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質疑応答は文章末です


要配慮者利用施設における避難確保計画に関する現行指針への若干の問題提起
-手動車椅子使用の障がい当事者職員の立場から-

兵頭卓磨(立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程)


はじめに

1. 本報告の課題
日本では、2017年6月に水防法及び土砂災害防止法が改正された。これにより、「洪水浸水想定区域」及び「土砂災害警戒区域」内に所在し、市町村地域防災計画にその名称及び所在地が定められた社会福祉施設、学校、医療施設等(以下、「要配慮者利用施設」)の所有者または管理者は、避難確保計画の策定及び市町村への報告と、避難確保計画に基づく訓練の実施が義務化され、さらに2021年5月の改正時には、訓練実施結果の市町村への報告についても義務化された。
こうした動向の中で、施設利用者側の避難行動を支援する体制は一応遅ればせながら徐々に整備されていると考えられるが、要配慮者利用施設で支援する側の職員が本来は必要である場合にもそれがかなり見落とされてしまう事態が存在する。それは例えば、当該施設で働く障がい当事者職員の場合である。かくいう報告者も、児童発達支援の現場で児童指導員として働く手動車椅子使用の障がい当事者職員であり、普段は自らが現に複数の福祉制度を利用する社会福祉の対象者(石島2018)でもある。一方で、「弱者」の存在を前提とし、「弱者」より「強い」存在が何らかの援助を行うことによって支援が「成立」するという「常識」が依然強固に横たわる支援現場(李2017)においては、支援者としてのラベリングが当然施されその役割が強く期待される。それゆえに、内閣府(2013)が提示している肢体不自由者の避難行動で留意すべき事項に関して、①自力歩行や素早い避難行動が困難な場合が多い、②安否確認時に、安全な場所にいるかを確認する、③より本人の状態に適した避難場所への移動を希望するかを確認する等の「合理的配慮」の提供を考慮した適切な対応をとる必要があることが見落とされがちであり、統括責任者からの要請によりせいぜい避難訓練から予め「免除」されるといった対応にしかならない現実が課題としてある。だがしかし、実際の災害発生時を想定すると、そのような障がい当事者職員への対応の実態が要配慮者利用施設以外にも日本の労働現場の至るところにあるのがよいことかと問えば、けっしてそうではないことは自明である。
そこで本報告では、以上の問題意識に基づいて、まず障がい当事者と震災との関連で行われたアンケート調査の結果を紹介したのち、民間企業における障がい者雇用の現状と防災対策の課題を確認する。そのうえで、要配慮者利用施設における避難確保計画に関する現行指針が、そもそも支援する側と支援される側という立場性を超えた運用規則としていかに規定されているかを点検する。そして最後に、前述した障がい当事者職員を取り巻く現状の課題が法律上問題であることなのか、それとも運用上問題であることなのかに触れながら同指針に欠落している視点に言及して、今後の避難確保計画の改善に向けた問題提起を試みる。

2. 目的と方法
本報告では、要配慮者利用施設における避難確保計画に関する現行指針への若干の問題提起を試みることを目的とする。2022年3月に、要配慮者利用施設における避難確保計画の策定の一助として、国土交通省水管理・国土保全局より『要配慮者利用施設における避難確保計画の作成・活用の手引きの改定等について(通知)』が発出された。これを受けて、各都道府県・中核市・指定都市の障害福祉主管部局でも、改定後の『要配慮者利用施設における避難確保計画の作成・活用の手引き(以下、「本手引き)』(2022年3月改定)やeラーニング教材を活用しつつ、障がい者支援施設等における避難確保計画の充実と避難の実効性確保の取り組みを促進し、管内の障がい者支援施設等への周知が図られている。災害が発生した際、その規模がどの程度の時に具体的な避難行動をとることが求められ、その避難行動がいかなる法的根拠に基づくものかを分析的に理解することなしには避難行動要支援者の避難行動支援は成立しえない。それゆえ、本手引きに記載されている避難確保計画に関する現行指針への問題提起は、障害の有無や、支援する側か支援される側かに関わらず避難行動支援のあり方を統合的に記述するうえで最も有効的な方法といえる。本報告では、こうした点を踏まえたうえで、避難確保計画の策定及び市町村への報告と、避難確保計画に基づく訓練の実施に至るまでの一連の流れが記載された本手引きを手がかりとして検討を進める。なお本報告では、本手引き上の記載内容のうち、避難確保計画の基本構成と基本的な事項及びその留意点までを記述の対象とし、防災体制に関する事項等その他の事項については別稿に譲ることとする。

第1章 障がい当事者と震災

1. 『震災対策および防災に関する調査』
障がい者総合研究所が2018年3月に行った『震災対策および防災に関する調査』によると、アンケートに応じた障がい当事者331名のうち、震災発生を想定した際、避難において55%が「避難時に支障があると思う」、64%が「避難所での生活に支障があると思う」と回答した。また、自身の障がいに関する防災対策を行っている人は26%にとどまり、個人が取り組める対策には限界があることが明らかになった。さらに、災害時に自治体や周囲の人に支援してほしいことがあると回答した人は40%であった。聴覚障がい者や視覚障がい者は情報保障、肢体不自由者は避難誘導の支援、内部障がい者は病状に応じた対応、精神障がい者では避難所等で大勢の人と生活することの困難さへの理解や、パニック時の対応など心のケアを求める声が上がった。加えて、災害時に自治体や周囲の人に支援してほしいことがあるか「分からない」と回答した人は40%を占めた。

2. 民間企業における障がい者雇用の現状と防災対策の課題
一方、2021年3月に民間企業における障がい者の法定雇用率が2.3%に引き上げられた。厚生労働省が2021年12月に発表した『令和3年 障害者雇用状況の集計結果』によれば、民間企業の障がい者雇用数は597,786.0人(対前年比+3.4%増 19,494.0人増加)、実雇用率は2.20%(同+0.05ポイント上昇)となり、18年連続で過去最高を更新した。同年5月には障害者差別解消法が改正され、国や地方公共団体だけではなく、民間事業者にも「合理的配慮」の提供が義務づけられた。障がい者雇用促進の動きは今後ますます高まっていくと考えられる。
こうした状況の中、本報告の主題である避難行動要支援者の避難行動支援の観点からいえば、民間企業でも定期的な避難訓練や非常食の備蓄などの防災対策の実施が現在重要課題となっている。しかし、災害時に障がいがあることでどのような困難が発生するか、その困難に対して社員がどのように対応するか、十分なイメージやヒアリング、シミュレーションが十分に足りていないとの課題がある。そのため、要配慮者利用施設における避難確保計画に関する現行指針については、「支援者/被支援者」を区別しない災害時の対応や防災対策の整備という観点で具体的に点検することが必須である。そこで次章では、同計画の概要に焦点を当てて点検を試みる。

第2章 避難確保計画の概要

1. 避難確保計画の基本構成と基本的な事項
水防法及び土砂災害防止法に基づく避難確保計画は、水害や土砂災害が発生する恐れがある場合における、避難行動要支援者の円滑かつ迅速な避難の確保を図るために必要な防災体制や訓練などに関する事項を定めた計画である。避難確保計画に定める事項は、水防法施行規則や土砂災害防止法施行規則、津波防災地域づくり法施行規則に規定されており、その項目は、「防災体制に関する事項」、「避難の誘導に関する事項」、「避難の確保を図るための施設の整備に関する事項」、「防災教育及び訓練の実施に関する事項」、「自衛水防組織の業務に関する事項」となっている。
避難確保計画に関する基本的な事項としては、同計画の目的と位置づけを明らかにするため、水防法(洪水、雨水出水、高潮)、津波法(津波)、土砂災害防止法(土砂災害)のうち、どの法令に基づく計画なのかを明記することが求められている。避難確保計画を策定する際は、通所や入所等の利用形態、建物の階数、避難行動要支援者の人数を明らかにしておく必要がある。水害や土砂災害は、昼間・夜間、平日・休日に関わらず発生するため、通所や入所等の利用形態別の避難行動要支援者の人数は、昼間・夜間、平日・休日に分けて記載することが重要である。また、避難確保計画を策定する際に重要なことは、施設が有する自然災害のリスクを適切に把握することである。洪水や雨水出水、高潮による浸水が想定されている場合は、施設が所在する場所における「想定される最大浸水深」や「想定される浸水継続時間」を記載する。洪水の場合は、河岸侵食や氾濫流により建物が倒壊する恐れがある「家屋倒壊等氾濫想定区域」に該当するか否かについても記載する必要がある。津波が想定されている場合は、「基準水位」(未算出の場合は参考として「想定される最大浸水深」)、「津波到達時間」を記載しておく。さらに、土砂災害が想定されている場合は、「土砂災害警戒区域」と「土砂災害特別警戒区域」のどちらに該当するかを記載することが求められている。
これらの災害リスク情報は、市町村が公表している「ハザードマップ」や国土交通省または都道府県が公表している「洪水浸水想定区域図」、「雨水出水浸水想定区域図」、「高潮浸水想定区域図」、「津波浸水想定」、「津波災害警戒区域図」、「土砂災害警戒区域図」により確認することが可能となっている。

2. 避難確保計画に関する留意点
前項では、避難確保計画の基本構成と基本的な事項を明らかにした。これらの内容を踏まえたうえで、要配慮者利用施設の管理者は、避難確保計画を策定する際に、実際にどのような点に留意して同計画を策定しなければならないのであろうか。ここでは、避難確保計画に関する留意点について記述していくこととする。
まず、避難確保計画を策定または変更した場合は、同計画を市町村長に速やかに報告する必要がある。また、避難確保計画の内容を要配慮者利用施設の職員(以下、「施設職員」)等の関係者が理解したうえで、確実に避難行動要支援者の避難を確保するには、避難確保計画に定めた内容を施設職員や避難行動要支援者及びその家族、避難支援の協力を得ることとしている外部協力者(以下、「避難支援協力者」)に周知しておくことが重要である。
さらに、避難の実効性を確保に向けて、平時からの避難訓練の継続的な実施が必要である。避難訓練は、原則として年一回以上の頻度で実施することが求められており、避難訓練の結果は、実施後概ね一ヶ月以内を目安に市町村に報告する義務が課せられている。避難訓練により明らかになった課題については、その解決に努めるとともに、必要に応じて避難確保計画の内容を見直すことが必要である。避難確保計画や避難訓練に関しては、市町村から必要な助言・勧告を受けることができることから、適切な助言等が得られるよう避難確保計画や訓練結果の報告の際には、本手引きに掲載されているチェックリストを添付して市町村へ報告することが求められる。
施設職員や避難支援協力者が避難確保計画の内容を分かりやすく理解するためには、時系列にしたがって避難行動を取りまとめておくタイムラインを作成しておくことが有効とされている。
また、施設利用者が避難行動要支援者である場合、入所から在宅サービスに移行した時は、災害対策基本法に基づき市町村が個別避難計画の策定に努めることとされている。避難行動要支援者本人が在宅サービスに移行した場合には、市町村の避難行動要支援者名簿の担当部局等に連絡するよう求められている場合があるため、その詳細については市町村などの行政から必要な助言・勧告を受けることが望ましいとされている。

おわりに

本報告では、要配慮者利用施設における避難確保計画に関する現行指針が、そもそも支援する側と支援される側という立場性を超えた運用規則としていかに規定されているかに着目してきた。最後に、当該施設における避難確保計画に関する現行指針への若干の問題提起を試みる。
本報告で明らかにしてきたように、水防法及び土砂災害防止法に基づく避難確保計画に関する現行指針では、障がい当事者が支援される側の施設利用者としては扱われていることが分かる一方で、要配慮者利用施設で支援する側の職員として雇用されている障がい当事者職員への避難行動支援のあり方に関しては、「合理的配慮」の提供の文脈で一切記述されていない。現状では、「合理的配慮」の提供という視点が欠落した状況で避難確保計画が運用されているがゆえに、本来は参加することが望ましいにも関わらず、本報告の冒頭で挙げた障がい当事者職員の避難訓練免除という対応を生み、結果として災害時の具体的にどのような場面で最も危険が生じるかを障がい当事者職員自身が事前に予測できない状況に置かれている。つまり本報告での点検を通じて、同計画に関する現行指針は、「支援者/被支援者」を区別しない災害時の対応や防災対策の整備という観点を踏まえた運用規則にはなっていないことが明らかとなった。
こうした背景には、施設要配慮者利用施設における避難確保計画といえば基本的に社会福祉の一部として議論が進められ、支援する側の職員の避難行動となれば労働政策的な側面を含むものとして理解されるという、管轄主体ごとに政府機関が区分された行政の縦割り構造の影響があり、それにより特に職員の避難行動は見落とされがちとなっていると考えられる。避難行動要支援者の避難行動支援は、やはり基本的に支援する側であろうとなかろうと区別されずに、支援を必要とする者には適切な支援が提供されるべきであると報告者は考える。要配慮者利用施設で働く障がい当事者職員を取り巻く現状の課題としては、「合理的配慮」の提供に関する規定など法律上問題である側面を含みつつも、実際にはやはり各施設レベルでの同計画の運用自体に大きな課題があることは確かであると結論づける。
避難確保計画に定める事項は、例えば消防法に基づく『消防計画』や社会福祉施設に策定が求められている『非常災害対策計画』、学校で運用される『危機管理マニュアル』の中に加えることができ、これらの計画と一体的に策定することが可能となっている。こうした点は、厚生労働省の『高齢者施設・事業所における避難の実効性を高めるために-非常災害対策計画作成・見直しのための手引き-』や文部科学省の『学校の「危機管理マニュアル」等の評価・見直しガイドライン』にも同様に明示されている。
以上の点を踏まえるならば、要配慮者利用施設で働く障がい当事者職員への避難行動支援のあり方について今後改善を図るためには、本報告で分析の対象としてきた避難確保計画の中に、厚生労働省の「合理的配慮指針」の考え方を一体的に組み込むことが一つの方策として必要であろう。民間企業における実践例の中で、株式会社ニッセイ・ニュークリエーションでは、災害発生時に対応するための社内体制の整備の一環として、障がいのある社員を中心とした災害対策プロジェクトチームを立ち上げた(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構2022)。同社では、実際の災害発生時・訓練実施時に判明した課題等を踏まえ、様々な障がいに配慮した災害時の安心・安全向上に向けた取り組みを推進している。その具体的な効果として、障がいのある社員による主体的な取り組みを中心とした運営を実行することで、社員の災害に関する意識の向上、身体機能の状況・特性等に対するきめ細かな配慮の実現につながったとの報告が挙がった。この取り組みはあくまで民間企業での労働安全衛生対策の実践例であるが、今後は本報告で言及できなかった避難確保計画に基づく訓練の実施に関する事項等を含めて、要配慮者利用施設においても災害による被害を最小限にとどめるため、職員一人ひとりが的確に対応できるよう、継続的に検討を進めることが求められる。

文献
1)石島健太郎,2018,「被支援者としてのラベリングを回避する実践」『東京大学文学部社会学研究室ワーキングペーパー』S-7.
2)厚生労働省,2021,『令和3年 障害者雇用状況の集計結果』.
3)国土交通省水管理・国土保全局, 2022,『要配慮者利用施設における避難確保計画の作成・活用の手引きの改定等について(通知)』.
4)国土交通省水管理・国土保全局, 2022,要配慮者利用施設における避難確保計画の作成・活用の手引き』.
5)障がい者総合研究所, 2018,『震災対策および防災に関する調査』.
6)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構, 2022 , 「障害者の労働安全衛生対策ケースブック」,(2022年6月4日閲覧, https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/ca_ls/casebook.html).
7)内閣府, 2013,資料4「災害時要援護者等の特性ごとに必要な対応について(案)」第5回 災害時要援護者の避難支援に関する検討会.
8)李永淑, 2017,「支援者・被支援者間における関係の非対称性の解消と他者理解の検討―俳句ワークショップを事例に―」第90回日本社会学会 於: 東京大学本郷キャンパス.

■質疑応答
※報告掲載次第、9月17日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はjsds.19th@gmail.com までメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

報告者に知らせます→報告者は応答してください。いただいたものをここに貼りつけていきます(ただしハラスメントに相当すると判断される意見や質問は掲載しないことがあります)。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。


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