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高次脳機能障害だとわかること――本人による手記を用いた考察
澤岡友輝(立命館大学大学院先端総合学術研究科 一貫制博士課程)


【背景】
 高次脳機能障害は,事故や病気などによって生じた脳損傷に起因する認知障害全般を指し,「見えない障害」とされる(河井他 2016).また,高次脳機能障害は一般的に「忘れやすい」,「疲れやすい」などの症状1)が多いとされる.さらに,この障害は外見に目立つ身体的特徴はなく,日常生活における自立度も高い場合が多く,他人から視認されにくいという特徴を持つ(山田 2011).そのため高次脳機能障害者には,誰にでも共通する症状だとしても,病気によるものであるとわからないがゆえに本人や周囲の人たちに戸惑いや困難が生じてきた.
 本人や周囲の視点から症状と障害について論じたクラインマン(Kleinman 1988=1996)の「病いの語り」がある.そのなかでクラインマンは「病い」の定義を,「病者やその家族メンバーや,あるいはより広い社会的ネットワークの人々が,どのように症状や能力低下(disability)を認識し,それとともに生活し,それらに反応するのかということを示すもの」とした(Kleinman 1988=1996: 4).「病い」であることの気づきに関して,発達障害者は自分が「普通」にやっていることが周囲とは違っていることを感じ,あるいは当事者の本を読むなどして「自分もそうなのはないか」と気づくことがある(立岩 2014).発達障害の場合は,病気の発症や事故による外傷など契機となるものはなく,病名と自分の実体験に連関がある.そのため,自らに病や障害があることを否定することもあれば,医学的な診断を求めることもある.他方で,自らの症状に困惑・疲弊するも医学的な診断がつかず,社会で困難を抱える慢性疲労症候群などの当事者もいる(野島 2021).本報告でとりあげる高次脳機能障害の場合は後天的なものであるうえ,認知と意識が乖離する病態がある「気づき」の障害だと説明されている(大東 2013)が,本人は能力の低下や症状による困難が高次脳機能障害によるものであると気づくことも可能である.一般的に,自分に生じている症状が病気によるものであるとわかること2)で,本人や周囲にとってよいこともわるいことも起こりうる.自らの状態や症状を理解した高次脳機能障害者の自己開示3)は,開示する時期や程度を考えるなどして戦略的に用いられた(澤岡 2021).
 本研究で着目する高次脳機能障害には病気や事故など契機となるものがあり,診断名4)が付いている/契機があるところから病であることへの気づきがはじまる.本人はどのようにして,自身に高次脳機能障害があることを知るのだろうか.本報告では,本人の手記を収集・整理して考察する.

【目的】
 高次脳機能障害者が高次脳機能障害を認識するまでのパターンを検討すること.

【方法】
 高次脳機能障害のある本人の手記を収集した.収集した4名のなかから結果を整理し,考察を行った.手記の中で受傷後の診断・告知に関わる本人の思考や行動の記録に着目した.考察に関する部分には下線をつけた.
 
【結果】
 1)は,契機の後に診断がついた/告知を受けた事例である.2)は,契機の後すぐに診断がつかなかった事例である.
 
1―1)なぜなのかわからない
 自分の身に何が起こったのか,見当もつかなかった.靴のつま先とかかとを,逆に履こうとする.食事中,持っていた皿をスープの皿の中に置いてしまい,配膳盆をびちゃびちゃにする.和式の便器に足を突っ込む.トイレの水の流し方が思い出せない.なぜこんな失敗をしでかすのか,自分でもさっぱりわからなかった.(山田規久子 2004: 16)

 今日は,KちゃんとS,子ども達が家に来てくれた.事故前に作業していたDVDに英訳をつける.事故後,初の顔合わせ.思考力がいまいち.二人に頼りっぱなし.頭が言うことを聞いてくれない.いったい俺の頭はどうなっているんだ.わからないことだらけだ.たまに身体の左側が痛くなるのはなんでだ.わからない.わからない.(GOMA 2016: 13)

1-2)診断や告知を受けてわかる
 高次脳機能障害という言葉を初めて教えてくれたのは,岡山大学の脳外科の教授だった.発症から一か月あまりですでに日常(ただし入院生活)にたいした不自由を感じていなかった私は,頻繁に退院をほのめかされていた.
 「高次脳機能障害は,日常生活で頭や体を使っていくことがリハビリでね,慣れていくしかないんですよ.余生は趣味のことでもされて,のんびりと暮らされたらどうですか」と,教授は申し訳なさそうに言った.
 ときどき起こるおかしな失敗の正体が,この高次脳機能障害であることを知った.(山田規久子 2004: 17)

 朝一番で,Hクリニックへ.Iドクターという名医に診ていただけることに.たまたま妻が新聞で記事を見つけて,今日に至る.高次脳機能障害と診断される.二時間近い診察.正直疲れたけれど,ドクターも同じくらい疲れているよね.はじめてちゃんと診断された感じ.気が狂ってしまったのかと思ったりもしたけれど,君は正常だと言ってもらえて救われた.一回目と二回目の事故は繋がっていると思うとのこと.気を持ち直して頑張ろう.(GOMA 2016: 18)

 入院翌日,主治医は僕の家族への病状説明の中で,僕には脳卒中後に残る後遺症の「高次脳機能障害」の中でも比較的ポピュラーな「半側空間無視」の症状が出ていると,いかにも医者らしい「必要なこと,断定できること以上は語らない」淡々とした口調で説明してくれた.
 聞きなれない言葉だが,かの老紳士はテレポーテーションで現れたのではなく,僕の深層心理に女子トイレ侵入欲求が隠されていたのでもなく,僕は自分の左側の世界を「見えていても無視」したり,左側への注意力を持続するのが難しい脳になってしまったようなのだった.(鈴木大介 2016: 38)

2-1)身体に問題はないが,違和感がある
 目や耳の機能自体には問題がない.言葉も話せる.左手足は不自由だが,なんとか動かせる状態だ.つまり,僕の「身体」には大きな問題はない.しかし僕自身は,いつも不便を感じている.今周囲で起きていること,自分に起きている事態を把握するのに時間がかかる,おどおどしている僕を傍から見ると,ただの挙動不審なやつにしか見えない.身体の回復とは裏腹に,僕の違和感は増していった.(小林春彦 2015: 81)

2-2)病名がつかない
 でも僕の場合は,違和感を訴えても,病名を付けてはもらえなかった.何より,僕自身も,自分が置かれている状態をうまく説明できなかった.だから当然,周囲にも理解してもらえるはずがない.でも僕は,何かにカテゴライズ(分類)されたかった.
 説明できない,診断してもらえない,理解してもらえない….そんないつもの「ないないづくし」のなか,僕は,混乱していた.
 (どんどん良くなると思っていたのに…)(小林春彦 2015: 84)

2-3)調べる
 僕は,手探りながらも,なんとか「闇」のなかから這い出る方法はないものかと模索し始めた.幸い,僕には行動力と知力があった.
 ……(病院は,ほかにもたくさんある.もしかすると,僕のこの状態を理解してくれる医師がいる病院があるかもしれない)
 僕は,ワラにもすがる思いで,病院の情報を集め始めた.情報源は,主にインターネット.
 来る日も来る日も,パソコンの検索エンジンに,脳梗塞,脳損傷,異変,見え方…などなど,さまざまなキーワードを打ち込んでは,ヒットするページに片っ端から目を通した.
 そんなある日,いつものようにネットで情報収集をしていたところ,ある言葉が,巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」で僕の目に飛び込んできた.
―高次脳機能障害.
   初めて見る言葉だった.(小林春彦 2015: 115-117)
   
2-4)高次脳機能障害なんじゃないか
 そもそも,言葉の出所も怪しかったので,さらに検索を続ける.いくつか出典があるページを拾い読みしていくうちに,高次脳機能障害とは,事故で頭部をぶつけたり,脳卒中によって脳が損傷を受けたことが原因で,日常生活になんらかの支障が出る障害であるらしいことが,わかってきた.10年も前,僕に限らず,世間でもほとんど知られていない言葉だった.
 障害も様々で,記憶に障害が出る人もいれば,認識に障害が出る人もいる.他にも感情のセーブ,論理的思考力….
 ……読めば読むほど,僕の症状に似ているような気がした.
 (もしかすると,僕は高次脳機能障害なんじゃないか?でも,所詮は素人判断だからな.詳しいことがわかる病院が近くにあるといいんだけど…)(小林春彦 2015: 117-118)

【考察】
1)わからない
 本人は「高次脳機能障害がある」という診断名を聞いても,わからないことがある.そこには高次脳機能障害に身体的特徴がなく,障害の名前や症状も社会では認知が十分ではないというのがわからない要因の一つとしてあるだろう.そのため本人が高次脳機能障害者になったときに,高次脳機能障害について知っていることも多くない.また,契機の後に入院した病院では環境が複雑ではないため,高次脳機能障害による症状が顕在化しにくいことで,本人はより高次脳機能障害があるとわかりにくくなっていると考える.
 自分では契機の後に生じた違和感を介して高次脳機能障害があることがわかる部分もあったが,他者は本人の高次脳機能障害をどのようにわかる/わからないのだろうか.高次脳機能障害は,誰にでもある程度は共通する症状なのである.また本人が高次脳機能障害によるものであることを認識していなかった場合にも,周囲の者が本人に対して違和感を持つということは起こりうる.そのため本人は周囲の者によって高次脳機能障害があることへの気づきに至る場合があることも考えられる.
 
2)わかる
 【結果】1)の手記では,診断や告知を受けて本人は高次脳機能障害があること/その症状が高次脳機能障害によるものであるとわかった.わかった要因の一つにあるのは,診断や告知までに自分が違和感を抱いていたからだった.違和感を抱くのは,高次脳機能障害が中途障害であるということがあるだろう.本人には契機以前の記憶やそれまでの身体感覚がなくなるわけではない.
 他方,【結果】2)では診断がつかず,自ら調べる姿勢が確認された.自らに病があるとわかるまでに,病について調べるという行為は,自閉症者でも確認されたことがまとめられている(立岩 2014).診断がついている場合にも契機の後に違和感があったから診断名に納得し,診断がついていない場合でも違和感があったから自ら調べようとした.診断の有無にかかわらず,高次脳機能障害者の場合には契機の後に生じた違和感というものが,自らに病があるとわかるまでにかかわっているようである.

【結論】
 診断や告知の時期などの違いにより,本人が高次脳機能障害だとわかるまでのパターンは一様でないことがわかった.本人が診断に納得する場合と診断を求める場合に共通してあるのは,受傷後に違和感が生じていることだった.
 
【今後の課題】
 高次脳機能障害だとわかることには,契機の後すぐに診断・告知があった場合や本人が高次脳機能障害者であることを認めない場合など本報告以外にも様々なパターンが考えられる.続けて多様なパターンを収集し,他者が高次脳機能障害をわかる/わからないことも含めて検討する.
 
1)  高次脳機能障害の主な症状に,記憶障害(新しく何かを覚えられないなど),注意障害(集中力がないなど),遂行機能障害(物事を計画して実行することができないなど),判断力の低下・易疲労性(精神的に疲れやすい)などがある(橋本 2007).

2)  パーソンズ(1951=1974)は病人役割について,病気であることが逸脱であるとされるならそれは本人に責任があるのではないことが区別されなければならないと説明した.

3)  自己開示(self-disclosure)という言葉は,Jourard(1958)によって初めて用いられたとされ,榎本(1997)は自分の性格や身体的特徴,考えていることなど「自分がどのような人物であるかを他者に言語的に伝える行為」と定義している.森山(2010)は性的少数者が用いるカミングアウトについて,現在の用法が「自身の特徴や属性,特に差別や抑圧の「理由」となるようなそれについて,今までに明かしていない情報を他者に伝達すること」だと述べている.

4)  行政的な高次脳機能障害の診断に関して以下のように説明されている.
「高次脳機能障害」という用語は,学術用語としては,脳損傷に起因する認知障害全般を指し,この中にはいわゆる巣症状としての失語・失行・失認のほか記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などが含まれる.
 一方,平成13年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において集積された脳損傷者のデータを慎重に分析した結果,記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などの認知障害を主たる要因として,日常生活及び社会生活への適応に困難を有する一群が存在し,これらについては診断,リハビリテーション,生活支援等の手法が確立しておらず早急な検討が必要なことが明らかとなった.
 そこでこれらの者への支援対策を推進する観点から,行政的に,この一群が示す認知障害を「高次脳機能障害」と呼び,この障害を有する者を「高次脳機能障害者」と呼ぶことが適当である(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部・国立障害者リハビリテーションセンター 2004).

5)  医学的な高次脳機能については以下のように説明されている.
 ヒトでは,さらに複雑な感覚と運動の上に成立する「言語」を家庭,社会において習得する.これらの,「どこ」一空間性認知,「何」一対象の認知,「どのように」一目的を持った行為,そして,実際の物や行為のない場合でも様々な事象を表現・伝達・理解できる言語が高次脳機能に含まれる.このような能力を学習し,また,時間の流れの中で有効に活用していく上で重要な役割を果たしている記憶も重要な高次脳機能である.さらに,幅広い高次脳機能を組織的に活用して,将来的展望を持ち,目的を持って,計画的に行動することも,「高次元」の高次脳機能である(石合 2012).
 
【文献】
榎本博明,1997,『自己開示の心理学的研究』北大路書房.
GOMA,2016,『失った記憶 ひかりはじめた僕の世界――高次脳機能障害と生きるディジュリドゥ奏者の軌跡』中央法規.
橋本圭司,2007,『高次脳機能障害――どのように対応するか』PHP新書.
石合純夫,2012,『高次脳機能障害学 第2版』医歯薬出版.
河井信行・畠山哲宗・田宮隆,2016,「脳神経外科医が知っておくべき脳外傷後高次脳機能障害の特徴と診断」『脳神経外科ジャーナル』26(3): 185-194.
Kleinman, A., 1988, THE ILLNESS NARRATIVES Suffering: Healing and the Human Condition, Basic Books Inc.(江口重幸・五木田紳・上野豪志訳,1996,『病いの語り――慢性の病いをめぐる臨床人類学』)
小林春彦,2015,『18歳のビッグバン――見えない障害を抱えて生きるということ』あけび書房.
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部,国立障害者リハビリテーションセンター,2004,「高次脳機能障害診断基準」,国立障害者リハビリテーションセンターホームページ,(2021年8月25日取得,http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/rikai/)
森山至貴,2010,「ゲイアイデンティティとゲイコミュニティの関係性の変遷――カミングアウトに関する語りの分析から」『年報社会学論集』(23),188-199.
野島那津子,2021,『診断の社会学――「論争中の病」を患うということ』慶應義塾大学出版会.
大東祥孝,2013,「「気づき」の障害」『高次脳機能研究』33(3): 293-301.
Parsons, T., 1951, The Social System, The Free Press. (佐藤勉訳,1974,『社会体系論』青木書店.)
澤岡友輝,2021,「高次脳機能障害と戦略的自己開示――就労とジレンマに焦点を当てて――」『立命館人間科学研究』44.(2021年5月11日受理)
鈴木大介,2016,『脳が壊れた』新潮新書.
立岩真也,2014,『自閉症連続体の時代』みすず書房.
山田規畝子,2004,『壊れた脳 生存する知』講談社.
――――,2011,『壊れかけた記憶,持続する自我――「やっかいな友人」としての高次脳機能障害』中央法規.


■質疑応答

※報告掲載次第、9月25日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人は2021jsds@gmail.comまでメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

報告者に知らせます→報告者は応答してください。いただいたものをここに貼りつけていきます(ただしハラスメントに相当すると判断される意見や質問は掲載しないことがあります)。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。

〈2021.9.3. 会員から〉
鶴田雅英。
所属 大田福祉工場/大田区高次脳機能障害支援者ネット

以下、質問など
~~
東京・大田区で高次脳機能障害者に関するいろんなことに関わる私にとって、とても興味深く、いろいろ使えそうで、可能性を感じる報告でした。というのは、高次脳機能障害の人の支援などに関わって、やはり、当事者本人が自分のことを知ること、そのプロセスがとても大切だと感じるからです。専門家視線ではなく、当事者の語りからそのプロセスに着目するという研究は本当に意義のあるものだと思います。

ありがとうございました。

以下、具体的な質問です。

これらの事例を読んで、そしてぼくが出会った当事者からも感じるのは、当事者自身の高次脳機能障害についての気付きは、「外からのインプット」と「自分の体験」を重ねることから生じているということです。両者のインタラクティブな関係と、その情報をどのタイミングで聞かされるか、ということが、気づきに密接に関係しているように感じます。このインタラクティヴィティと、タイミングの問題について、どのように考察されたのか、聞かせていただければと思いました。

「外からのインプット」と「自分の体験」のインタラクティブな関係、及びそのタイミングと簡単に書いてしまいましたが当時者が自分で気づくための背景には他にもさまざまな要素があり、それらを勘案して、支援者にはどう動いてほしいのか、という話は『脳コワさん支援ガイド』(鈴木大介著)に書かれていたように思います。そさまざまな要素とは、情報を伝える人との距離感や信頼関係であったり、脳の損傷の程度であったり、本人のそのときどきの状況であったり、他にもあると思うのですが、それらの要素の上に「高次脳機能障害だとわかること」があるのだと考えます。

質問1
そのように考えると「高次脳機能障害者が高次脳機能障害を認識するまでのパターンを検討すること」の困難も予想され、パターンの要素をどのように切り分けるかが重要ではないかと考えますが、要素の切り分けについて、どのように検討されていますか?

質問2
高次脳機能障害者にとって、外からインプットが、「どのタイミングで入るか」ということが、とても重要だということは、この報告でも垣間見えるところです。そのタイミングに注目し、それを中心に記述しても論文になりそうな気がしますが、今回の考察の中で、そのタイミングの問題について、どう感じたか、今後、どのように研究していく予定なのか、教えていただければと思いました。

質問3
同時に、自分が高次脳障害であることに気づいていない段階もまた、重要なのではないかとも感じています。気付いていない段階を経ることの大切さについては、どのように考えますか?

質問4
障害についてわかるプロセスというのは自分ができないことを「知らされる/知る」プロセスでもあり、多くの場合、否定的な側面が大きなものです。その場合、支援者に重要なのは、その大変さや重さを軽視せず理解し、同時に、その障害と折り合いをつける方法があることを示す(本人が気づくプロセスを促進する)ことだと思います。折り合いをつける方法を示すことが、「本人がわかる」プロセスにも肯定的に影響するのではないかと感じることがあります。障害(できないこと)を伝えると同時に、その障害と折り合いをつける方法を伝えること(本人が知ること)に関して、これらの本人の語りから見えてきたものがあれば、教えていただければと思います。

質問5
今後の課題に書かれているように、それらを「 多様なパターンを収集」することから見えてくることはあると思うのですが、同時に、当事者会などに深くかかわり、数人の人をより深く参与観察することで見えてくることも多いのではないかと思うのです。もう、すでに行われているかもしれませんが。
すごく大雑把にいうと、質的調査と量的調査の比重にも関連する話ですが、その両者の比重について、どのようにお考えですか?
~~~
ADHD傾向が高いので、書かれているのに読み落としている部分もあるかもしれません。そういうときは、指摘していただければ幸いです。

〈2021.9.6.報告者から〉
鶴田様
示唆に富んだご質問ありがとうございます。以下、回答です。

質問1
回答:要素の切り分けについては、「障害」に対する偏見、契機が生じた後の入院中の経験や医療従事者とのかかわりなど、それぞれの有無と、高次脳機能障害が病による発症/頭部外傷による発症かどうかになってくると考えています。

質問2
回答:ご紹介いただいた『脳コワさん支援ガイド』(鈴木大介著)でも記載のあるように、タイミングの問題については、高次脳機能障害に関して指摘をする人・説明をする人などの関係性もありうると感じました。今後の研究ですが、本人が「高次脳機能障害であるとわかること」と「高次脳機能障害を自己開示(高次脳機能障害があることを他者に伝えること)すること」は繋がっているので、わかること・開示することについてまとめていきます。
また、これまで私は高次脳機能障害者の自己開示について本人にインタビューしてきましたが、今後は並行して、高次脳機能障害者の雇用主や支援者にインタビューをおこない研究論文を執筆する予定です。それに関して、インタビューをもとに執筆した拙論「高次脳機能障害と戦略的自己開示――就労とジレンマに焦点を当てて――」『立命館人間科学研究』44.(2021年5月11日受理)にアクセスが可能になりましたら、読んでいただけますと幸いです。

質問3
回答:ありがとうございます。今後は「高次脳機能障害に気づいていない段階を経ること」にも着目して、考察を深めていきます。

質問4
回答:「折り合いをつける方法を示す」というのは、肯定的に作用するならタイミングや支援者との関係性が重要になっているのかもしれませんね。また、それまでに本人に診断名がついているか、その診断名に納得しているか、なども関係していると思います。ですが本人の場合、支援者から方法を示されて折り合いをつけるものではないのかなと感じる部分はありました。

質問5
回答:ご質問ありがとうございます。私は2019年から当事者会に参加させてもらっていて、現在も本人にインタビューを行っています。高次脳機能障害には多様な症状があり、よいことやわるいことは高次脳機能障害の程度や本人の環境によって異なりがあると感じています。そのため、どのような疾患・対象でもいえることですが、量的に数字やデータから分析して研究するだけではなく、質的に本人の語りから分析する重要性もあると感じています。


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