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身体障害者手帳所持者(上肢のみの障害)における国連国際障害統計ワシントン・グループの指標の選択状況

北村弥生1,2、今橋久美子1、飛松好子1、江藤文夫1、岩谷力2
1:国立障害者リハビリテーションセンター
2:長野保健医療大学


A. 研究の目的と背景
 本稿では、身体障害者手帳所持者のうち上肢のみに障害がある者の等級と国連の国際障害統計ワシントン・グループの指標(文献1~4)の回答がどのように対応するかを明らかにすることを目的とする。
 ワシントン・グループが開発した指標のうち、6項目から成る短い質問群(ショートセット:以下、WG-SS)は障害発生率を国際間で比較するために、国勢調査または全国調査で使用することを目的に開発された。WG-SSは2021年現在では85か国で使用されており(文献5)、国内からも利用の要請が高まっている。
 国際的には、国連障害者権利条約締結国として国連に対して定期的に行う政府報告(文献6)および日本障害者フォーラムが国連に提出したパラレルレポート(文献7)で「データ・統計の充実」は記載されており、同条約の「障害者の権利に関する委員会」でも日本の審査の際に課題になる可能性がある(文献8)。
 しかし、国内の全国規模の公的統計では、まだ、ワシントン・グループの指標は、事務局が推奨するようには使用されていない。平成23年「生活のしづらさなどに関する調査」(エクステンデッドセット:以下、H23調査)では、調査員が調査地区(一地区当たり約50世帯)を全戸訪問し調査対象者を分別するための12項目に、WG-SSと拡張質問群(以下、WG-ES)37項目から一部が修正して使用された。しかし、H23調査では、この12項目に対しては回答を求めなかったために、対象者をWG-SSあるいはWG-ESの指標で分別することはできなかった。
 平成28年「生活のしづらさなどに関する調査」(以下、H28調査)では、12項目を23項目に修正し調査項目としたが、結果は公表されなかった。二次解析により、ワシントン・グループの指標から作成した23項目を、障害者手帳所持、難病指定とあわせて一つの設問中の選択肢としたために、障害者手帳を「所持する」と回答した者の多くは、選択肢として後ろに配置されたワシントン・グループの指標に当てはまっても選択しなかった場合があったことが明らかになった。例えば、身体障害者手帳を所持する視覚障害者は、「身体障害者手帳所持」を選択すると、後にある「眼鏡をかけても見るのが困難である」を選択しなかった。
 さらに、WG-SSとWG-ESは4段階の選択肢(できない、とても苦労がある、多少苦労がある、全く苦労はない)から一つを選択し、「できない、とても苦労がある」の選択者を「障害者」と定義するが、H28調査の選択肢は紙面の制約から2段階(はい、いいえ)とされた。2段階の選択肢では、「できない」と回答しにくいことはワシントン・グループによる調査で示されている(文献9)。
 国内では、障害統計の充実は、障害者政策委員会での議論(2016)(文献10)、第4次障害者基本計画(2018-2022) (文献11)、障害者の安定雇用・就労の促進を目指す議員連盟(略称、インクルーシブ雇用議連)からの提言書(2019) (文献12)などで要請されている。
 WG-SSは、次期の「生活のしづらさなどに関する調査」(令和4年実施見込み)での適正な使用が期待されるだけでなく、令和3年国民生活基礎調査(厚生労働省)でも採用されることが検討されている(文献7, 8, 13)。一方、WG-SSとWG-ESはICFに基づいて開発されており、我が国の障害認定基準における障害種別および障害等級との対応関係は明らかになっていない。本研究の結果は、ワシントン・グループの指標と「障害者手帳の障害種別および等級」がどのように対応するか知るための基礎資料になると考えられる。

B.研究方法
 長野県飯山市(令和2年11月現在人口19,383人 高齢化率38.4%)において、令和2年11月に障害者手帳所持者1,221名(女性50.2%、身体867名、療育154名、精神200名を対象に郵送法で実施した。飯山市は長野県北東部に位置し全国有数の豪雪地帯にあって北陸新幹線の停車駅がある。
 ワシントン・グループによる障害率を算出するための指標としては、WG-SS全6項目(「見ること」「聞くこと」「移動」「コミュニケーション」「記憶・集中」「セルフケア」)、WG-ESから「不安」と「憂うつの」頻度と程度について各2項目合計4項目(4段階または5段階の選択肢、WS-AD)を使用した。
 WG-SSの定訳はないため、H23調査、H28調査は国連障害統計ワシントン・グループ会議参加者による仮訳(文献1)を使用したが、本調査では直近に行われた令和元年度障害者統計の充実に係る調査研究事業(文献13)(以下、R1調査研究事業)における仮訳を使用した。両者の違いは、設問順の違い、訳語の違い(上り・上り下り、衣服を着る・衣服の着脱)、言い回しの違い(R1調査では、苦労の前に「といった」が追加された)の3点であった。

(倫理審査)
 本研究は、国立障害者リハビリテーションセンター倫理審査委員会および長野保健医療大学倫理審査委員会に申請を行い、承認を得た。また、令和元年度~3年度 厚生労働科学行政推進調査事業費(障害者政策総合研究事業)「現状の障害認定基準の課題の整理ならびに次期全国在宅障害児・者等実態調査の検討のための調査研究」(研究代表者:飛松好子)の助成を得た。

C. 結果
1.ワシントン・グループの指標への回答率
 589名(回答率48.2%:身体407名(平均年齢74.7歳)、療育75名(同35歳)、精神80名(同52歳)、重複19名、不明8名)から回答を得た。WG-SS6項目への回答率は、WG-SS 設問1「眼鏡を使用しても見ることに苦労しますか」90.2%、設問2「補聴器を使用しても聴き取ることに苦労しますか」81.3%、設問3「歩行や階段の上り下りに苦労しますか」94.4%、設問4「通常の言語を使ったコミュニケーション(人の話を理解したり、人に話を理解してもらうことなど)に苦労しますか」94.2%、設問5「思い出したり集中したりすることに苦労しますか」93.5%、設問6「身の回り(入浴や衣服の着脱など)のことをするのに苦労しますか」94.6%、WG-ES設問1「心配、緊張、不安などをどのくらい頻繁に感じますか」92.5%、設問2「気分が落ち込むことがどのくらい頻繁にありますか」91.9%、設問3「最近感じた心配、緊張、不安などの程度」76.3%、設問4「最近、気分が落ち込んだ時の程度」74.5%であった。「歩行と階段の上り下り」と「記憶と集中」では選択肢を2つ選択した回答者が1名ずついた。

2. ワシントン・グループの指標への回答と障害等級との関係
 上肢にのみ障害がある者(以下、上肢障害者)に対しては、WG-SSには直接に対応する項目がなかったため、「身の回り(入浴や衣服の着脱)のことをするのに苦労しますか」の苦労の程度と上肢障害の等級の関係を調べた。「全くできない」と「とても苦労する」を合わせた選択率(障害発生率)は、上肢障害者全体では30.5%で、重度であるほど(等級数が少ないほど)選択率は高かった。4級から7級では「全くできない」と「とても苦労する」の選択率は0であった。しかし、1級でも「苦労はない」を1名11.1%が選択した。

D. 考察
1.障害者手帳所持者(上肢障害)は、どの程度、ワシントン・グループの指標で「障害」に分類されたのか?
 本調査の結果から、日本の障害認定基準による「上肢のみの障害(以下、上肢障害)」がある者のうち、ワシントン・グループの指標のうちセルフケアで「障害」と判定された者は約3割であることが明らかになった。WG-ESの上肢の項目の「あなたは、2 リットルの水かソーダのボトルを腰から目の高さに持ち上げることに苦労しますか?」と「あなたは手と指を使って、ボタンや鉛筆のように小さなものをつまんだり、容器や瓶の開閉に苦労しますか?」であれば、より多くの上肢障害者を捕捉すると期待される。上肢障害の2項目を含むWG-SS Enhanced(文献14)により上肢障害者が捕捉されるかを明らかにすることは今後の課題である。

2.日本の障害認定制度で重度の者を、ワシントン・グループの指標は捕捉するか?
 上肢障害者1級の9名中3名は、ワシントン・グループの指標では「障害」に判定されなかった。すなわち、日本の障害認定基準で重度の者が必ずしも、ワシントン・グループの指標で「障害」に分類されたわけではなかった。ワシントン・グループの指標は障害者手帳所持者よりも多くの人数を「障害」に分類すると推測されるが、日本の障害認定制度によるサービス受給者が「障害なし」と判定される可能性があることには注意が必要である。
 障害認定の等級とワシントン・グループの指標での「苦労」の程度の間に対応関係があるわけではなかった理由の一つは、障害認定の等級は医師の診断書・意見書に基づいて客観的に決定されるのに対して、ワシントン・グループの指標への回答は本人の主観・環境・目標設定により「苦労」の程度が異なるためと推測される。
 従って、ワシントン・グループの指標により障害の有無を分別して就労率などの差を国際的に比較することはできるが、直接に日本の障害福祉制度の評価をすることはできないと考えられる。日本の障害福祉制度の評価をするためには、障害者手帳などの日本の制度で定めた指標による「障害」の有無で就労率などを比較する必要があると考える。

引用文献
1. 北村弥生. 国連の障害統計に関するワシントン・グループの設問による調査の動向. リハビリテーション研究. 153: 24-27. 2011.
2. 北村弥生. 講座 障害統計 第二回 障害統計の国際動向:国連国際障害統計に関するワシントン・グループ会議. リハビリテーション研究. 170. 2016.
3. 北村弥生. 国連の障害統計に関するワシントン・グループの取組. ノーマライゼーション. 36(422), 2016.
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n424/n424005.html
4. 北村弥生,江藤文夫. 国際障害統計ワシントングループの活動(第16回会議まで). 「身体障害者の認定基準の今後のあり方に関する研究」平成26-28年度 総合研究報告書:41-62. 2017.
5. Golden, C. WG Country Reports: Reported COVID and Disability Data Collection Activities. The 20th Washington Group Meeting, 2020.
6. 外務省. 障害者の権利に関する条約 第1回日本政府報告 (日本語仮訳). 2016.
7. 日本障害者フォーラム. 日本障害フォーラムのパラレルレポート(日本への事前質問事項向け). 2019.
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/data.html#page_top2
8.飛松好子ら. 障害認定基準および障害福祉データの今後のあり方に関する研究. 平成29年度~令和元年度 厚生労働行政推進調査事業費 障害者政策総合研究事業 総合研究報告書:27-28, 2020.
9. Mont, D. Activities of UN Washington Group Meeting on International Disability Statistics. 2018.
10. 内閣府. 障害者政策委員会(第28回)議事録. 2015.
11. 内閣府. 第4次障害者基本計画(2018-2022). 2018.
12. 障害者の安定雇用・安心種朗の促進を目指す議員連盟(略称、インクルーシブ議連). 2019 年度予算概算要求に向けた提言~障害者施 策の基礎となる統計調査の整備の充実~. 2018.
13. 野村総合研究所. 令和元年度障害者統計の充実に係る調査研究事業報告書. P.43令和2年3月.
14. Washington Group on Disability Statistics. The Washington Group / ILO Labor Force Survey Disability Module (LFS-DM), 2020.


■質疑応答
※報告掲載次第、9月25日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人は2021jsds@gmail.comまでメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

報告者に知らせます→報告者は応答してください。いただいたものをここに貼りつけていきます(ただしハラスメントに相当すると判断される意見や質問は掲載しないことがあります)。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。

〈2021.9.22 会員から〉
森 壮也 ジェトロ・アジア経済研究所

 国際障害統計ワシントン・グループの指標を日本の状況と照らし合わせてのご研究かと存じます。興味深く拝見致しました。
 今回の報告の最後の方に「ワシントン・グループの指標により障害の有無を分別して就労率などの差を国際的に比較することはできるが、直接に日本の障害福祉制度の評価をすることはできないと考えられる。日本の障害福祉制度の評価をするためには、障害者手帳などの日本の制度で定めた指標による「障害」の有無で就労率などを比較する必要があると考える」という部分ですが、確かに後段にあるように日本の事情について調べたいという国内的な問題であれば、それはワシントン・グループの指標の目指しているところではないので、そこまで拡張してワシントン・グループの指標を捉えてしまうところにむしろ問題があるのではないでしょうか。この指標は上の引用部分の最初にあるようにまさに国際比較のため、またもうひとつは障害分離が国によって非常に多種多様であるために、こうした実用性を基準として機能制約を尋ねる形になったことは、ワシントン・グループのこれまでの議論の過程を追えば、よく分かることかと存じます。なぜ、日本の特殊事情について敢えて持ち出して限界があると考えるというように考えられたのか、そこのところをもう少しどのような問題意識があったのか、それとも従来の日本の障害分類や指標が正しかったということを言うためであったのか、ご説明願えれば幸いです。障害サービスについてもそれが国際的に必要か否かということも果たして、これはワシントン・グループで考えられていたかという問題もあるかと思います。障害サービスの国際比較ということは、また別の課題として問われるべきかと思いますが、それについても皆さんの研究から何か得られた知見があるようであれば、教えて頂ければと存じます。

〈2021.9.28 報告者から〉
森 壮也先生

 ご質問ありがとうございました。

 「従来の日本の障害分類や指標が正しかった」というつもりはありません。
 ご指摘のとおり、ワシントングループの指標(以下、WG-SS)は国際比較を目的としており、国内サービスの供給基準や医学的な診断とは異なることへの再度の注意喚起をしたいと考えました。

 WG-SSによる障害発生率は、WHOがいう全人口の15%を想定しています。日本の障害者手帳所持者数は、概ね人口の5%です。そこで、私は、日本の障害者手帳所持者のほとんどはWG-SSでも「障害」と判定され、さらに、WG-SSによる「障害」には認定基準に入っていない「軽度の身体障害」、認知症、谷間の障害と言われる発達障害・高次脳機能障害・難病が含まれるのではないかと想像していました。

 ところが、今回の調査結果では、WG-SS6項目合わせても障害者手帳所持者の半分程度しか捕捉しませんでした。すでに、捕捉率が低いことが指摘されている知的障害だけでなく、内部障害、上肢障害の捕捉率も低かった。内部障害で低かったのは当然と考えますし、確かに上肢障害も「セルフケアができるか」というと、言われてみれば、色々な工夫でて来てしまうことに納得しました。

 障害者手帳1級所持者でも捕捉されない場合があった、ということは予想外でした。

 令和3年から国民生活基礎調査でWG-SSが採用され、今後、国連障害者権利条約の政府レポートにも集計結果が報告されると予想されます。その際に、WG-SSによる障害の有無で、就労率や教育状態が集計されます。手帳所持の有無による就労率や教育状態の差よりも、WG-SSによる差の方が小さくでるかもしれない、ということには注意したいと考えました。

 調査が行われて結果が出てから、是非、確認したいと考えています。


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