清野智子
障害者による芸術活動に対する社会的関心の変遷:読売新聞記事の調査から
報告要旨
障害者による芸術活動への社会的関心の経年推移を明らかにするため、我が国において最も販売部数が多い読売新聞のオンライン記事データベース(DB)に収録されている1990~2023年までの記事を対象に、障害者による芸術活動について取り扱った記事数が全記事数に占める割合を調査した。
記事の抽出は、DBの検索語欄に障害と芸術に関する語群を入力し、検出された記事を障害や芸術を専門とする抽出者3名が読み、抽出基準を満たした記事を障害者による芸術活動について取り扱った記事とした。3名の意見が不一致となった場合は、協議を行った。協議を経てもいずれかの抽出者が除外と判断した場合は、障害者による芸術活動について書かれた記事として取り扱わなかった。
調査の結果、1999年と東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催年に向けた2度の割合の急増を示した。しかし、同DBへの記事の収録範囲は2001年2月までばらつきがあるため、前者の急増については記事の収録範囲の拡大が影響している恐れがある。従って、2001年までは、母集団に留意した更なる分析が必要である。
報告概要
障害者による芸術活動に対する社会的関心の変遷:
読売新聞記事の調査から
愛知県医療療育総合センター発達障害研究所 清野智子
1. 背景
1.1. 国の取り組み
我が国の障害者による芸術活動への支援は、2001年に大阪で開催された「全国障害者芸術・文化祭(厚生労働省a)」に始まり、2008年には初めての有識者会議である「障害者アート推進のための懇談会(厚生労働省b)」が開催された。しかし、具体的な支援施策の開始は、2013年の「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会(厚生労働省b)」中間とりまとめ(厚生労働省c)の公表を待たなければならなかった。翌年2014年に開始された「障害者の芸術活動支援モデル事業(厚生労働省a)」は、2017年に「障害者芸術文化活動普及支援事業(厚生労働省a)」となり、8年間で45都道府県に支援センターが設置され、支援の枠組みが整備された(厚生労働省d)。また、2013年に「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以後「東京オリパラ」)」の招致が決定したことは、障害者の文化芸術振興への追い風となり、有識者会議の実施(厚生労働省b・e)、「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」の施行(厚生労働省e)、基本計画の策定(厚生労働省e)、実態調査(文化庁)など障害者による芸術活動への国を挙げた手厚い支援体制が整えられ、関係者の間ではさながら「障害者アート」のバブル期到来のような盛り上がりを見せている。
しかし、近年の国の取り組みは、社会の関心にも影響を及ぼしているのだろうか。「東京オリ・パラ」のほとぼりが冷めれば、「障害者アート」のバブルは弾けてしまうのだろうか。近年のブームが関係者間に限定されていた場合、関心の低い一般社会における作品の発表、作品の販売市場の拡大、芸術的な仕事の確保などの芸術活動を通した障害者の社会参加の可能性ついては懸念が残る。
1.2. 先行研究
長津は、朝日新聞の1990年~2015年を対象に、障害者による芸術活動に近年使用される3種の呼称「アール・ブリュット」、「アウトサイダー・アート」、「エイブル・アート」の出現数を調査し、障害とアートに関する記事が注目された時期について分析している(長津, 2017)。しかし、これらの呼称の中には、障害者による芸術活動を内包する広義の芸術を表す語が含まれているため、より丁寧な手続きによる調査が求められる。また、長津の調査以降、障害者による芸術活動に対する社会的関心については、科学的な調査により明らかになっている事実がない。
2.目的
新聞は、世論を反映し世論の形成に大きく影響を及ぼすメディアの一つであるため、特定のテーマを取り扱った記事数が総記事数に占める割合とそのテーマに対する社会的関心には、相関性があると考えられる。本研究では、障害者による芸術活動を取り扱った新聞記事数が総記事数に占める割合の経年推移を明らかにし、障害者による芸術活動に対する社会的関心の変遷の計測を試みた。
3. 手続き
3.1.調査対象紙
調査対象紙は、日本において最も販売部数の多い読売新聞(読売新聞東京本社広告局企画営業部, 2019)としたうえで、読売新聞オンライン記事データベース(以後「DB」)「ヨミダス歴史館」の「平成・令和」に収録されている記事を対象に調査した。
3.2.調査対象年
DB全国版は1986年~1999年、地域版は1986年~2001年にかけ、様々な紙面の収録が開始された時期である(読売新聞, 2024)。従って、2001年までは、DBの記事収録範囲にばらつきが生じており、障害者による芸術活動を取り扱った新聞記事数が総記事数に占める割合を算出するために適した時期とは言いづらい。そのため、母集団が安定した2002年~2023年を調査対象とした。
3.3.障害者の定義と障害種別
本研究における障害者は、「障害者基本法(内閣府a)」第二条(定義)にある障害者の定義を引用し、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義した。調査対象の障害種別についても同法第二条の障害者の定義に準じ、障害全般を対象とした。
3.4.芸術の定義と芸術分野
本研究における芸術を、世界大百科事典(細井, 2007)、日本大百科全書(佐々木, 1986)、広辞苑 (新村編, 2018)、新潮世界美術辞典(秋山他編, 1985)の各「芸術」の項目を参照した上で、障害者による芸術活動を広く含有できるよう「技術の質を問わず、創造・発表・鑑賞において精神的価値や知的価値を創出する可能性のある人間の活動とその所産」と定義した。調査対象の芸術分野については、「文化芸術振興基本法(内閣府b)」第八条(芸術の振興)、第九条(メディア芸術の振興)、第十条(伝統芸能の継承及び発展)、第十一条(芸能の振興)、第十二条(生活文化の振興並びに国民娯楽及び出版物等の普及)を参照した上で、多分野の芸術を含有できるよう美術、デザイン、音楽、舞台芸術、メディアアート、文芸、芸能、伝統芸能、これら全般と、華道、書道を対象とした。
3.5.抽出方法
抽出者AがDBの検索語欄に3種の障害表記をORで繋いだ語群と、芸術、アート、作品をORで繋いだ語群をANDで繋ぎ、年毎に検出された記事のうち、著作権により閲覧できない記事を除いた全ての記事を出力した。各年3名の抽出者が出力された記事を閲読し、①芸術活動を行う障害者、②障害者による芸術活動における創造・発表・鑑賞またはその所産、③障害者による芸術活動への支援や評価のいずれか1つ以上について書かれた記事を抽出した。また、検索語欄を空欄にしたまま検出された各年の記事数を総記事数とした。
抽出結果が不一致となった場合は、抽出者3名により丁寧な協議を行った。協議を経ても全員の意見が含有判断とならなかった記事については、障害者による芸術活動について書かれた記事として扱わず除外とした。抽出には、障害または芸術、あるいはその両方に関するバックグラウンドを持つ合計6名の抽出者が携わった。年毎における抽出判断のばらつきを防ぐため、全ての年に抽出者A が入った。
3.6.調査期間
調査は、2018年1月~2024年7月に実施した。
分析方法
分析は、抽出者Aが全てのローデータの整理を行い、研究補助員によるダブルチェックを行ったうえで、障害者による芸術活動に関する記事数とそれが各年の総記事数に占める割合を算出し、障害者による芸術活動への社会的関心の経年推移を明らかにした。
4. 結果
前半は、緩やかな減少傾向が続き、2012年には0.09%の最低値を示した。しかし、「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」中間とりまとめの公表や「東京オリ・パラ」の招致が決定した2013年からは、増加に転じた。新型コロナウイルス感染症の拡大により「東京オリ・パラ」の延期を余儀なくされた2020年に一度減少したものの、翌年には社会の関心はおおよそ回復した。また、「障害者アート」のバブル期と称された「東京オリ・パラ」が終わった後も社会の関心の増加は失速するどころか、2023年には、障害者による芸術活動を取り扱った新聞記事数が総記事数に占める割合が最も高い0.17%を示した。
5.考察
本研究の調査結果から、2013年から本格的に開始された我が国の障害者による芸術文化活動政策は、社会の関心に影響を与えていたことが示唆された。また、「東京オリ・パラ」直前期の高い増加率や、2020年の低下と翌年の回復は、「東京オリ・パラ」をめぐる障害者の芸術文化振興施策が社会の関心に大きく影響を与えていたと推察できる。
本研究を開始した2018年の時点において、研究代表者は「東京オリ・パラ」の閉幕と共に「障害者アート」のバブルは弾け、社会的関心の推移も低下の一途を辿ると仮説を立てていた。しかし、国が障害者の芸術文化振興施策を本格的に開始してからちょうど10年が経過した2023年、障害者による芸術活動への社会的関心は過去最高の値を示し、障害者の社会参加の土壌として芸術領域に可能性の兆しが見えてきたと言える。
本調査では、芸術活動を行う者に障害があると判断できる記事を抽出した。本来、芸術活動を行う際に活動者の障害の有無は関係がない。かつて、女性の芸術家が珍しかった時代、女性という属性を殊更に付加した「女流画家」等の呼称が使用されていた。注目を集め始めた障害者による芸術活動も同様に、新聞記事となった際には「障害」という活動者の属性について語られる。つまり、2023年は障害者による芸術活動に対する注目が最も集まった年であると同時に、一般の芸術との分断が顕著になった年と言うことができる。障害者による芸術活動に関する記事から活動者の「障害」についての記述が消え、一般の芸術に関する記事に内包された時に、活動者の障害の有無により排除や不利益を被ることなく芸術に参加することができる真の「芸術的包括」は実現するのではないだろうか。
■謝辞
本研究において新聞記事の抽出作業に貢献いただいた泉麻秩子氏、伊藤愛氏、原歩氏、石川展光氏、研究補助員としてデータ整理に尽力いただいた稲垣好子氏、佐藤えり氏、杉本有紀氏、調査手続きに関するご指導ご助言をいただいた長谷川桜子氏、鋤柄秀幸氏に深謝する。
なお、本研究は、JSPS科学研究費JP22K13556、公益財団法人豊秋奨学会、公益財団法人大幸財団の助成を受けたものである。
■文献
秋山光和他編(1985):芸術. 新潮世界美術辞典. 新潮社, 461.
文化庁「障害者の文化芸術活動の推進」https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shogaisha_bunkageijutsu/index.html, 参照2024-7-29
細井雄介(2007):芸術. 下中直人編 世界大百科事典8. 平凡社, 510-511.
厚生労働省a「障害者の芸術文化活動」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/bunka.html, 参照2024-7-29
厚生労働省b「障害者の芸術文化活動に関する懇談会」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/bunka/kondankai.html, 参照2024-7-29
厚生労働省c「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会中間とりまとめ」https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000017422.html, 参照2024-7-29
厚生労働省d「事業実施状況一覧」https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001054689.pdf, 参照2024-7-29
厚生労働省e「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律及び基本的な計画」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/bunka/houritsukeikaku.html, 参照2024-7-29
長津結一郎(2017):障害とアートに関する言説の変容とその社会的背景~新聞内容分析を通じた考察~. 日本文化政策学会 第10回年次研究大会 予稿集, 102-105.
内閣府a 「障害者基本法」, https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC1000000084, 参照2024-7-29
内閣府b 「文化芸術振興基本法」, https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC1000000148/20011207_000000000000000, 参照2024-7-29
新村出編(2018):芸術. 広辞苑第七版. 岩波書店, 899.
佐々木健一(1986):芸術. 相賀徹夫編 日本大百科全書8. 小学館, 82-83.
読売新聞(2024) 「収録記事について」, https://dbfaq.yomiuri.co.jp/dbfaq/yomidas-notice-01, 参照2024-7-29
読売新聞東京本社広告局企画営業部(2019) 「読売新聞メディアデータ2020」, https://adv.yomiuri.co.jp/download/PDF/mediakit/general/mediadata2020/mediadata2020.pdf, 参照2024-7-29