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生活をつなぐコミュニケーションの在り様――ALSの人の生活から

長谷川唯(立命館大学生存学センター客員研究員)


◇問題の所在――外部とのやりとりが閉ざされた状況での地域移行
 本報告は、筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)の人の生活から、コミュニケーションの意味合いを検討することである。ALSの人たちは、症状が進行すれば話すことも難しくなる。息を吸って吐くことも難しくなるため、気管切開や人工呼吸器を装着すれば、自分で話して伝えることそれ自体が難しくなる。そうして、ALSの人たちは、人や機器など何かを介さなければ他者とのコミュニケーションができなくなっていく。変容していくコミュニケーションに対応していくには、本人もその周囲の人たちもその方法を習得していく必要がある。介助を必要とする人たちにとって、自分の意思を伝えるためにコミュニケーションが必要であることは言うまでもない。ALSの人たちのコミュニケーションについては、その多くはケアやリハビリの観点感からコミュニケーション支援について研究されてきた(小田柿 2019、本間2018、鈴木他2015、小村他2012)。そこでは、多様なコミュニケーション方法の活用や開発によってQOLの向上を目指していた。他方で、ALSは、人工呼吸器を装着すれば長期生存が可能になるが、それでも症状が進行すれば自らの意思をあらゆる手段によっても発信できなくなることが確認されている。このことが、ALSの人たちの意思決定――とりわけ人工呼吸器を装着するかしないかの選択に影響を与えている。そのため、意思決定や本人の意思をどのように尊重するのかという観点から、コミュニケーション支援やその在り方についても検討されてきた(伊藤他2019)。このように、ALSの人たちにとってコミュニケーションが、日常生活のあらゆる場面の意思決定、医療における人工呼吸器療法を含む治療における意思決定においても重要な意味を持つことが指摘されてきた。しかし、実際の生活において、コミュニケーションをめぐってどのような問題が生じているのか、詳細に記述したものはほとんどみあたらない。言い換えれば、ケアや医療を受ける対象としてのALSである本人に対するコミュニケーション支援やその在り様については検討されてきたものの、ALSである本人がどのような問題に直面しているのか、ALSである本人からの視点からは明らかにされていない。本報告では、ALSの人たちのコミュニケーションの可能性を開くためにも、ALSの人たちの生活について詳述し、コミュニケーションをめぐる問題を明らかにする。
 なお、調査協力者であるALSの人及び関係者には目的、方法、倫理的配慮について説明を行い、事例の使用について了承を得ている。本報告は、所属機関長の承諾を得ている。

◇ALSであるAについて
 Aは50代のALSの女性である。2015年12月にALSと診断された。Aは2015年8月頃から、身体の異常を感じ始めた。最初に異変を感じたのは、カラオケで息切れして声を伸ばし続けられなくなったことだった。日常生活では洋服のボタンのつけ外しが難しくなった。握力の低下を自覚したのは、洗濯物を干すときに右手の力が入らずに洗濯バサミが使えなかったことからだった。同年10月には、うどんがすすれなくなるほど、呂律が回りにくくなっていた。その頃から転倒を繰り返すようになった。そして同年12月には階段から転落し、そのことをきっかけに大学病院を受診した。そこでALSと診断された。
 Aは、2016年6月から訪問サービスの利用を開始した。訪問介護は毎日利用していたが、短時間しか滞在が認めらないため、日常生活のほとんどの介助を家族が担うしかなかった。Aは症状の進行が速く、2017年4月頃には日常生活のほとんどに介助が必要な状態になっていた。コミュニケーションは口文字盤という言葉の母音の口の形を介助者が読み取る特殊な方法を用いるようになり、さらに時間を要するようになった。
 夜間は1時間おきに夫が体位変換を行ない、本人と夫ともに不眠状態が続いていた。夫は仕事をしながらの介助で夜間も眠れずに、身体的にも精神的にも追い詰められていた。夫が仕事で家にいない日中は、娘しか介助を担う人がいない状態だった。娘はAの介助で働くことができず、さらにその負担によって体調を崩していた。ケアマネージャーや行政に相談しても、具体的な解決方策を示してもらえずに、家族が介助を負担するしかない状況が続いていた。家族が長時間の見守り介護が可能な重度訪問介護の制度を自ら調べて利用の申請を相談しても、行政は提供する介護事業所がないことを理由に利用を認めなかった。この時点で、現状のサービスではAと家族ともに在宅生活の継続が困難であることは明らかであった。  

◇地域生活の再構築を目的とした転居
 Aの住む地域には、その生活が継続できるように相談や支援を担ってくれる障害者団体はなかった。重度訪問介護を提供する事業所も極めて少ないうえにAが暮らす地域からは離れていた。本来、重度訪問介護の必要性は本人の状態から判断されるべきものである。しかし、実際に重度訪問介護の時間数を確保したとしても、それを担う事業所や人が少ないことが、家族に介助の負担を担わせている要因になってしまっている。事実、Aは重度訪問介護の事業所や担い手がいないことを理由に利用が認められずに、家族の負担が非常に重くなってしまっていた。家族以外の介助でAの生活を成り立たせる可能性を探ってもらうことができずに、Aの家族は疲弊してしまっていた
 筆者とは、Aの家族がALS患者と家族の支援団体に相談したことをきっかけに出会った。Aの家族に、他の地域では、ALSの人が重度訪問介護を利用して介助者に支えられながら暮らしていることを伝えた。家族からは、Aは今のままの生活を継続したいと強く望んでいるため、Aには支援団体や筆者に相談していることも伝えられていないことが話された。住み慣れた地域で暮らし続けたいというAの意思を尊重することは、家族が介助の負担を担い続けて疲弊することになる。しかしやはり家族介護中心の生活は継続困難となり、2021年2月に住み慣れた地域から別の地域に転居することになった。Aには、家族から現状を説明し転居をして重度訪問介護を利用した生活を試してみることを提案して説得したとのことだった。Aは転居について納得したわけではないが受け入れるしかなかった。

◇介助とコミュニケーション
 Aの夫は職場があるため地域から離れることが難しく、Aは単身で生活をすることになった。娘が同居することにはなったが、Aも周囲も体調を崩している娘に介助を期待することはできないため、実質的にAがひとりで生活できる体制を整える必要があった。そもそも、家族の介助に頼らずに生活をするために転居したのだから、24時間の介助体制を整えることは必須であった。Aの状態に応じて生活体制が整えられていった。日常生活のすべてにおいて介助を必要とし、とくに綿密な介助において口文字盤という特殊な方法によるコミュニケーションでは一つひとつの介助に時間がかかってしまう。新しい地域では、24時間2人介助での体制が可能な重度訪問介護の時間数が認められた。
 転居前のAの介助は、先に記述した通り、そのほとんどを家族が担っていた。合間合間の短時間の介助については、Aの口文字盤が読み取れる1人の介助者Bがその多くを担っていた。綿密で1ミリ単位の調整が必要なAの介助には、Aとのコミュニケーションが必須である。そのためそれが可能な家族と介助者Bに限られてしまっていた。だが、Aにとって介助者Bと家族との生活で困ることはほとんどなかった。
 転居に際して、介助の引継ぎをどうするかが問題であった。Aの家族からは、Aの介助にはコミュニケーションが必須であり、それができないために断った介助者がこれまでに何人もいることが知らされた。Aも家族も介助者にまず求めることは、コミュニケーションを読み取れることであった。とはいえ、実際に介助を担うには、Aの生活やその流れ、介助内容について把握する必要がある。これまでコミュニケーションを含めてほとんどの介助を家族が担っていたため、家族以外で日常生活の流れや介助内容を把握している人がいなかった。介助者Bから直接に引継ぎを受けることも難しい状況であった。
 そこで、筆者を含む支援者が、転居前にAの生活や流れ、介助の内容や方法について確認することにした。しかし1日ですべてを把握することは難しく、そこでの映像や文字での記録をもとにして実際の転居後の生活では情報の共有に努めた。そもそも、転居前と転居後では住まいが違うため、介助自体を見直す必要があった。そのことを介助者Bに相談したところ、転居後の住まいで環境を確認しながらAの介助方法について見直し、直接引継ぎをしてくれることになった。夫が担っていた夜間の介助は、引っ越しの当日に夫から直接引継ぎを受けることになった。これらの引継ぎによって介助内容を把握することになった。
 ここで注意しなければならないのは、実際に介助内容を把握したとしても、Aとのコミュニケーションができなければ介助ができないということである。とくに口文字盤を覚えるには時間がかかり、容易なことではない。Aにとっては、介助ができる/できないという以前に、コミュニケーションがスムーズにできるかどうかが最大の関心であり問題であった。

◇本人の支えにならないコミュニケーション
 新しい住まいでの生活が始まってからは、家族がそばにいる時間はほとんどなくなった。Aは「なかなか意思が伝わらなくて顔が怖くなる」や「毎日人がきて忙しくて大変」と言い、安心して介助を任せられる人がいない状況であった。重度訪問介護の活用によって24時間2人介助の体制に整えられても、口文字盤を読み取ってもらえない状況が生じていた。そこではAが口文字盤をとれない介助者の介助にあわせるしかなかった。介助者の中には、最初から口文字盤を覚えることを諦めている人もいた。口文字盤ができない介助者は透明文字盤を代わりに使用していた。だがその習得にも時間がかかり、疲弊したAが途中で諦めることがしばしばあった。消灯後の夜間の介助では、必然的に口文字盤が求められる。就寝時の介助はあらかじめ合図を決めていたが、それが伝わらない場合や細やかなポジショニングの調整には、口文字盤ができる介助者でも時間がかかってしまうことがあった。とくにAとのコミュニケーションがスムーズにできない介助者は、途中で読み取ることを諦めてしまうことがしばしばあった。そのことがAの不眠状態が解消されない要因にもなっていた。
 口文字盤が覚えられない要因のひとつは、介助の派遣体制が影響していた。重度訪問介護は見守り介護を含む長時間の介助を認めるものであり、24時間の介助が可能な制度である。24時間を3人の介助者が8時間勤務で組み立てることを想定して単価も設定されている。しかしC事業所は、長時間の介助を担っているにもかかわらず、短時間で入れ替わり立ち替わりに介助者を派遣していた。そのため、結果的に1人の介助者の滞在時間が短く、口文字盤だけでなくケアを覚えることも難しい状況であった。C事業所は、Aの「すべてのニーズに応えられるわけではない」ことを確認したうえで「Aにあう介助者を見極めるため」だと説明したが、Aは次から次へと派遣されてくる介助者にあわせるしかなかった。
 Aの一日の生活流れがわかってくると、だんだんとケアの手順が形作られていく。だが、同時に注意したいのは、介助者が決まった手順でケアを進めていくことができるという点である。もちろん一つひとつの介助をAが伝えていくのは時間もかかり負担であることに間違いはない。家族や介助者Bのケアにおいても、すべてに細かな確認はなくお互いがそれで了承して進められていた。だが、コミュニケーションが十分ではないなかで介助者が決まった手順で一方的にケアを進めていくことは、本人の支えにはならない。なぜなら、コミュニケーションを相手に委ねるしかないAにとっては、それが用意されていない環境や関係では、生活それ自体を自分の意思とは関係ない介助者の都合で進められることになるからである。言い換えれば、口文字盤を覚えるためのあらゆる方策を模索することなく、透明文字盤でのコミュニケーションの切り替えやケアを定式化することで、介助者自らが可能な範囲をあらかじめ特定してしまっているのである。

◇本人とのコミュニケーションが生み出すコミュニケーションの可能性
 繰り返すが、介助にはコミュニケーションが必要なことはいうまでもない。だから、介助者がまずとる態度としては、本人に合わせたコミュニケーションを覚えることであるはずである。口文字盤を覚えるためのあらゆる方策を模索しないという介助者の態度は、自らのできることを限定することでAとのコミュニケーションを断つことでもある。さらに、自らの可能な範囲を特定したとしても、具体的に何ができるのかについては明確に示されているわけではない。いずれにしても、何をしてほしいのか、してほしくないのか、そのニーズを定義するのは本人である。そのため、「すべてのニーズに応えられるわけではない」という視点を持ち込んで介助者の都合によってケアが進められることは、本人にとってはしばしばあまりに苛酷な状況である。つまりは、そこで生じている状況や問題の責任を本人だけに帰し、本人の意思や訴えが全く応えられないニーズとしてみなされてしまっているのである。このように、周囲が自らの可能な範囲をあらかじめ特定することは、口文字盤の習得も含めて本来は可能であるかもしれないことをできないと切り捨て、コミュニケーションそれ自体を断つことになる危険性が常に孕まれている。さらに言えば、コミュニケーションが不在の環境では、本人は周囲にすべてを委ねるしかなく、そこで何が生じているのか明らかにはされない危険性をも孕んでいる。
 ALSの人たちにとってコミュニケーションは、これまでの研究でも示されてきたとおり、日常生活のあらゆる場面の意思決定、医療における人工呼吸器療法を含む治療における意思決定と密接不可分である。意思決定は、本人が主体的に自らの生活を構築していく中で、周囲の人たちとの自立的な関係性によって支えられるものである。そのため、周囲が本人に対して何ができるかということを特定していく際の基準は、定式化されたものではなく、問題や状況に直面したそのつど、本人とのコミュニケーションによって生み出されるものである。この点を踏まえてAの状況を振り返るなら、周囲が本人に対して何ができるかということを特定する基準として、何が採用されるかが重要になってくる。本人とのコミュニケーションの試みが透明文字盤やケアの定式化など口文字盤ではない方法で模索されてはいるが、あらかじめ自らの可能な範囲を特定している点で介助者の都合を基準としている。その意味では、口文字盤を必要とする本人を受け入れることなどできないとして、コミュニケーションを断ち切るということなのである。
 確かに「すべてのニーズに応えられるわけではない」にしても、ニーズの定義の主体が本人である以上、それに応えられるかどうか、応えているかどうかについては本人とのコミュニケーションによって判断されるべきものである。コミュニケーションが、生活のあらゆる意思決定と密接不可分であり、その在り方が生活に直接影響を与えるからこそ、周囲は自ら可能なことの範囲をあらかじめ特定してしまわないことがコミュニケーションの可能性を開いていくために重要である。

参考文献
 樋口智和,2013,「筋萎縮性側索硬化症患者へのコミュニケーション支援」『コミュニケーション障害学』30(2):110-119.
 本間里美,2018,「難病患者を支えるコミュニケーションの支援:技術から社会制度まで」『総合リハビリテーション』46(11):1057-1063.
 伊藤道哉,尾形倫明,千葉宏毅,2019,「筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者のコミュニケーションに関する問題点と対策」『日本医療・病院管理学会誌』56:223.
 小村絹子,谷尻健,竹谷和子,2012,「筋萎縮性側索硬化症患者に対する看護師のコミュニケーション技術について考える」『中国四国地区国立病院機構・国立療養所看護研究学会誌』8:200-203.
 小田柿糸子,2019,「コミュニケーション「伝える」をあきらめない: ALSにおける人工呼吸装着下のコミュニケーション支援」『難病と在宅ケア』25(8):39-42.
 鈴木康子,河合俊宏,清宮清美,2015,「ALS看護ALSのコミュニケーション支援:重度障害者用意思伝達装置の支援経験から気づいたこと」『難病と在宅ケア』21(1):41-44.


■質疑応答
※報告掲載次第、9月17日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はjsds.19th@gmail.com までメールしてください。

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