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手話通訳士倫理綱領における通訳者役割の考察 (注1)
飯田奈美子(日本学術振興会特別研究員/立教大学)


はじめに
 音声言語・手話問わず、コミュニティ通訳において、通訳者が通訳場面においてどのような役割を担うべきかは通訳倫理に基づいて行われるべきであると考えられている(水野2008:33)。特に、医療、福祉、教育などの対人援助場面のコミュニティ通訳においては、専門家とクライエント間の権力の非対称性や、制度的会話における両者の秩序の違い、言語的マイノリティにおける不安の大きさによる非対等な関係性などのコミュニケーションの構造的問題があるなかで、両者の発話を通訳者が忠実に正確に通訳するだけでは、両者がお互いを理解し、対人援助での問題解決を促進する信頼関係を構築することができない。そのため通訳者は訳出行為以外に介入行為を行っている。そして、飯田(2016)は、今まで経験値で行っていた介入行為を理論的根拠に基づいた通訳技術として構築していくために「通訳の公正介入基準」を作成した。しかし、この「公正介入基準」をもとに行う介入行為であれども、通訳者の権力性により、通訳者がその場のコミュニケーションをコントロールしてしまう危険性があると指摘し、その解決策として事例検討を行い、通訳倫理規程、公正介入基準を基に介入行為の妥当性の検討を行うことを呼びかけている(飯田2016:116-117)。
 手話通訳においても介入行為に関する事例検討は必要であり、それには手話通訳士倫理綱領を基に行うべきだと考える。しかし、手話通訳士倫理綱領は手話通訳制度の誕生・発展の歴史的経緯から通訳者役割の範囲を広くとらえており、そのため通訳実践場面における通訳者の役割を具体的にイメージできず、通訳者が聴覚障害者の社会参加に寄与するために行ったと自覚する行為が、実はパターナリズムに陥る危険性が潜んでいる。対人援助場面で通訳者がパターナリズムに陥らず適切に通訳者役割を遂行していくためには、コミュニティ通訳倫理規程の中核的概念である「正確性」「中立性・公平性」概念を遵守する必要があるが、手話通訳士倫理綱領にはそれらの概念が明言化されていない。そこで、本発表では、手話通訳士倫理綱領において「正確性」「中立性・公平性」明言化されていない背景を探り、手話通訳者の役割について再考察し、対人援助の専門家とクライエントの対等なコミュニケーションを構築していくために通訳者が倫理綱領に基づき何ができるかを考えていく。
 なお、本研究の方法は、手話通訳士倫理綱領に関する資料や、手話通訳養成に関するテキストや資料などの文献調査および、手話通訳士倫理綱領作成時の委員メンバーへのインタビュー、また、手話通訳士・ろうあ者相談員などと手話通訳士倫理綱領に関する勉強会を開催し、示唆を得るなどした内容をまとめたものである(注2)。なお、本研究は、立教大学研究活動行動規範マネージメント委員会にて倫理審査の承認を得た。

1. 手話通訳制度と手話通訳士倫理綱領の策定
 現在、日本における手話通訳制度は障害者支援法に則り、公的支援の対象として認定され、また手話通訳資格制度も整備され、専門職者が公的支援として手話通訳サービスを提供するというシステムが出来上がっている。このような手話通訳制度の構築は、長い年月をかけて(現在においても)手話通訳者・支援者の運動によって形作られたものである。
 日本における手話通訳のはじまりは、家族やろう学校教員などろう者の周りにいる人々がアドホックで私的に行うものであった。1947年に全日本ろうあ連盟が設立されて以降、ろう者の社会的権利を尊重する運動が積極的に行われてきた。1949年に身体障害者福祉法制定の際に身体障害者福祉司の設置が義務付けに対し「手話のできる福祉司を」という運動を展開しき、さらに、1960年代後半に聴覚障害者の権利の主張と手話通訳保障要求の高まりを背景(注3)に、「あらゆる公共機関に手話通訳を」と手話通訳の公的制度の確立を求めるろう運動が展開されるようになった。その結果、1970年代になると、「手話奉仕員養成事業(1970年)」「手話通訳設置事業(1973年)」「手話奉仕員派遣事業(1976年)」と手話通訳者養成と公的システム構築が(注4)なされた。しかし、手話奉仕員という名称にあるように、手話通訳を行うものとして想定されていたのは「家庭の主婦等で熱意のある」市民ボランティアであった(林 2017:132)。
 社会参加する聴覚障害者の増加によって、「熱意のある」市民ボランティアだけでなく、正確な情報を伝達し得る高度な専門性を有する手話通訳者の必要性が訴えられるようになった(注5)。このように専門職による公的な保障制度を求め、ろうあ連盟などが手話通訳の国家資格認定制度の創設、有資格者の福祉事務所その他の公共機関への配置の提言を行っていった。これに基づき、1989年「手話通訳を行う者の知識及び技能の審査・証明事業の認定に関する規定」(手話通訳士認定制度)が制定され、手話通訳士試験が1989年に始まった。さらに、手話通訳士資格を持つ者が集う全国組織の必要性を認識して1991年に日本初の手話通訳者の職能団体として、日本手話通訳士協会が設立された。
 手話通訳士資格とは、社会福祉法人聴力障害者情報文化センターが行う「手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)」で認定された公的資格である。これ以外に手話通訳者の資格制度には、民間資格として社会福祉法人全国手話研修センターが実施する「手話通訳者全国統一試験」に合格し、さらに都道府県の独自審査を通過した「都道府県認定の手話通訳者」がある。また、前述の手話通訳奉仕員は市町村主催の養成研修修了者である(総合支援法で養成の位置づけあり)。このように手話通訳制度において公的資格の手話通訳士だけでなく民間資格の都道府県認定の手話通訳者、市町村主催の養成研修修了者の手話通訳奉仕員とそれぞれ資格、通訳技術レベル、求められる役割が異なる通訳者が通訳を担っているのである。
 手話通訳士倫理綱領は、1993年の日本手話通訳士協会第3回定期総会で、手話通訳士の倫理綱領を策定することが確認され、1994年第4回定期総会で「倫理綱領策定に係る基本的立場」が確認された。これにより①聴覚障害者の暮らしと権利を守る手話通訳活動の実践を踏まえて、②全日本ろうあ連盟・全国手話通訳問題研究会との合意形成の努力をしつつ、③関係者の参加を保障して、④聴覚障害者の福祉の発展という社会発展に寄与するものとして、倫理綱領を策定することが確認された(注6)。
 そして、1995年手話通訳士倫理綱領策定の上で基本とする方針が決きめられ、それによると、①日本の聴覚障害者の歴史的・社会的状態に立脚する。②これまでの聴覚障害者・手話通訳者の運動の経験・理念を踏まえる。③福祉労働としての手話通訳を担う手話通訳士の現状を踏まえる。④手話通訳士及び士協会の主体性を保つ。⑤全日本ろうあ連盟・全国手話通訳研究会との狭義及び幅広い団体・個人からの意見を受け止める。⑥聴覚障害者の福祉向上、さらに社会発展に寄与することを目指すとしている。
 これらの基本方針に関する資料情報、諸外国の手話通訳者・関連職種の倫理綱領などを参考に、全日本ろうあ連盟・全国手話通訳問題研究会との協議、関係機関からの意見聴取を行い、1995年倫理綱領第一次素案が作成された。その後、全国で公聴会を開催し、幅広い意見聴取を行い、1次素案の内容・文面を大幅に修正し、1997年第7回定期総会にて手話通訳士倫理綱領が採択された(注7)。

2. 「輸入」されたコミュニティ通訳倫理規程
 1980年代以降、グローバル化が進展し世界中において人々が越境し移動を行うようになった。西欧諸国では、移民の急増により移民の社会インフラとして、コミュニティ通訳が誕生し、発展していった。コミュニティ通訳とは、国際会議などで行われる会議通訳とは異なり、医療や教育福祉など生活場面に密着した分野の通訳を指し、音声言語だけでなく手話も含まれるものである。
 日本において音声言語によるコミュニティ通訳の誕生は、1990 年入管法改正による日系南米人や1993 年技能実習生制度により単純労働を行う外国人の増加により、医療や労働、在留資格など生活上での問題を支援者が対応する中で、「言葉の問題」が発覚され、在住外国人集住地区において、日本語―外国語の話せるボランティアによる通訳サービスが提供されるようになった(飯田2021)。その後、二つの言語ができるだけではなく、医療や労働・福祉制度や知識、通訳技術、通訳倫理を習得する必要性が認識されるようになり、 2000年代後半からNPO 団体や自治体、地域国際化協会の主催による数日間の通訳研修が行われるようになった。
 このような経緯の中、コミュニティ通訳先進国のアメリカやオーストラリアの医療・コミュニティ通訳倫理規定が「輸入」され広まっていった。飯田(2016) は、国内外6 団体(注8)のコミュニティ通訳の倫理規程を検証し、6団体すべてに記載されている項目は「守秘義務」「知識と技術の向上」「正確性」「中立性・公平性」だとしており、コミュニティ通訳において「正確性」「中立性・公平性」が重要な概念であることがうかがえる。対人援助場面で求められる「正確性」は、メッセージの内容と意図・精神の保持で、より厳密な正確性が求められる司法(法廷)場面とは異なる。これは、対人援助では専門家とクライエントはクライエントの問題解決を目指しコミュニケーションを行うため、相手の話を理解できる訳出が求められるためである。また、「中立性・公平性」は、発話者の話された内容に干渉せず、偏見や先入観をもった通訳を行わない正確性、通訳者は対象者どちらにも加担しない不偏性を示している。これらから、中立性・公平性の倫理規程は発言内容の正確・忠実な訳出の補完となっており、通訳者の自発的発言や介入行為を認めないものになっているため、対人援助のコミュニケーションの構造的問題に対応することが倫理規程上では認められていないものになっていると指摘している(飯田2016:62-63)。

3. 手話通訳者のあり方
 手話通訳士倫理綱領において、「正確性」「中立性・公平性」について明言化はされていないが、手話通訳士倫理綱領の解説文や事例説明には、正確に通訳を行うことの必要性や、公平に通訳を行うことの重要性は説明されている(注9)。コミュニティ通訳にとって通訳者の役割の中核とする概念がなぜ手話通訳士倫理綱領では明言化されていないのだろうか。手話通訳倫理綱領策定メンバーへのインタビュー調査(注10)によると、手話通訳士倫理綱領策定以前からそれらの概念の重要性は認識していたが、「ろう者の置かれている状況」を鑑みてあえて明言化することはしなかったとの話であった。ろう者の権利が十分保障されていない状況において、また、情報アクセスにハンディを抱えるために十分な情報を得て、関係者と対話を行ったうえで自己決定ができる環境が保障されていないろう者にとって、通訳者がただ「正確・忠実」「中立・公平」な通訳を行うと、それは権力の持つ側へと無自覚に加担してしまうことになるという危惧があったからである。また、上述のように既存の倫理規程では「中立性・公平性」は通訳者の自発的発言や介入行為を認めない解釈がされていることから、既存の「中立性・公平性」概念を用いることは「ろう者の置かれている状況」を鑑みた手話通訳者役割を達成できないと考えられたからである。では、「ろう者の置かれている状況」を理解し、その改善を図るための手話通訳者の役割とはどのようなようなものだろうか。
 手話通訳者役割についての議論は、手話通訳士倫理綱領が制定されるはるか以前から議論されていた。1968年福島で「第17回全国ろうあ者大会」にて第1回全国手話通訳者会議が行われた。この会議で、当時ろう学校教師だった伊東雋祐が「通訳論」を発表し、「聴覚障害者の生活と権利を守る手話通訳」という理念を掲げ、手話通訳者を聴覚障害者の権利としてとらえる視点が初めて導入された。その後、1976年第8回世界ろう者会議において、安藤豊喜・高田英一が「日本における手話通訳の歴史と理念」を提出し、手話通訳者は「ろう者の社会的自立、いいかえると、社会的行動の自由の獲得のための協力者であり、援助者であること」と規定した。これらの論文による手話通訳者の役割は、聴覚障害者の権利の基盤としてとらえており、それは通訳技術の提供のみだけでなく、「社会活動家」として聴覚障害者の権利や自由が認められない社会状況に対して変革を起こさせる者との位置づけも同時にされている。
 このような視点はろう者のおかれている環境や、社会において聴覚障害者の障害に対する理解がないことにより必要とされるもので、障害者総合支援法や公的通訳制度が完備される現在においてもこの役割は重要なものであると認識されている。この「社会変革としての行為」は、聴覚障害者の権利擁護や手話通訳制度改善についての運動などを運動団体の一員として通訳者が社会に訴えていくことも含まれるが、通訳実践場面において行う行為も、通訳者として重要な「社会変革としての行為」であると考える。通訳実践場面において通訳者は専門家―クライエントの発する発話の訳出だけでなく、両者のコミュニケーション調整を行う介入行為も行っている。それらの専門技術を適切に行うことによって、ろう者が専門家からの説明を理解し、自らの思い、考えを伝えることができるのだ。しかし、上述のとおり、通訳者が聴覚障害者の社会参加に寄与するために行ったと自覚する行為がパターナリズムに陥ることもある。この解決にはどのようにすればいいのだろうか。

4. 参加者全員で構築するコミュニケーションへ
 多くの手話通訳者たちは、「ろう者の置かれている状況」を鑑みた通訳実践を志しており、自らの行為がパターナリズムに陥る危険性があるとは夢にも思わないだろう。もちろんその自覚を持ちながら慎重に通訳実践を行う通訳者も多く存在する。通訳者の権力性を制御しながら、「ろう者の置かれている状況」を鑑みた通訳実践を行っていくには、会話の参与者(ろう者、対人援助者、通訳者)全員に通訳者役割を理解してもらい、通訳を介したコミュニケーションをどのように構築していけばいいかを会話の参与者たちと協力しながら構築していくことが必要であると考える。例えば、ろう者から手話通訳依頼がなされた時や通訳実践前の打ち合わせ時などで、通訳派遣コーディネータや手話通訳者から、ろう者や対人援助の専門家に通訳者役割の説明(正確に、公平に通訳を行う)ことを説明し、通訳を介したコミュニケーションのルールを知ってもらい、ルールを共有した上で、会話の参与者全員でコミュニケーションを構築していく。このようなコミュニケーションモデルの実行は、手話通訳士倫理綱領第2条の「聴覚障害者が主体的に社会参加できるように努める」という業務目的を達成につながると考える。というのは、通訳者役割をろう者に理解してもらい、ろう者自らがその場のコミュニケーションをどのように行いたいか考え、通訳者、対人援助専門家とともに共同して構築していくことができるようになるからである(注11)。そして、このような通訳実践を積み重ねることにより、ろう者自身が自らのコミュニケーションをマネージメントすることができ、「主体的に社会参加」することができるようになると考える。

おわりに
 聴覚障害者の主体的な社会参加の実現のために奮闘している手話通訳者・関係者は多く存在する。しかしながら、手話通訳派遣の公的制度では、通訳派遣のコーディネートや通訳研修に十分な予算があてられておらず、通訳者がろう者の主体的社会参加実現のために様々な立場の人と連携をしたいと考えていても、それが十分に行えない現状がある。これらの問題を解決していくには課題が山積しているが、日々の通訳実践において行えることもあると考える。それは、通訳者が、通訳者役割や権力性を自覚し、1人で抱え込まず(1人でコントロールしようと力まず)、通訳対象者にその特質を理解してもらいながらチームとして協働できるようになることが必要だと考える。

【謝辞】この研究には、全日本ろうあ連盟、日本手話通訳士協会、大阪手話通訳問題研究会の団体や多くの手話通訳士やろうあ者相談員の方々が協力してくださりました。また、公益財団法人ユニベール財団からの助成をいただき研究を行うことができました。深くお礼申し上げます。

【注】
1. 本研究は2020年度公益財団法人ユニベール財団の助成を得て行った。
2. 本研究は、全日本ろうあ連盟、日本手話通訳士協会、大阪手話通訳研究会の支援を得て、手話通訳士やろうあ者相談員などが参加するプラットフォームを作り、勉強会(3回)事例検討会(2回)を開催し、手話通訳士倫理綱領や手話通訳者役割についての議論を行った。
3. 京都府立ろう学校での「授業拒否事件」1965年、東京「蛇の目寿司事件」での聴覚障害者の裁判を受ける権利をめぐる問題提起や、1967年東京中野区での総選挙の立ち合い演説会にはじめて手話通訳がついた(林2017:135)。
4. 厚生省(現厚生労働省)は身体障害者社会参加促進事業として手話通訳に関する事業を制度化した。
5. 全日本聾唖連盟手話通訳認定基準等策定検委員会「手話通訳士(仮称)」認定基準等に関する報告書(1988年)によると、「聴覚障害者のための大学の開設など高等教育への手話導入,政見放送への手話通訳の導入の検討,職場における手話の利用等,聴覚障害者のさまざまな領域への進出に伴い,聴覚障害者にコミュニケーションを保証し,正確な情報を伝達し得る高度な専門性を有する手話通訳者の必要性が高まってきている」との記載がある。
http://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/syakaifukushi/346.pdf
(アクセス2021.8.7)
6. 1996年「手話通訳士倫理綱領策定準備委員会報告書」より
7. 手話通訳士倫理綱領については、一般社団法人手話通訳士ウェブサイト参照のこと。
http://www.jasli.jp/association_morals.html(アクセス2021.8.7)
8. アメリカの医療通訳団体の国 際医療通訳者協会(The International Medical Interpreters Association:IMIA)、アメリカの医療通訳団体の全米医療通訳者協会(The National Council on Interpreting in Health Care: NCIHC)、アメリカの司法通訳団体の全米司法通訳者翻訳者協会(National Association of Judiciary Interpreters and Translators : NAJIT)、アメリカワシントン州社会保健省の医療・福 祉分野通訳サービス(Washington State Department of Social and Health Services:DSHS)、 オーストラリアの通訳団体のオーストラリア通訳翻訳者協会(The Australian Institute of Interpreters and Translators:AUJIT)、日本の医療通訳団体の医療通訳士協議会 (Japan Association of Medical Interpreters:JAMI).
9. 手話通訳士倫理綱領6条の説明において、医療や司法などの専門用語を正確に通訳すること、司法通訳では中立性が求められることが述べられている(日本手話通訳士協会2010:60-61)。また、1条においては、「すべての人々」に手話通訳を行う(手話通訳を利用する権利を有する)ことが明記されている(Ibid.:39-40)。
10. 日本手話通訳士協会より、倫理綱領策定メンバーの1人をご紹介いただき、2021年7月22日にオンラインにて1時間程度、半構造化インタビュー法にて調査を行った。
11. 手話通訳士倫理綱領の前文には、「私たち手話通訳士は、聴覚障害者の社会参加を拒む障壁が解消され、聴覚障害者の社会への完全参加と平等が実現されることを願っている。このことは私たちを含めたすべての人々の自己実現につながるものである。私たち手話通訳士は、以上の認識にたって、社会的に正当に評価されるべき専門職として、互いに共同し、広く社会の人々と協同する立場から、ここに倫理綱領を定める」とし、「互いに共同」する対象者として、ろう者や手話通訳関係者を挙げている(日本手話通訳士協会2010:77,85,87,89)。

【引用文献】
林智樹,2017,『手話通訳を学ぶ人の「手話通訳学」入門改訂版』クリエイツかもがわ
飯田奈美子,2016,「対人援助におけるコミュニティ通訳 者の役割考察 : 通訳の公正介入基準の検討」,立命館 大学大学院先端総合学術研究科 課程博士学位請求論 文
飯田奈美子,2021,「通訳者のコミュニケーション支援行為「connecting」についての考察―医療機関雇用の通訳者における参与観察から―」対人援助学研究 2021,Vol. 11 84―96.
一般社団法人日本手話通訳士協会,2010,『新・手話通訳士倫理綱領をみんなのものに』
水野真木子,2008,『コミュニティー通訳入門――多言語社会を迎えて言葉の壁にどう向き合うか暮らしの中の通訳』大阪教育図書.


■質疑応答
※報告掲載次第、9月25日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人は2021jsds@gmail.comまでメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

報告者に知らせます→報告者は応答してください。いただいたものをここに貼りつけていきます(ただしハラスメントに相当すると判断される意見や質問は掲載しないことがあります)。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。

〈2021.9.20 会員の伊東香純さんから〉
日本学術振興会特別研究員の伊東です。音声言語の通訳をときどきさせていただくので、自分の体験とも重ねながら、ご報告をたいへん興味深く拝見しました。2点ご質問したいことがあります。

1.コミュニティ通訳の倫理規定における、コミュニティ通訳と、会議通訳など他の場面での通訳の位置づけについてご質問したく存じます。「守秘義務」「知識と技術の向上」「正確性」「中立性・公平性」というポイントは、コミュニティ通訳だから特に大切だとされているのでしょうか。特に正確性、中立性・公平性は、生活場面での通訳よりも会議通訳においての方が大切なのではという気がしました。例えば、通訳案内士の倫理規定の中には、「礼儀とふるまい」を重視する項目があり、これは観光案内という場面だからこそ重視されるポイントではないかと思います。コミュニティ通訳の倫理規定に、生活場面だからこそ重視されるポイントがあればご教示いただきたいです。

2.手話通訳士倫理綱領では、「ろう者の置かれている状況」を鑑みてあえて、「正確性」「中立性・公平性」を明言化することはしなかったとのことでした。「ろう者の置かれている状況」について、綱領の策定に携わった人たちの中で、意見の相違はあったのでしょうか。もしお分かりになるようでしたら教えていただけたら嬉しく思います。手話通訳者の中には、日本手話を使う人と日本語対応手話を使う人がいると思います。また、綱領では「ろう者」ではなく「聴覚障害者」という用語が使われているようでした。そのような言語の違いは「状況」の認識の違いと関係するのかなと疑問に思いました。

〈2021.9.21 報告者から〉
伊東様(日本学術振興会特別研究員)
 ご質問ありがとうございます。ご自身の経験即して実際的なご質問をしていただきうれしく思います。

 質問1についてご回答申し上げます。
 このご質問は、様々なジャンルの通訳との比較においてコミュニティ通訳が倫理(正確性、中立性・公平性)を重視する点についてのご質問と理解いたしました。
 どの分野の通訳においても通訳者の正確性や中立性・公平性は重要となります。しかし、ひときわコミュニティ通訳においては、通訳倫理の遵守が厳しく言われております。それは、コミュニティ通訳の対応範疇が公的サービスをメインとしており、とりわけ司法通訳(法廷通訳)において厳格な倫理遵守を求められるという状況に影響を受けているからだといえます。司法通訳においては、厳格な正確性と中立性・公平性が求められており、例えば中立性・公平性では、「(通訳対象者と)利益衝突がある場合は明らかにする」「先入観・偏見を表わさない」が求められています。例えば、捜査段階で知り得た情報と公判での被告人が異なった内容を陳述した場合、通訳者は無意識的に先入観のある訳出をしたり、表情に出たりする可能性があるので、それを避けるために、通訳者は利害関係を明らかにし、公判では事前資料や弁護士接見で知り得た情報にとらわれない通訳をしなければならないというものです。このような通訳倫理は、法廷独自の言語・通訳イデオロギーに影響をうけており、伝聞証拠を認めない法廷コミュニケーションにおいて、通訳は「中立の立場で、言われたことをそのまま訳出する」役割を担い、(渡辺・長尾・水野 2004)。このように通訳をA 言語から B 言語に言語コードを変換して情報をそのままやりとりするという見方、つまり、通訳人を導管とみなす、「導管イデオロギー」があると言われています(吉田 2007)。コミュニティ通訳において司法通訳研究が先行されてきた経緯から、司法通訳倫理がコミュニティ通訳全般にも影響を与えていると考えます。さらに、コミュニティ通訳の最大の特徴である通訳対象者間(対人援助の専門家とクライエント)の力の非対称性があることが、通訳倫理遵守がとても重要になる理由であると考えます。通訳者が意図せずに(多くは無意識に)中立に通訳を行うと、それは力の強い専門家側の発言ばかりを伝えてしまうことになり、真の「公平性」にならない危険性が伴います。発言機会の少ない、また、どのように発言したらいいかわからないなど、さまざまな不安を抱えているクライエントが自らの思いや意見を述べることができ、それを通訳者が正確に通訳をしていく「公平性」が重要になると考えます。このような力の非対称な両者の通訳を行うために通訳倫理が重要となり、まさしく、他の会議通訳や観光案内の通訳と大きく異なる点になると考えます。

 質問2についてご回答申し上げます。「ろう者の置かれている状況」について、意見の相違があったのか、特に、日本手話と日本語対応手話を使う人によって「ろう者の置かれている状況」に対する意見の相違があるのかどうかというご質問内容と理解しました。
 ご指摘のとおり「ろう者」と言っても、多様な人達が存在しており、生活環境や教育歴、他の障害の有無などによって、様々なコミュニケーション方法が取られています。多様な背景を持つろう者の存在を「ろう者」としてひとまとめにして説明してしまうことの危険性は大いにあることは認識しております。倫理綱領策定メンバーの方のインタビューでもお話があったのですが、手話通訳制度やそれに連続する手話通訳士倫理綱領の策定は、「運動」という側面が強く表れていたといえます。綱領が策定された時点では、まだまだろう者(ろう者だけでなく、聴覚障害者も含む)の権利は保障されておらず、権利の保障が必要だという訴えを行うことが重要でした。現在においてもそれは十分になされているというわけではないのですが、音声言語におけるコミュニティ通訳の影響や、障害者の権利保障の議論などから、どのように権利保障をしていけばいいかという質の問題に徐々に移行していっている時期なのではないかと感じております。手話通訳制度を確立していくために「運動」として団結していくことが主眼となされた時代から、現在は「ろう者」の多様性の尊重するコミュニケーション構築の支援をいかに通訳者が行うことができるのかということを考えていく時代へと転換していっていると思いますし、そのようなコミュニケーション構築の支援に私自身も貢献していきたいと考えています。
 また、用語についてですが、綱領では「聴覚障害者」という用語が使用されています。綱領についての説明や事例が掲載されているハンドブックが3冊あり、そのうち最新版である『みんなで学ぶ手話通訳士倫理綱領(2018)』の説明や事例においては、「ろう者」が使用されています。この点について手話通訳士協会理事に問い合わせたところ、「聴覚障害者」には難聴や中途失聴者も含まれる用語であり、障害ということばに抵抗がある人もいることや、「ろう者」には、アイデンティティーとしての「ろう」を表すことができるからという理由から「ろう者」を使用しているとのことでした。時代によって用語のとらえ方(それはイコール手話通訳の対象者)も異なっていっているのではないかと考えております。

 ご質問の回答になっていないかもしれませんが、またご意見やご質問があればぜひお知らせください。どうもありがとうございました。

【参考文献】
渡辺修・長尾ひろみ・水野真木子, 2004, 『司法通訳 Q&A で学ぶ通訳現場』松柏社.
吉田理加,2007,「法廷相互行為を通訳する――法廷通訳人の役割再考」『通訳研究』7: 19-38.

飯田奈美子(日本学術振興会特別研究員)

〈2021.9.22 会員の伊東香純さんから〉
飯田さま
 私の質問に対して、とてもていねいなご回答をいただき、ありがとうございました。
 質問1のご回答について、まず司法通訳もコミュニティ通訳に含まれていることに、勉強不足で恥ずかしながら驚きました。「中立性・公平性」について、2つが1つの項目として並列されていますが、司法通訳における導管のようにそのままやりとりするという意味での中立性と、通訳対象者間に力の非対称性があるのでそれを是正するという意味での公平性は、かなり異なるもので、相反するともいえるように思いました。
 質問2のご回答について、綱領の策定の背景や現在の状況を教えていただき、とても勉強になりました。中途失聴の方の中には、コミュニケーションの手段として手話を使ってない方が多いのではないかと推測しますが、そのような方の権利も手話通訳制度や倫理綱領の策定において重視されている点が興味深く思いました。
 両方のご回答に関連して、コミュニティ通訳者の通訳場面として想定されているものの中には、通訳者を入れるという方法ではなく、さまざまな言語の使用者がいることを想定した環境を整備することで、言語の違いにより生じる問題を解決する方が望ましい場面もあるのではないかと思いました。たしかに使用言語が異なる者どうしの司法手続きを、通訳者なしに進めることは考えられないと思いますが、窓口にさまざまな言語を使う人を配置したり絵や動画などで説明したりすることで解決する生活場面の困難も多いのではないかと推測します。コミュニティ通訳を含めた通訳という仕事の重要性を否定したいわけではまったくありませんが、言語的なマイノリティに通訳者をつけることを当たり前にすることで却って、社会の主流の言語でのコミュニケーションがますます主流になり、コミュニケーションの多様性が失われる結果につながりかねないようにも思いました。
 学術的なご報告としても、通訳をするときに生じるこれでよいのかなという私の不安に対する指針としても、とても有益でした。この度は、詳細なご回答を改めてありがとうございました。

〈2021.9.24 報告者から〉
伊東様

 コメントありがとうございます。伊東様にコメントをいただき、私も説明不足の点や潜在的に感じていたことを言語化することができとてもいい機会をいただけたと感じております。さて、コメントをいただいた点について応答させていただきたいと思います。
 質問1についてのコメントですが、確かに「中立性・公平性」と2つが1つの項目として並列している件ですが、これは英語では「Impartiality」で、おおくは「中立性」と翻訳されることが多いです。しかし、特に対人援助場面では「公平性」の意味も入ってくることから、並列で併記をしています。場面によって、通訳の対象者によって、さらに、時代ごとに期待される通訳者の役割の違いによって、通訳倫理の解釈が異なっていくのだと思います。どのような解釈が可能なのか、今後も検討していきたいと考えております。
 また、質問2についてのコメントありがとうございます。言語的なマイノリティに通訳者をつけることを当たり前にすることで却って、社会の主流の言語でのコミュニケーションがますます主流になり、コミュニケーションの多様性が失われる結果につながりかねないというご指摘内容、以下に理解しました。さまざまな場面で、その人が自分の話したい言語でコミュニケーションが取れるようにすること、どの言語であっても(どのようなコミュニケーション方法であっても)、言語的マイノリティだとされるのではなく、自分の望むコミュニケーション方法を実践できることが真の権利保障になる、ということについて、私もまったく同感です。しかし、やはり、そのような議論を開始するというところまでにも到達していないというのが大きな問題だと感じています。聴者が手話やその他のコミュニケーション方法を用いて、コミュニケーションができるような啓発活動も必要ですが、それ以上に、必要な場面で通訳をつけるという最低限の権利保障が十分行えているわけではない現状がまだまだあるのです。そして、最も大きな問題は、通訳を付けてほしいとろう者や聴覚障害者が思っていても、その最低限の権利保障でさへも反故にされる事例が起こっています。例えば、医療場面でろう者が手話通訳者を同行して診察を受けようとしても、医療者側から「通訳はいらない、筆記でわかる」と言われ、通訳がはいることを拒むことがあります。もちろん通訳者は通訳が必要なことを医療者に説明しますが、援助の専門家とクライエントの非対称な関係性から、ろう者があきらめてしまうこともあります。多様なコミュニケーション方法をろう者・聴覚障害者が、その場その場で自ら選択できるようにするには、まず、必要なコミュニケーション方法の確実な提供が保障される必要があります。手話通訳制度の確立が「運動」であったことは、この要因によります。
 聴者が手話を含め多様なコミュニケーション方法を身に着けていくという考え方は賛成です。義務教育などでそのようなトレーニングが入ることが望ましいと考えます。しかし、多言語主義が進んでいるEUにおいても、母語以外の言語で会話できるEU市民の割合は全体の54%半数近くは1言語のみであります。このような結果からでも、通訳の必要性は明らかであり、必要な場面で確実に通訳を利用できることが保障されることが重要であると考えています。

 伊東様のコメント主旨とずれているかもしれません。対面であればお互いの主張を理解しながら議論を行うことができたと思います。うまくお返事ができずにすみません。また貴重なご意見をお聞かせいただければ幸いです。ありがとうございました。

飯田奈美子

〈2021.9.21 会員から〉

1.「手話通訳士倫理綱領における通訳者役割の考察」飯田奈美子 
2.森 壮也 ジェトロ・アジア経済研究所

 手話通訳士倫理綱領における通訳者役割の考察ということで、興味深いご報告をありがとうございます。紙数の関係か、主として歴史と現状の紹介が主で、通訳者役割についてどのような分析になるのか、分析の方法としてはどのような内容になるのかといったあたりについて詳しく書いて頂くことができなかったのではないかと思いますので、そのあたりについて伺いたいと思います。
 対人通訳における介入行為のあり方は、通訳者の間でも長らく議論されてきた問題かと存じます。この介入行為について、ろう者の社会における弱者という位置付けから、介入が一般の通訳と比べて相対的な意味でより積極的に行われたのではないかということはよく分かりました。いわゆるここで紹介されている当事者団体の運動論の中でもそのような説明がなされているかと思います。
 歴史的な経緯、現状としては確かにその通りであるのですが、それは実際の状況の中では、肯定的に評価できるものなのでしょうか。ここでもパターナリズムに陥るリスクについて少し出てきていますが、具体的な状況としてこういう場合は良いけれども、こういう場合にはパターナリズムだという何か基準のようなもの、あるいはあるべき役割の姿などは描きうるのでしょうか。ここでは、チームでの取り組みという対策が書かれていますが、なぜチームであれば解決できると考えられるのかについても、ひとりで抱え込まない以外のことは書かれていないように思います。通訳者役割とチームで取り組むことの関係についてもよく分からないので、なぜ最後、チームでということになっているのかも教えてください。特にチームも現状の通訳コーディネーターがいる状態や地域通訳者のミーティングがある状況を肯定しているだけなのか、新たに何か起こすべき変革部分があるのかについても教えて頂ければ幸いです。

〈2021.9.24 報告者から〉
森 壮也様(ジェトロ・アジア経済研究所)
 ご質問・コメントありがとうございます。森様のご質問に対して十分な回答ができるかわかりませんが、森様のコメントを何度も読み、自分なりに解釈した上で回答いたしますので、もしかしたら、コメント内容を間違って解釈しているところもあるかもしれません。その際はまたお知らせいただけると嬉しいです。
 回答の前に森様のコメントにあった箇所について説明申し上げます。手話通訳の文脈において、ろう者が社会的弱者であることから、一般(おそらく音声言語)通訳と比べて相対的な意味でより積極的に行われたのではないかという風にご理解されたとありますが、本報告では、手話通訳以外の通訳と比べて相対的な意味で積極的に介入行為を手話通訳者が行っているとは言及しておりません。また、比較研究を行っていないのでどちらがどうかというのは申し上げられないということと、またその要因としてろう者が社会的弱者であることとされていますが、対人援助コミュニケーションにおいて、社会的に排除されている人々は、自らの思いや考えを話す機会に恵まれていないために、自分の思いや意見を述べることがスムーズにできないということはあり、ろう者の中にもそのような人たちが多くいるということが推察はできますが、それにより積極的に行われたとは解釈はしておりません。
 下記でも説明いたしますが、介入行為は社会的弱者に対して行う通訳者の善意の行為ではなく、公平なコミュニケーション構築に必要な行為として行われており、またそのように行われるように専門技能として構築していくことが必要なだと考えております。ただ、介入行為がどのように行われるべきかについての議論が十分ではなく、一部でパターナリズム的に行われている現状について、森様からご指摘をいただいたものと受け止めました。そのうえでご質問内容は、通訳者の介入行為についての基準やあるべき役割は描きうるか、また、それに対してチームでの取り組みという対策をだしているが、なぜチームでの取り組みが必要なのかという内容であると理解しました。このように解釈した上でご回答申し上げます。
 まず、ご指摘いただいたように、本報告では紙幅の関係で歴史的な経緯の説明が多くなってしまい、通訳者の介入行為についての突っ込んだ議論を行うことができずにおりました。通訳者の介入行為についての研究は、報告者の先行研究(飯田2016)において、対人援助コミュニケーションの構造的問題点から通訳者がなぜ介入行為を行うのか/行わざるを得ないのかを論じております。対人援助の専門家とクライエントの力の非対称な関係性において、正確で中立な通訳だけでは、通訳者は意図しなくても力のある側の発言ばかりを通訳してしまうことになり、公平な通訳を行うことが難しくなる、そのような現状において介入行為が生起されると分析しています。ただ、通訳者の介入行為は、要通訳者にとって何を行っているかわかりにくく(おそらく通訳者自身も自覚できていない場合が多い)、その行為が、介入行為なのか、通訳者の権力性によるコミュニケーションの支配になっているかは見分けがつきにくいという問題があります。公平なコミュニケーション構築支援において介入行為は必要であるけれども、要通訳者には通訳者が何をしているのかわからない(通訳者自身も)という問題を改善していくために、報告者の先行研究にて、対人援助場面の音声言語・手話通訳の事例分析内容を社会心理学の公正理論を援用して「通訳の公正介入基準」を作成いたしました(飯田2016)。この介入基準は、通訳者は発言内容や決定には不干渉であるべきだが、コミュニケーションにおいて公正な手続きを行われているかについて関与できるとして、専門家とクライエントの合意形成にかかわる公正な手続きについての通訳者の関与(行為)についてまとめた基準になります。ただ、これはあくまでも基準であり、この基準に則った行動についての学びや、また、この基準に沿った振り返りを行うことが重要になります。学びや振り返りは、現状においても通訳者研修や通訳者の事例検討会などが行われ、内容や方法など改善が必要かもしれませんが、現在の枠組みの中でも行っていくことができると考えています。しかし、現状の問題点としては、それだけでは不足を感じています。そこで、チームでの取り組みという考えが必要になってくると考えております。通訳者の介入行為(通訳者の役割)について、通訳の対象者(援助の専門家とクライエント)に理解してもらい、共にその場のコミュニケーションを構築していくことが必要だと考えています。今回行った調査研究においても、通訳者が要通訳者に自らの役割を説明し、通訳者の役割を理解した上で、要通訳者と通訳者が会話に参与し、協働してコミュニケーションを構築していくということがまだまだ難しい状況であることがわかりました。その要因としては、まだまだ分析考察が必要な段階ではありますが、一つの仮説として、「運動」としての手話通訳制度確立や手話通訳サービス提供の側面が強かったことがあるのではと考えております。もちろん、ろう者の権利の保障が現在でも十分ではない状況において、手話通訳制度を拡充・維持していくためには、団結して働きかけることが必要であり、「運動」の側面をなくすことは現実的ではないと考えます。しかし、「運動」の側面によって、多様な背景・コミュニケーション方法をもつろう者をとらえていくことが十分にできなかったのではないかと考えています。多様な背景・コミュニケーション方法をもつろう者ひとりひとりが自らのコミュニケーションをマネージメントできるようなコミュニケーションモデルを作っていく、そのためには、ろう者自身が通訳者の役割がどのようなもので、通訳者は何をしているかを知り、そのうえで当該会話に参与し、主体的にコミュニケーションを行う、そこに通訳者は大いに支援ができるのではないかと考えています。この新しいコミュニケーションモデルには、いろいろ問題点(コミュニケーションを構築していくのはろう者だけでなく対人援助の専門家も含まれる、主体的にコミュニケーションを構築・参与するのが難しいろう者はどうするのかなど)はありますが、まずは、このようなコミュニケーションモデルをもとに通訳者役割を考えていくことができるのではないかと考えております。それには、手話通訳士倫理綱領の深い理解(手話通訳の歴史の理解)と再解釈(新しいコミュニケーションモデルに基づいた)が必要であり、現在その作業を行っているところです。本報告では、現在の調査研究の中間報告的なもので、研究の全体像をご紹介することはできなかったのですが、継続して研究はおこなっていく所存でございますので、またご報告をさせていただきたいと思っております。
 森様のご質問に対して適切に返答を行うことができたのか自信がないのですが、森様のご経験からのコメントやご意見などをお聞かせいただければ幸いに存じます。ご質問ありがとうございました。

【参考文献】
飯田奈美子,2016,「対人援助におけるコミュニティ通訳 者の役割考察 : 通訳の公正介入基準の検討」,立命館 大学大学院先端総合学術研究科 課程博士学位請求論 文

飯田奈美子(日本学術振興会特別研究員)


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