意味的な排除/包摂の揺らぎを観察する――生活世界に注目して
藤原良太
本論は、意味的な排除と包摂を扱う理論について、「知的障害児」とされる子に関わる事例を通して検討する。
本論における意味的な排除/包摂とはニクラス・ルーマンの社会システム理論を援用した概念である。
ルーマンは社会をコミュニケーションとして捉える。機能分化した社会のシステムは固有の二値コードによってコミュニケーションを観察し、区別することで、自己を産出している(Luhmann 1989=2013)。
システムのコミュニケーションにおいて人は、その場面の状況やシステムに固有の仕方で、コミュニケーションの宛先や責任の帰属点としての「人格」という形式として扱われる(Luhmann 1990=2009: 22)。
ルーマンの社会システム理論における包摂とは、コミュニケーション過程において、人がコミュニケーションを担う諸人格として位置づけられ、その人が「どのように振舞い、反応するかが、多かれ少なかれ顧慮される」状態であり、排除は人が人格として顧慮されない状態のことである(Luhmann 2005=2007: 235-6)。
この概念を援用した渡會知子は、人が人格として理解される際の意味づけの可能性の幅が極度に制限され、その人が望むようなかたちでコミュニケーションに参加できていない状態を意味的排除として捉えた(渡會 2006: 609-10)。
また三井さよは、ルーマン、渡曾の理論を援用し、学校という場を事例として扱うことで、空間における人や物の位置付けられ方によって、極端に縮減された理解とは別様の理解が生じる可能性を指摘し、排除/包摂が揺らぐ事態として記述した(三井 2018: 144)。
排除/包摂が揺らぐということは、人格の区別のされ方が他でもあり得ることで、その人がコミュニケーション過程にどう参加できるかも別様でもありうるのではないか。排除/包摂の揺らぎに注目する意義はここにある。
事例を蓄積していくことで、システムがどう区別をしたら、その人がどのようにコミュニケーション過程に参加可能になったのか、という比較、分析も可能になるのではないか。
しかし、意味理解が極端に縮減されているという観察、あるいは極端に縮減された意味理解とは少しずれた理解という観察はいかにして可能か。
そこで本論は、ルーマンにおける生活世界に注目する(Luhmann 1986)。生活世界のコミュニケーション過程において慣れ親しんでいないものが区別されるときに、そこに意味理解の幅を観察し、意味的な排除/包摂のゆらぎを取り扱うことができるのではないか。
本論では、自らに対する理解の修正を効果的に訴えることが困難な状況にあり、意味理解が極端に制限されることが推察される「知的障害児」とされる子の事例を取り扱う。
千葉県柏市、松戸市を中心に活動している、普通学級に就学している「障害児」とされる子の親たちで主に組織される「生活と教育を考える会」の会報『ワニのなつやすみ』№91から№100を資料として用いる。会報は月1回程度発行され、近況等が記された親たちの手記、学校や行政との交渉の経過等の情報が含まれる。筆者が2011年4月から生活と教育を考える会の関係者に直接面接し、本研究の趣旨を説明の上、会報の提供の協力を得ている。もとの資料には実名や学校名、学校や家庭内で用いられるニックネームも掲載されていたため、本論で用いるにあたっては順にアルファベットで匿名化した。資料提供の協力者である生活と教育を考える会の関係者に論文、学会発表で資料として用いることについて同意を得た。
【文献】
Luhmann, Niklas, 1986: Die Lebenswelt-nach Rücksprache mit Phänomenologen, Archiv für Rechts-und Sozialphilosophie 72, 176-194.
Luhmann, Niklas, 1989: Gesellschaftsstruktur und Semantik. Studien zur Wissenssoziologie der modernen Gesellschaft, 3 Bände, Frankfurt / M. (=2013,赤堀三郎・阿南衆大・高橋徹・徳安彰・福井康太・三谷武司訳『社会構造とゼマンティク 3』法政大学出版局.)
Luhmann, Niklas, 1990, Die Wissenschaft der Gesellschaft, Frankfurt / M.(=2009,徳安彰訳『社会の科学 1』法政大学出版局.)
Luhmann, Niklas, 2005, From Soziologische Aufklärung 6: Die Soziologie und der Mensch, GWV Fachverlage: GmbH Wiesbaden. (=2007,村上淳一編訳『ポストヒューマンの人間論――後期ルーマン論集』東京大学出版会.)
三井さよ,2018,『はじめてのケア論』有斐閣.
渡會知子,2006,「相互作用過程における『包摂』と『排除』――N.ルーマンの『パーソン概念』との関係から」『社会学評論』57(3): 600-14.