日本の障害者雇用施策におけるダブルカウント制度とディスアビリティ
阿地知 進(金沢大学大学院)
1.日本の障害者雇用施策と障害者雇用率の式
日本の障害者雇用施策は、割当雇用制度によって事業主に一定割合の障害者を雇用することを義務づけ、 障害者を雇用できない事業主から納付金を徴収し、 それを財源に障害者雇用を積極的に進める事業主に対し、調整金や助成金を支給するというものである。割当雇用制度および障害者雇用納付金制度を中心としつつ、重度障害者の雇用促進のためのダブルカウント制度や、 大企業における障害者の雇用促進のための特例子会社制度などを組み合わせた制度となっている。
割当雇用制度によって事業主に一定割合の障害者を雇用することを定め、その割合を障害者雇用率(法定雇用率)とし、これを満たさない事業主に対して納付金を設定している。
端的に言えば、障害者雇用率を確保するというコンプライアンス促進のためのダブルカウント制度や特例子会社制度が存在することになる。
では、障害者雇用率はどのような根拠であるのかを確認してみる。
障害者雇用率の式
+失業している身体障害者及び知的障害者の数常用労働者数 - 除外率相当労働者数 + 失業者数
上のような式で障害者雇用率を定めている。一面では、妥当な内容の式に見えるが、この式に関しても、ダブルカウント方式と同様に、数値その他について、十分な精査がなされているとはいえない。
ここで詳しい考察は避けるが、なぜ、障害者雇用率は、最初に1.5%に決められたのかという点と、「第48回労働政策審議会障害者雇用分科会」の実数で計算した障害者雇用率が、2.072%なので、法定雇用率を2.0%にするという厚労省の見解だが(現在は2.3%)、今回のように、0.2%の上昇ではなくて、1.3%程もあげる必要があると峰島は述べている(峰島2012:204-206)点を挙げておく。
したがって、このような数値を1.6%から1.8%、2.0%、2.3%とあげてみても、障害者雇用の実際は、すこしも変わってはいないはずである。
(2)ダブルカウント方式の導入の経緯
重度障害者対象のダブルカウント方式が初めて導入されたのは、1976(昭和51)年5月障害者雇用促進法改正時である。この改正時に雇用率は義務化されるが、そこでは身体障害者雇用義務の強化策が必要となり、重度障害者を採用する際の特例としてダブルカウント方式を設定した。提案理由の説明として1976(昭和51)年5 月の第77 回国会当時、政府委員の遠藤政夫は、衆参両院の社会労働委員会において、一般健常者の就業率は71.2%で、身体障害者の就業率は60%だが、重度障害者の就業率は45.1%と低く、ここへの対策の必要性があると答弁している。1)この時の法案は附帯決議が附され衆参両院において全会一致で可決された。(七瀬時雄 1995)。
そして、「実は法審議に先立って政府は、1975(昭和50)年10 月4 日付け労働省発職第162 号により、身体障害者雇用審議会(当時)に、障害者の雇用の促進と安定のために構ずべき今後の対策について諮問している。これに対して同審議会は、1975 年12 月11 日付答申第6 号として労働大臣(当時)へ答申を行った。答申書では、身体障害者雇用率の計算における重度身体障害者の取り扱いの項目で、「例えば重度身体障害者1 人を雇用した場合には2 人として計算するなどにより重度身体障害者の雇用の促進を図ることが必要である」(身体障害者雇用審議会 1975:5)と記している。審議会における議事録があれば具体的数字の根拠や審議経過を知ることが可能であるがそれは存在しない。
この答申に基づき第77 国会においてダブルカウント方式の内容を含んだ改正法が提案され承認された。第77 回国会閉会後、「改正身体障害者雇用促進法の施行について(昭和51 年10 月1 日、職発第447 号)」により、身体障害者手帳1・2 級に相当する障害者で、週に30 時間以上勤務している場合は1 人をもって2 人の身体障害者に相当するものとみなすダブルカウント方式を設定した。知的障害者については、1992(平成4)年6 月3 日付け「障害者雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の施行について(発職第131 号:労働事務次官通達)」により、重度知的障害者(療育手帳A 所持者)もダブルカウントの対象となった」(杉原2009:219)と言うように、「例えば重度身体障害者1 人を雇用した場合には2 人として計算するなどにより重度身体障害者の雇用の促進を図ることが必要である」として記載されていることが、どのような数値的根拠を以て、1人の雇用を2人分とすることになったのかわからない。3人分ではいけないのかとか、どのような職能が欠如していることに2人分が対応するのかとか、数値的な根拠は示されず、以後、法的強制力を伴って行われることなる施策に、合理的目的を持たせていたのかは判然としない。2)
杉原も、「しかし、なぜ2 人なのか、その理由が示されたのか、1.5 人では不可なのか、他の具体的数字が示されたりしたのかなどの経過は不明である。Patricia Thornton ら(1998)による『18 カ国による障害者雇用政策』では、この当時、旧西ドイツでは1974 年制定の「重度障害者法」(Severely Disabled Persons Act)により、障害度30%から50%の障害者を想定したり、特に雇用が困難と思われる障害者や企業内において訓練を受けている障害者等については、1人を最高3 名までカウントする方式を設定していた。だが、我が国では、旧西ドイツのように障害度(障害による職業能力損失程度)に沿った検討があったのかどうかなどの審議経過に関する文書は残っていない」(杉原2009:219)と述べており、カウントをダブルにした理由は不明である。
当時、我が国がダブルカウント方式をどのように受け止めていたかについて遠藤政夫(1977)は、「このような措置は、西独、フランス等の立法においても見られるところである」と記すだけで、カウントの割合やその意味付けについて触れていない。「不明な点は残るものの、我が国のダブルカウント方式は、この時期にこのような経過によって決定された。」(遠藤1977:111)と述べ、2人だからダブルカウント方式なのだろうが、どうしてその数値とその方法になったかは見えてこない。
したがって、その出発点で、ダブルカウント方式が、数値や目標の合理的説明もなく開始されていたことがわかる。逆に言えば、その制度の対象になる企業の側も、どうしてその数値になるかはわかっているはずがなかったのである。
2.特別の意味を含んだ雇用
ダブルカウント方式における問題点は、障害者雇用率の達成のための制度として受け入れている企業の側のものと、雇用される重度障害者の側のものが考えられる。
(1)企業にとってのダブルカウント方式
企業は、障害者雇用率を達成しないと、不足人数1人当り月額5万円の雇用納付金を納付する義務がある。したがって、早期に雇用率を達成できる方法としてダブルカウント方式を理解している。こうしたことが重度障害者の採用意欲となり、重度障害者雇用の増加となっていることは、数値となって現われている。
杉原は「2007 年に雇用されている障害者数は302,716 人であり、そのうち重度障害者(A)は79,469 人でその割合は26.3%である。京都労働局統計ではそれぞれ5,931 人と1,515 人なので、その割合は25.5%である。つまり、ダブルカウント対象者が約4 分の1 以上を占め、ダブルカウントすれば障害者雇用数として既に過半数になるのである。実数の2 倍にカウントされることは、雇用率を満たそうとする時に有利に働くため、企業はダブルカウントされる重度障害者を多く採用しようとするだろうから、ダブルカウント方式に肯定的だと考えられる」(杉原2009:222)と指摘し、企業によってはダブルカウント方式が良く受け入れられていることを示している。
しかし、手塚の指摘するように、「実雇用率が増加しても未達成企業の割合が改善されない」つまり、ダブルカウント方式の活用によって障害者雇用率を伸ばしている企業もあるが、雇用納付金さえ納付すれば済むのであれば、そうした方が良いという企業が、やはり固定的に存在するということである。事実、法定雇用率達成企業の割合は、漸減している。(詳細は省略)
現状は、障害者の雇用数は増えているが、障害者雇用率の達成企業の割合は、漸減していて、平成25年の障害者雇用率の達成企業の割合は42.7%で、障害者雇用率の未達成企業のうち、障害者を一人も雇っていない企業は59.6%にもなるのである。3)
ただ、企業にとっても職能とは関係なく、雇用する障害者の数だけを割当て、義務だとされても、積極的な雇用動機は見当たらない。つまり、数だけを割当て義務だとし、障害者の雇用を責務であるという法律は、企業を、最低の法令遵守に向かわせることは、ある意味、防ぎようのないことで、障害者を一人も雇わない企業は、そのような意味では筋が通っているのかもしれない。しかし、障害者の職能の理解を進め、不足部分の合理的解決方法に共通理解を形成するような方法で、企業の障害者に対する積極的雇用動機を形成する方向に進むことが、障害者の権利としての雇用を導き出す方向ではないかと考える。
こうして見てくると、企業にとってのダブルカウント方式の意味は、雇用率達成という法令遵守のための方法に過ぎず、納付金制度が存在しても、障害者雇用率の達成企業の割合は42.7%で、全体の34%の企業が障害者を一人も雇っていないのが現実である。
(2)重度障害者にとってのダブルカウント方式
ダブルカウント方式によって雇用される当事者である重度障害者が、この制度をどう理解しているのだろうか。障害者団体等の言動で重度障害者の考えを見てゆく。4)
ダブルカウント方式の廃止を主張している障害者団体としてのDPI がある。例えば、副議長の西村正樹5)は、「1 人の雇用を2 人として算定することは、雇用主を主体としたものであり、障害者の尊厳に関わる課題とも言える」(西村2008:30)と廃止を求めている。組織としてDPI は2008 年2 月29 日付、「障害者雇用及び障害者雇用促進法改正に係る要望項目について」(DPI 2008)の要望で、ダブルカウント方式の廃止を要望項目にあげ、厚生労働省へ提出している。また、2008 年6 月14 日~ 15 日に盛岡市で開催された第24 回全国集会で、労働に関する分科会で、ある役員が、「一人の人間が働いているのにカウントだけ2人分にするのはおかしい」と発言していたことからも、ダブルカウント方式は障害者の立場から違和感を覚えると考えられる、と指摘し、さらに、これは、障害当事者の受け止め方や主張として理解できる側面であり、一人の人間(障害者)として他の職員と同様に働き、他の職員と同様の各種保険や福利厚生を得ていても、雇用率ではダブルカウントされることで特別の意味を含んだ雇用になると、その意味を素直に受け入れられないからである、と締めくくっている。
この、「特別の意味を含んだ雇用になる」という言葉は注目される点で、障害者雇用についてのディスアビリティの根拠となる。
また、ダブルカウントの根拠になるのは、身体障害者手帳1・2 級あるいは療育手帳A を所持している重度障害者であり、西村は、「労働能力による認定等に基づくものではないので、その改善が必要である」(西村2008:30)と主張する。つまり、障害者の職能を正しく評価したものではなく、当該の仕事とは関係のない分類で判断され、給与や待遇にも判然としないものが見られるということである。また、東俊裕は「ダブルカウント制度は、障害の軽重で別異の取り扱いをするものであるし、ダブルカウントされる側に二重の恥辱をあたえるものである」と、改正されるべき点だと指摘している。さらに、「医学モデルで重度と判定されても、必ずしも、職務能力においても同様ではなく、実態を反映しているとは言い難いのである」(東2008:10)と指摘している。
手帳のみによる障害者の職業的能力の判断は、現実とは必ずしも一致しない。何が出来て、何が出来ないかをもとに雇用されるのではなくて、重度障害者として、職能ではなく手帳の等級で採用されるとすれば、雇用条件への不満や、昇給やさらには、雇用の期間などへの不安は、当然なものであると言える。
結局、ダブルカウント方式は、重度障害者にとっては、自分自身ではどうにもならない特別の意味を含んだ雇用となり、その中で、企業は法令遵守の為だけに雇用し、一方、障害者は、自身の労働が、正しく判断されることなく位置付けられ、給与や待遇にも不安をもたらすようなものとなっている。そのような不安は、厚生労働省のアンケート結果にも現われている(厚生労働省2009:25)。また、内閣府の05年度より毎年行っている障害者を対象にした「障害者施策総合調査」でも、差別の存在はうかがわれる(水野2009:33-34)。
(3)ダブルカウント方式とディスアビリティ
ダブルカウント方式は、現実には、企業にとっての雇用率達成という法令遵守を高める意味と、重度障害者の雇用を促進する役割を持っており、目的は雇用される障害者の量を増加させることであった。しかし、DPI によれば、量的拡大と異なる視点でダブルカウント方式を考える必要があるとしている。
工藤は、「国際的には、障害者個人の権利(非障害者と共に、自由に選択し、差別のない、質の高い生産的な雇用を得る権利)に焦点を当てた政策モデルに注目が集まっている。個人の権利という観点に立つと、雇用率制度は雇用の質に注目していない、雇用の権利を高めることを支援していない、という批判がでてくる場合がある」と指摘する(工藤2002:4)。また、手塚も「義務雇用制度は、「障害者雇用の量」を進める上で効果的であっても、「障害者雇用の質」を高める上では、直接効果があるという施策ではありません。(中略)時代の大きな変化の中で日本社会から、そして国際社会から要請される重要な基本的事項に対する質的変化は、人権確立の視点に立って抜本的な改正に向けた検討から進めていくことが必要」だと指摘している(手塚2000:334)。
このように、障害者の労働の質的問題に対する配慮なしに、量的雇用率達成という法令遵守だけを目指してきたダブルカウント方式は、雇用される重度障害者に、本人の努力を超えた不自由をもたらしているといえる。
それは、「特別の意味を含んだ雇用になる」と表現されるように、職務に対するインペアメントに対しては、ある意味、特別な配慮は必要であろうし、本人の努力や周りの配慮は分かり易く、建設的である。しかし、量的コンプライアンスのみを目指したダブルカウント方式による特別の意味を含んだ雇用は、障害者にとっては、いくつかのディスアビリティを形成することになる。また、手帳による機械的カウントは、重度障害者という概念も、「重度」という言葉が示すものと現実の障害者の作業能力が必ずしも一致せず、障害者の労働力が正しく評価されないことによる、「給与や待遇にも判然としない」ものが見られることになる(西村2008:30)。
この様に、障害者雇用におけるディスアビリティは、障害者を雇用するか雇用しないかに関わることと、雇用した際の障害者の取り扱いに関わることの両方の面が見られる。
雇用の際、障害者であることで、最初から雇用の対象とはされないという現状がある中で、ダブルカウント方式は、障害者に向けた雇用の機会を作るという点では、画期的であるかもしれない。それだけに、応募者も多くなり、厳しい競争になる。しかし、その求人が、何かの職能を求めるものではなく、雇用率の達成のためだとすると、障害者がどんな準備をしていけばいいのかが不可解なものとなり、障害者にとって雇用されないという壁は、その高さが計り知れないものとなる。
そして、幸いにも雇用された障害者にとっても、昇給や雇用期間といった待遇の点で不安の多い特別な意味を含んだ雇用となり、ディーセント・ワークとはかけ離れた雇用となっていると言える。
3.まとめ
以上のように、2重の意味でのディスアビリティを生んでいるダブルカウント方式は障害者にとって必要な制度ではないのではないか。むしろ、障害者の能力を正しく評価し、雇用に結び付けてゆくような制度に転換してゆくべきであろう。
注)は省略します。
■質疑応答
※報告掲載次第、9月17日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はjsds.19th@gmail.com までメールしてください。
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