金井明日香
障害がある子どもの進路形成
報告要旨
越野(2014)によると、「障害者権利条約は、「一般的な高等教育、職業訓練、成人教育及び生涯学習」の享受ならびにそのための合理的配慮の提供を「確保する」ことを締約国に求めている」。しかし学校基本調査によると、障害がある子どもの進路は就労が中心で、大学などへの進学はまだまだ少数派である。つまり障害がある子どもの進路は「「職業自立」に一面化され、しかも障害のある場合にのみ、その達成が「18歳まで」に強要され」ていて、「そのこと自体が権利侵害にほかならない」のである。このような現実は、インクルーシブ教育や共生社会の理念に反してはいないだろうか。本報告では、障害がある子どもの進路形成についての先行研究をレビューし、実践への提案を行う。
報告概要
1. 導入
日本には二つの学校教育制度が存在しているといえる。特別支援教育といわゆる通常教育である。障害は個人に属するもの・克服すべきものという考え方であれば、障害の有無によって子どもを分離し、異なる教育を施すことは妥当なように思われる。このような考え方は医学モデルに依拠しているが、障害学において医学モデルは批判の対象となっており、社会モデルが提起されている。これは「個人の属性とは無関係な社会のあり方の方にディスアビリティの原因を求め」(星加 2007)るものである。この考え方に従えば、そもそも障害がある子どもを包摂する一方で排除している社会並びに通常教育のあり方が問われる可能性はないだろうか。今回の報告では、通常教育と特別支援教育の分離ならびにそれによって生じかねない進路形成の違いを中心に議論する。
2. 概念の紹介
障害学においては、進路形成の違いを扱った論文は少ない。他方、進路形成を中心的テーマとして扱ってきた教育社会学においては「障害」という属性はあまり注目されていない。二つの分野の交流により、新たな理論生成の可能性は開かれないだろうか。
可能性の一つとして「障害者トラック」という概念を生成したい。教育社会学において進路形成を論じる際にしばしば用いられる「トラッキング」の概念は、結果の原因を社会に求めている点が障害学における社会モデルと共通しており、教育社会学と障害学の2つの学問分野を接合できる可能性を秘めている。「トラック」とは陸上競技の”track”を指す。進学する高校タイプ・レベルによって進路が水路づけられてしまうことをtrackに喩えた概念で、その特別支援学校版を報告者は「障害者トラック」と定義できるのではないかと考えている。
いわゆる通常の高校においては約6割の卒業生が大学に進学するのに対して、特別支援学校からの進学者は2%にも満たない(学校基本調査)。もちろん、全員が大学進学をすることが良いわけではないが、両者の進学率の差はあまりにも大きい。特別支援学校において、本来は大学入試で設定された基準を満たす能力を持っているにもかかわらず、何らかの社会的理由によって大学進学がかなわなくなっているものが一定数いる可能性を想起させる。加えて歴史的には、少なくとも明治期から現在に至るまで、障害がある子どもの教育的・社会的分離が行われている(久米2022、二羽 2021、八幡 2006)。こうした点を踏まえても、特別支援教育の内部で意図的・無意図的に進路の方向づけがなされていることが想定でき、このような現状の一端を捉えられる可能性があるのが「障害者トラック」である。
なお、「障害」の境界は揺らぐものであるが、本報告では特別支援教育を受けている子どもと定義する。そのため、障害種や程度は限定しない。
3. 障害学における研究レビュー
越野(2014)は障害者権利条約を挙げながら「高等学校卒業者の大学等進学率53.2%、専修学校への進学率を加えれば18歳人口の7割以上が進学する状況にあって、障害のある場合にのみ、18歳での「職業自立」を求めることは、端的に言って障害者差別にほかならない」と論じている。堤(2018)は発達障害の子どもが「通常高校に進学するか、特別支援学校に進学するかの選択に迫られる」とし、実際に進路決定に関わるのは子ども本人よりも周囲の大人、特に親であると指摘した。自閉症児の就学先決定についても「実質的に母親が子どもの学校選択に関する最終決定者となりがち」(渡邊 2016)だと論じられている。
この通り、親の属性が重要であることは明らかになっているが、親の学歴など親の「属性」による違いついて視野に収めている論文はほとんどない。他方で教育社会学においては、親の属性(学歴や職業など)が子どもの教育や進路形成に影響することが明らかになっている豊永(2023)ので、今後はこのような視点も必要になると思われる。加えて堀家(2012)は「就職率 100%をねらう学校は、当然のことながら意図的に軽度の障害児を入学させる」ことで「「労働力となる障害児」と「労働力にならない障害児」」には線が引かれていると論じる。この通り、「特別支援学校の子どもたちは、メインストリームからの排除に加え、「労働力」という観点から障害児集団のなかで序列化されることになる」(堀家 2012)という視点は、「障害者トラック」の存在を示唆するものである。
また、ジェンダーという子ども側の属性も重要である。あまり注目されることはないが、例えば2023年度は高等部卒業者の数は女性より男性の方が約1.88倍も多い。人口推計によると2023年の18歳総人口における男女比は約1.05であり、特別支援教育において子どものジェンダーを扱うことの意義は大きいことが考えられる。「これまで障害者(中略)というテーマにおいては、とりわけジェンダーという視点が端的にいうと欠けていた」(土屋 2010)とされているが、上記で示した定量的な男女の違いだけでなく、定性的な違いも生じている可能性は大きいだろう。
進路形成や進路指導、障害児本人や親の属性(性別、学歴、職業、ジェンダー等)を考慮に入れた論文はほとんど存在しない。これらの点に関する蓄積の多い教育社会学の視点を取り入れることで、より現状を明らかにするような分析が可能になるのではないだろうか。
4. 教育社会学における文献レビュー
他のマイノリティ・グループについての研究の蓄積と比較して「その後発性は明らかだろう。社会学的な理論や方法論に準拠して障害児をめぐる教育現象にアプローチするような研究の蓄積はいまだ手薄であるといわざるを得ない」(木村他 2023)というのが、日本の教育社会学の代表的機関誌である『教育社会学研究』における最新のレビュー論文の結論である。この通り、そもそも研究蓄積が少ないことが第一の課題とはなるが、数少ないながらも積み重ねられてきた『教育社会学研究』における障害児教育に関わる論文を大まかにレビューすると以下の3つに分けられる。
一つ目は教育現場での配慮についての研究(末次 2012, 久保田 2019, 御旅屋 2017)である。合理的配慮の提供などについて論じられている。二つ目は障害がある子どもと教師(もしくは周りの子どもや大人)とのかかわりに焦点を当てた研究(鶴田 2007, 木村 2006, 佐藤 2013, 保坂 2017, 鶴田 2021)である。最後は、(レビュー論文を含むが)障害児教育について俯瞰的に記述している研究(二羽 2015, 志水 1973, 金澤 2013, 志水他 2014, 桑原 2005, 篠宮 2019, 木村他 2023)である。
ただし、これらの研究は、教育社会学のメインストリームの理論や概念を応用して論が展開されているわけではなく、「障害児教育」という固有の領域内で議論が展開されている課題がある。教育社会学は進路形成だけでなく、階層などの重要な分野において理論を構築し、知見を蓄積してきた。しかし、それはいわゆる通常教育や健常者のみを扱ってきたものがほとんどであり、障害児の教育や特別支援教育においてそれらの理論や知見が当てはまるのかということの検討はほとんどなされてこなかった。そのため、すでに述べた通り「障害者トラック」の適用可能性について、正面から向き合った研究は試みられてこなかった。
特別支援教育という制度については量・質ともにもっと検討がなされるべきである。特別支援教育の内実を詳らかにし、教育社会学の理論体系を更新することにより、インクルーシブ教育・進路への活路が見いだされるのではないか。