズ(Disabilities)」という言葉が使われるようになっている。これは、身体機能障害に伴う「身体能力の低下」を意味する5)。

 この文章は、共用品の意義を説くために、障害の概念の変化を説明する箇所にある。障害学会の会員に対しては言うまでもないが、Disabilityは社会モデルの考え方に基づき用いられるようになった言葉である。だが、引用した文章では、障害の発生メカニズムが個人に帰属される個人モデルにすり替わっている。
ここでは対比的な文章を選んでいるため、このような理解が共用品に取り組む人々全員の理解ではない点に留意する必要がある。だが、飯野らが指摘している「社会モデル」の誤解・誤用に類する混乱は、共用品の概念においても生じていたことが分かる。そこで、飯野らが分析に用いた3つの位相を援用して共用品の概念が広まる過程の議論を分析することで、共用品やユニバーサルデザインが社会に普及する際の課題に関する手がかりを得られるのではないかと考えた。このため本稿では、1999年に公益財団法人化された後の共用品に関する議論の変遷をたどることにした。

2 方法

以上の目的のため、筆者は共用品推進機構が隔月で発行している情報誌『インクル』を通読した。『インクル』は、E&Cプロジェクトが共用品推進機構へと財団法人化されたことをきっかけに、1999年7月より刊行されている機関紙である。現在も隔月で刊行されており、2022年7月末時点で139号まで発行されている。『共用品白書』では共用品の歩みを、①草創期(1970年代)、②萌芽期(1980年代)、③開花期(1990年代)、④普及期(2000年代)の4つの時期に分けて整理している6)。『インクル』は④普及期の議論をカバーしていることになり、共用品の概念が広まる過程の議論を追うのに適した媒体であると考える。
なお、『インクル』が年に6回発行される機関誌であることから、引用は注釈に記載した。また、本調査では『インクル』に加え、関連する文献を通読し、共用品推進機構に関係する人々へのインタビューも並行して進めている。

3 結果

財団法人化された後の共用品に関する議論は、①概念の定着、②参入企業の拡大、③共用品の心、④良かったこと調査の4項目から整理することができる。以下、順に『インクル』における議論を紹介していく。

3.1 ①概念の定着
1993年福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律、1997年介護保険法を追い風に活動を拡大したE&Cプロジェクトは、1999年に「公益財団法人共用品推進機構」として法人化された。法人化後の主な取組としては、①共用品・共用サービスの基準策定、②それらに基づく市場規模調査、③国際標準化を柱に活動が展開されている6)。
「共用品」という言葉は、法人化される前からある程度知られていた。朝日新聞クロスサーチを用いて朝日新聞に掲載された共用品に関する議論を検索すると、共用品が新聞記事に登場するのは1993年からで、当時は年間数件の記事が掲載されている。しかし、法人化後の1999年から2003年の間に、年間10件以上の記事が掲載されるようになる。この時期は、1998年に通商産業省福祉用具懇談会の第三次中間報告で共用品特集が組まれたり、2000年障害者白書で共用品の項目が設けられたりするなど、政治的な文脈での認知度も上がっている。この状況を受け、機構の事務局長を務める星川は「『共用品』の考え方が市民権を得ることになった」と述べ、次のような展望を描いている。

この20年間の変化は喜びであり、感謝に堪えないが、その半面、課題も多く残っている。
1つは企業。多くの企業が「社会貢献」「超高齢社会への対応」「企業イメージの向上」などさまざまな入り口から、「共用品推進」というフロアに入る。だが、その途端、この部屋でできることは限られていると気づき、大半は次の階へと向かう。
ただし、次の部屋に進む通路は完成しているとは限らない。半ばで途切れ、自らの手で作り上げなくてはいけない通路の方がむしろ多いのだ7)。

  3.2 ②参入企業の拡大
共用品については、1995年から現在まで続く市場規模調査が存在する。これは、通商産業省の委託事業としてスタートしたもので、当時の担当者は市場規模調査を始めた意図を、市場規模を示すことによって参入企業が増え、共用品に関する取り組みが広がっていくよう「磁場をかける」産業政策だったと説明している(2022年3月22日のインタビューより)。最新の調査を見ると、1995年の開始時は4869億円だった市場規模が、2000年には21924億円、2007年には32396億円と、猛烈な勢いで拡大している8)。
『インクル』12号には、企業に対し共用品市場に参入した動機についてアンケート調査を実施した結果が掲載されている。「最重要」と「重要」の2段階の回答があり、最重要要因としてはマーケットの拡大、社会貢献活動、顧客からのクレームや要望の対応の順に回答が多い。重要な要因としては、企業イメージの向上、社会貢献活動、マーケットの拡大、顧客からのクレームや要望の対応の順に回答が多い9)。
このような中、E&C結成時のメンバーは『インクル』誌上で、次のような議論を交わしている。

「志を持ったプロフェショナル」が集まって共用品に関する活動をやっているうちはまだだめで、「志のないプロフェッショナル」が集まってきたら本物だと。(中略)共用品やユニバーサルデザインが身近になることは結構だが、魑魅魍魎対策も今後は必要だと思う10)。

これらのUD、バリアフリーの動きが一過性の流行でなく、「もの」や「こと」の開発を考える際の基本思想として継承され、定着するまで見守る必要があろう11)。

 では、基本思想とは何で、魑魅魍魎対策としてはどのようなことが行われていたのか。『インクル』10号では、共用品であるか否かの判断基準が求められるようになり、共用品の定義と原則が見直されたことが報告されている。

【定義】2000年度版
身体的な特性や障害にかかわりなく、より多くの人々が共に利用しやすい製品・施設・サービス。
【原則】2000年度版
①多様な人々の身体・知覚特性に対応しやすい。
②視覚・聴覚・触覚など複数の方法により、わかりやすくコミュニケーションできる。
③直感的でわかりやすく、心理負担が少なく操作・利用ができる。
④弱い力で扱える、移動・接近が楽など、身体的負担が少なく、利用しやすい。
⑤素材・構造・機能・手順・環境などが配慮され、安全に利用できる12)。

このような基準は、その後、ガイド71等の標準規格を策定する形に昇華されていった13)。加えて、「共用品選定委員会14)」「“認めて応援する”CSR研究会15)」「アクセシブルデザインの認証制度16)」など、あるべき共用品の姿を範として示そうとする取組があったことも読み取れる。

3.3 ③共用品の心
共用品の基本思想に関して『インクル』では、心の問題も語られている。例えば次のような記述がみられる。

デザインするのも「心」がないとできない。(中略)よく「自分自身がこのデザインが好きだから」とか、「こういうことをするのが好きだから」とか自分の気持ちからスタートさせる人がいるけど、私はそうじゃないと思う。社会が、使う人が、今何を必要としているか、ちゃんと踏まえたうえで自分のオリジナリティーを出すことが大事です17)。

誰もが高齢者や障害者のために良かれと思って議論している。問題は議論の“心”である。目的を同じにしながらも、その“心”に温度差を感じるのは私だけであろうか18)。

 初期の『インクル』において、共用品の発想は「ちょっとした配慮や工夫19)」にあるとされていた。だが、参入する企業が増える中、「ちょっとした」という主観的な尺度の認識に差があることが、心が論じられる背景にあったのではないかと考えられる。それは、参加企業の中には、ユニバーサルデザインの自社ルールを何度も検討する企業もあれば、形だけで終わる企業もあったことが、以下のような記事から伺われるからだ。

相談の電話がある度に、私は「またか」と少々、辟易する。(中略)それは、相談者に、点字さえ付けておけば、流行のユニバーサルデザイン、バリアフリーデザイン、アクセシブルデザインに沿っているという思い込みが見え隠れするからだ20)。

 共用品の認知度が高まり市場規模が拡大する中、流行に乗って、あるいは、手軽に企業イメージを改善する手段として参入してきた企業に対し何をどのように伝えたらよいのか、何が譲れない一歩なのか。このような点について、心という言葉を用いて論じ、模索していたことが読み取れる。

3.4 ④良かったこと調査
共用品推進機構やその前身のE&Cプロジェクトは、日常生活における不便さ調査を活動の主軸とし、その成果は標準化という形で結実した。その一方で、2013年になると、機構の取組は不便さ調査から「良かったこと調査」に切り替わり、以後今日まで続いている。その理由は次のように述べられている。

「不便さ調査」から始まったこの一連の流れは、今まで不足していた部分を補うことには大変有効だった。しかし、更に使い勝手の良い製品やサービスを作りだしていくためには、不便さを指摘するだけではなく、「良いモノ」や「良いコト」の情報を収集し整理分析等を行い、利用者及び提供者で情報を共有することがその突破口になると考えた21)。

  4 考察

以上、1999年に法人化された後の共用品に関する議論の変遷を、①概念の定着、②参入企業の拡大、③共用品の心、④良かったこと調査の4項目からたどった。ここからは、共用品の認知度が高まり参入する企業が増えることを歓迎する一方、手軽に企業イメージを改善したいという希望にどのように対応するのか、模索している様子が伺われる。
また、参入する企業が増えると、何が共用品で何がそうでないのか、定義や対象範囲を明示する必要が出てきたことも読み取れる。2000年に再定義された内容は、製品の機能的な側面に関するエッセンスが凝縮され、分かり易いものとなった。しかし、これを1996年時点の共用品の定義と比較してみると、ある違いがあることに気づく。

①身体的な障害・機能低下のある人も、ない人も、共に使いやすくなっているもの
②特定の人向けに作られた、いわゆる「専用品」ではないもの
③いつでも、どこでも、買ったり、使ったりできるもの
④他の製品・サービスに比べて、価格が高すぎないもの
⑤ずっと継続して製造・販売、もしくは提供されるもの22)

1996年の定義には、多くの消費者にとっては当然だが、障害者にとっては当たり前ではない現実が記されている。障害者が使う道具は専用の特別な製品が用意されがちで、それはいつでもどこでも買えるものではなく、さらに高価で、製造販売も打ち切られやすいものである。1996年の定義には、格差と不平等の存在が映し出されている。しかし、2000年度版の定義になると、この部分が捨象されている。
新規参入してきた人々に分かり易く伝えようとすると、2000年度版の定義になる理由も良く分かる。何をしたらよいのか、どのようなものを考えればよいのか、非常に明確である。だが、この定義から共用品の必要性に思い至る背景やプロセスを読み取ることは、難しい。2000年度版定義は、飯野らが指摘するところの②解決手段の社会性のみを伝えるものであり、格差や不平等の①発生メカニズムの社会性、③解消責任の社会帰属が、見えなくなっているのである。
このように整理してみると、『インクル』における議論が、心の問題から「良かったこと調査」へと移っていく理由も分かるように思われる。①発生メカニズムの社会性、③解消責任の社会帰属を伝えることは、新規参入してきた人々に対し、不平等の存在や自らの特権性を認識することを求めるため、難しさを伴う。そこでこれを断念し、②解決手段の社会性のみを伝えることに専念する。そう割り切ってしまうならば、「良かったこと調査」の方が、適切なように思われる。ポジティブなメッセージは、人々の想像力を膨らませ、社会的な解決を推し進め、格差や不平等に関する議論の不在を補ってくれるように錯覚させるからだ。
しかし、飯野らが指摘するように、「発生メカニズムの社会性を徹底しない限り、個人モデル的な知が容易に入り込んでくる1)」。それは冒頭に見たガイド71の解説書にある通りだ。共用品やユニバーサルデザインの普及を目指す取組が広がる中、水を差したくない。結果としてより良い製品が生み出されるならば、それで良い。そのような思いにより、②解決手段の社会性のみがエッセンスとして昇華され、①発生メカニズムの社会性、③解消責任の社会帰属に関する議論は後景化される。その結果、共用品やユニバーサルデザインの普及を目指す取組は、当初の目的から離れ、企業イメージを改善するための一手段となってしまうのである。

注と引用
1) 飯野由里子・星加良司・西倉実季 2022『「社会」を扱う新たなモード――「障害の社会モデル」の使い方』生活書院
2) 石川准 1999「障害,テクノロジー,アイデンティティ」『障害学への招待――社会,文化,ディスアビリティ』明石書店
3) 青木千帆子 2021「障害とテクノロジーの概念整理に向けた試論――1970~90年代の共用品をめぐる議論を手がかりに」第19回障害学会大会。ただしこの報告には調査不足による誤りがある。
4) 長島純之 1994「『共用品』普及の条件と課題」E&Cプロジェクト編『「バリアフリー」の商品開発―ヒトに優しいモノ作り』日本経済新聞社
5) 菊地真 2002「第1章『ISO/IECガイド71』の意義とこれからの企業戦略」共用品推進機構編『ISO/IECガイド71徹底活用法―高齢者・障害者配慮の国際標準』日本経済新聞社, 21-22
6) 共用品推進機構編 2003『共用品白書』ぎょうせい
7) 星川安之2001「事務局長だより」『インクル』10: 15
8) 共用品推進機構 2021「共用品市場規模に関する2020年度調査に関する報告」https://www.kyoyohin.org/ja/research/pdf/report_of_The_ADproducts_market2020.pdf
9) 万代喜久 「成長続く共用品市場、1兆8548億円に」『インクル12: 9-12
10) 望月庸光 2003「“思い込み”で広げよう、共用品の輪!」『インクル』24: 9
11) 永井武志 2004「開発急がれる『利用しやすいバス・タクシー』」『インクル』30: 6
12) 青木誠 2001「『より多くの人々が共に利用しやすい』と明記」『インクル』10: 8-9
13) 例えば、高嶋健夫 2002「19組織が参加し『促進会議』が本格始動」『インクル』16: 8-9
14) 例えば、星川安之 2002「事務局長だより」『インクル』20:16
15) 例えば、凌竜也 2004「“認めて応援する”CSR研究会がスタート」『インクル』31:12
16) 例えば、星川安之 2014「事務局長だより」『インクル』88:12
17) 森川美和・鴨志田厚子 2004「『心のバリアフリー』を考える」『インクル』31: 14
18) 佐川賢 2006「アクセシブルデザインと研究の“心”」『インクル』43: 9
19) 鴨志田厚子・富山幹太郎・星川安之 2000「みんなで『新しい価値』を創造しよう!」『インクル』4: 2-5
20) 田中徹二 2004「点字とアクセシブルデザイン」『インクル』31: 10
21) 著者不明 2014「『旅行に関する良かったこと調査』中間概要」『インクル』88: 10
22) E&Cプロジェクト編 1996『バリアフリーの商品開発 2』日本経済新聞社

謝辞
本調査にご協力いただきました皆様に、心より御礼申し上げます。本研究は科研基盤(A)21H04406、基盤(C)22K00281の支援を受け実施されました。


■質疑応答
※報告掲載次第、9月17日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はjsds.19th@gmail.com までメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

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※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。


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